141話 東国からの要請(5)
夕飯まではまだ少しある。夕暮れの海が見える障子を開けると心地よい風が入ってくる。髪を乾かして夕涼みしていると、クナルは大分慣れたか畳みの上に寝転んだ。
「これ、気持ちいいな」
「いいよね」
「行儀悪くないか?」
「全然。むしろ正しいかも」
大の字になる彼の隣にそっと近付いて、頭を撫でてみる。ピルピルっと耳が動いて、次には俺の方へと体を向けてご満悦だ。
「来るか?」
「え? うわ!」
問われたのと行動がほぼ同時だ。腕を引かれ、体勢を崩した俺を抱き止めたクナルはそのまま俺に腕枕で抱き込んだまま目を閉じてしまった。
機嫌良く、グルグルと喉を鳴らしそうな様子が可愛い。抱き込んで、安心して眠ってしまっている。そんなクナルの隣で俺も目を閉じると、穏やかに眠くなってくる。
そしてそのまま少しだけ、俺達は眠ってしまっていた。
夜になると別行動だった猿之介も合流して夕飯となった。部屋へと運ばれてくる海の幸と山の幸、野菜に白米。老舗旅館のお膳のようなそれらを、俺は感動の目で見てしまう。
「和食だぁ」
「さぁさぁ、召し上がってくださいな」
しかも箸だ。俺はパンと手を合わせて「いただきます!」と言ってから目の前の焼き魚に箸を入れる。ふっくらと焼けていながら皮はパリッとしている。それを頬張り白飯を食べると、懐かしさにちょっと泣きそうになった。
「おいひぃ」
「良かった。クナル殿は……フォークとナイフ、貰いましょうか?」
俺の隣で箸に苦戦するクナルはもの凄くイライラしている。出来ない事に対してだろう。尻尾の先が畳みを叩いている。
「どうして二人はこの棒二本で食べられるんだ」
「生まれた時からこの文化だからね」
「こちらも同じく」
「くそぉ」
悔しそうだ。箸は瑞華の人以外には難しいのは分かっていたから、ナイフとフォークを最初出されたのだが、クナルは敢えて箸を選んだ。こんな所で負けず嫌いを発揮しなくてもいいのに。
「クナル」
「……マサと同じように食べたい」
拗ねた子供みたいに言う彼の気持ちに、俺は温かくて嬉しいものを感じる。可愛いな、そういうところ。
「……お土産に、買っていこうか」
「え?」
「箸。俺も欲しいし。あっち戻っても教えるよ」
ちゃんと持てるように、教えるからね。
伝えたら、クナルは恥ずかしいのかほんのりと顔を赤くして、それでも笑ってくれた。
「では、今後の予定を。明日の朝、千姫様の霊獣が迎えに来てくれるそうです」
「霊獣が?」
まさか一人で?
と考えるけれど、キュイだって俺の手紙を持ってルアポートから王都まで走ってくれたんだ。霊獣は賢いし、このくらい平気なんだろう。
「白虎という白い虎の霊獣です」
白い虎……ホワイトタイガーはテレビとかで見た事があるな。もふもふで気持ち良さそうだ。
「了解した。ここから目的地まではどのくらいかかる?」
「白虎様の足であれば一時間程度です。歩けば一日かかりますが」
「けっこう遠いんですね」
俺は足が遅いし体力もないから、もっとかかるかもしれない。もしかして峠超えとかもあるのかもしれない。
「ここは海の玄関口ですが、他にも町はあります。基本、野宿をしなくても済むよう宿場町などもございますよ。千姫様がおわす都は霊山の峰にあり、比較的奥まった静かな場所なのです」
聞けば都と銘打ってはいるが、実際はこの国の王族の巨大な屋敷と神社の本神殿、あとは困らない程度の商店や飲食店と畑らしい。華やかな町というよりは、やんごとなき方が住まう場所と神を奉る場所といった感じた。
そんな場所で、奇病が出てしまったのだ。
「病の方は何故か都だけなのですが……神を奉る場所でそのような事が起これば不安が広がります」
「だな。そういうのが広がれば国は健全ではなくなる」
「ですな」
その為、箝口令が敷かれているらしい。他にも出入りの人を制限しているとか。病を持ち出さない為らしい。
「何も共通点がないんですよね?」
「今のところは」
それを聞いて、俺も不安な気分になった。
その夜、卓を端に寄せて畳に直に布団を敷くとやっぱりクナルは困惑した。
二人で隣り合って布団に入り明かりを消しても、何だか寝付ける感じがしない。忙しく寝返りを打っている間に、隣のクナルと目が合った。
「寝られないのか?」
「うん。クナルも?」
「天井が高くて落ち着かない」
確かに、普段ベッドなのに突然畳直になると見える景色が違って、落ち着かない感じになる。俺もちょっと落ち着かない。
でも、そうじゃない。俺が落ち着かないのは現状の都についてだ。
「……なぁ、布団くっつけていいか?」
「え? あぁ、うん」
頷くと、クナルは一度布団から出て少し空いていた隙間を埋める。二つ繋がった布団の中、握られた手がとても温かくてほっとした。
「温かい」
「寒いのか?」
「そうじゃないけれど……落ち着くなって」
自然と心が穏やかになっていく。目を閉じて、ゆっくりと呼吸すると気持ちも静まっていく。
クナルはそんな俺を見てゴソゴソと動き、普通に繋いでいた手を恋人のように繋ぎ直した。指と指を絡める感じだ。
「こっちのが俺は好きだ」
「っ、うん」
密着する部分が増えて、普段意識しない指の股の所を感じてくすぐったいような、ムズムズするような。
「大丈夫だ、あんたならできる。俺も側にいる。安心して寝ろよ」
静かな声がする。ギュッと手を握られて、そこから元気をくれる。だから俺も笑って、同じように力を込めた。
「ありがとう」
それだけで勇気が出るよ。
◇◆◇
翌日、一日お世話になった宿の人にお礼を言って表に出るとそのまま町の入口まで向かった。
そうして入口を出てしばらくで、猿之介が横道に逸れていく。同時にキュイが凄く落ち着かない様子を見せた。
「やっぱり、霊獣同士は何か感じるものがあるんですかね」
なんて笑いながら言う猿之介の見る先に、俺は大きな白い虎を見た。
虎っていうけれど、大きさは数メートルはある。背には何か籠のような物を背負っていて、ごろんと寛いだように寝転がったまま片耳だけを器用に上げている。
「白虎様、お久しぶりで御座います」
近づき、丁寧に頭を下げた猿之介に鷹揚な態度を取った白虎はこちらをジッと見て、次にはスッと頭を下げた。
「え?」
「おぉ、流石女神に選ばれた聖人様。白虎様が頭を下げております」
「撫でていいと思うぞ」
いや、待ってクナル。この虎の口、俺の頭より大きいよ? 下手したら頭から喰われる可能性もなきにしもあらずだよ? それを、撫でろと?
だがキュイはポンと俺の肩を下りると白虎の前に進み出て、小さく「キュイ?」と鳴いた。
それを見た白虎の目が優しくなり、大きな舌でベロンとキュイを舐める。食べられそうでちょっとヒヤヒヤしたけれど、キュイは喜んだみたいに飛び跳ねて鳴いていた。
何にしても白虎の背中の籠に俺達は乗ることにした。籠と言っても山菜採りに使うような背負子じゃなくて、屋根も壁もついた立派なものだ。馬車の人の乗る部分がついているようなものだ。
「案外快適だな」
狭いと思われていたそこは案外広く、大人三人が余裕だった。
「空間魔法で少しですが、拡張されているのですよ」
「高度な魔法だ」
「俺の同僚が、こうした事が得意でしてね。いやぁ、頭が上がらない」
そんな事を言っている間に猿之介はドアを閉める。それを合図に白虎は立ち上がり、もの凄い勢いで駆け始めた。
「いっ!」
その速度は体感があるレベルだ。圧迫感まではないけれど、何だか体が後ろに持って行かれる感じがしている。
「速いな!」
「白虎様ですからな」
答えになってない!
付いているのぞき窓の外は飛ぶように景色が流れていく。それらを見るとちょっと酔いそう……見ないようにしよう。
「大丈夫か、マサ」
「うっ、ちょっと体ついてかないかも」
「膝貸すか?」
クナルが自分の膝をポンポンしている。かなり硬そうな膝ではあるが、起きているのも少ししんどい。だからお言葉に甘えさせてもらった。
「おや、睦まじい。いいですな、恋人同士というのは」
「見せつけだ」
「おや」
ニッと笑うクナルに苦笑する猿之介。そして、ちょっと恥ずかしい俺がいた。
横になって目を閉じていると気分は少しずつ落ち着いた。
その間に目的地付近についたのか、白虎が普通の速度で歩いてくれた。おかげで俺も外の景色を暢気に見る事ができた。




