139話 東国からの要請(3)
気分が高揚するとか、心拍数が上がるとか。俺達が日常の甘味として平気なのは子供の頃から食べていてこの刺激に慣れているから。
でもこの世界初のチョコを食べた三人はこれらの刺激は初めてで……ようはムラムラしてらっしゃる!
その間にも何か下半身に押しつけられて……あっ。
「クナル待った!」
色々まずい! 人前で何をおっぱじめようとしているのクナル! 確かに嫌だとは言わなかったけれど、流石にここでは致せません!
首筋に唇が押し当てられ、くすぐったいのと同時にゾワッとした感覚が走る。これが快楽だっていうのは分かる。興奮した息づかいに熱い舌。それらが徐々に肌の上を下りていくのに俺はギュッと目を瞑った。
が、次にはポスンと頭が落ちた。
「……え?」
寝た?
驚きと安堵が混ざって混乱してしまう。そして何がマズいって俺、クナルをどかすとかできない! 重くて!
ズリズリとクナルの下から這い出した俺は身なりを整える。そこに明かりが付いている事を不審に思ったデレクが顔を出して、惨状を見て声を上げ、俺は事情を説明した。
「とりあえず分かった。俺はこいつらを部屋に運ぶから、マサは片付けしとけ」
「うん」
申し訳無い気持ちで一杯だが、これが翌日も起こるとまずい。使った道具一式を綺麗に洗い、ついでに換気もする。
デレクは巨体のグエンを肩に担ぎ、もう一方の腕でクナルを小脇に抱えて出ていった。逞しすぎて惚れる。
その間にリデルは寝てしまって、長椅子にコテンと横になっていた。
奥から薄手の毛布をかけてあげる。気候は良くても夜になると流石に冷えてきた。そこにデレクが戻ってきて、眠った彼を愛おしそうに微笑んで見つめて丁寧にお姫様抱っこにした。
「んじゃ、これでお終いだ。マサも寝ろよ」
「うん。ごめん、色々迷惑かけちゃって」
「いいって、お前も予想外だったんだろ? こんな事もあるさ」
「ありがとう」
この男気と優しさがデレクの魅力だ。そして、いつも救われる。
「あっ、残ったのは出すなよ。お前の方で喰っちまえ。それと、絶対にルートヴィヒやロイに渡すなよ」
「絶対にしない!」
碌な事にならないのが想像出来すぎる!
デレクは笑って頷いて出ていって、俺は最後に火の元のチェックをして、明かりを消して部屋へと戻った。
◇◆◇
約束の日、王都の港に行くとそこには立派すぎる大型の船が停まっていて、乗り込む桟橋の横には知っている人が立っていた。
「アントニーさん!」
「トモマサ様! クナル殿!」
こちらを見てパッと表情を明るくした人が親しげに駆け寄ってくる。それを出迎えしっかりと握手をして、俺はちょっと安心した。
ルアポート領の領主であるアントニーにはリヴァイアサン討伐の際にお世話になった。が、同時に彼の奥方とは少し問題があった。
あの後、アントニーの奥方は監視と再教育という理由もあり王都の彼の家に移り、息子のシルヴォは傾いた領地を立て直す為に今動いている。
最後に会ったときは空元気という感じで心配だったけれど、今の表情はちゃんと心から笑えている感じがした。
「お久しぶりでございます、アントニー様」
「クナル殿、そのような堅苦しいのは無しで構いませんぞ。お二方は我が領だけではなく、我が家族をも救ってくださった大恩人。そのような方に畏まられてはこちらが申し訳がなく」
「分かった。相変わらず仰々しい人だな」
「これが性分でございます」
ニッコリと笑いはするが食えない。王都近郊に大きな港を持つ商業の町ルアポートを預かる領主らしいというか、なんというか。
「この度は東の島国瑞華への渡航と聞き、かつての恩を少しでもお返し致したくこうして送迎の名乗りを上げさせていただきました。船の者も以前お二人と共に討伐に出た者ばかりです。どうぞ、よろしくお願い致します」
「そうなんですか! こちらこそ、ありがとうございます」
殿下が何やらツテがあるような事を言っていたのはこれだったんだ!
これなら安心できる。俺は笑って、一緒に旅をする猿之介の紹介もして船へと乗り込んだ。
ルアポートの船は大きくて速い。グングンと進んでいく景色を見ながら、俺は気持ちのいい風に吹かれている。
「いやぁ、まさかルアポートの軍用船に乗せてもらえるなんて。運を使い果たしちまいそうですよ」
側で同じく風に吹かれる猿之介が興奮気味にキョロキョロしている。それは何処か子供っぽくも感じて、俺は笑った。
「これって、軍用船なんだ」
「リヴァイアサン討伐の時に乗ったのと同じタイプだな。速度があり上手く風を捕らえる優秀な操縦士がいるのだろう」
「ほぉ、リヴァイアサン退治にも参加なさっておりましたか。ウォルテラの商人が言っておりましたな」
「手広くやってるんだね」
東の小国、なんて言うけれど実際はかなり手広く商売をしている様子だ。
だが猿之介はこれに苦笑して、何故か俺の方を見た。
「これも全て、智雅様のお陰でございます」
「え?」
「貴方様が獣人の国やエルフの国、更には海王国で料理の腕を振るい、レシピを伝えてくださった事で我が国の特産品が知れ渡ったのです。今までは日本酒あたりが売れ筋で、他はあまりだったのに」
「俺!」
驚いて声を上げたけれど、これにはクナルも納得したように腕を組んで頷いている。
「王宮のシェフにあんたがせっせと教えている和食という料理が、今では巷でも話題になっている。特に貴族辺りはそうしたものに敏感だ」
「醤油、味噌、米、更には昆布まで。買い付けにくる商人がそれは多くなり、島は空前の賑わいです」
「あんたは自分が思っている以上に凄い事を既にしているんだって自覚を持てよ」
「あはは……」
自覚なんてないよ! 普通に楽しく料理して、色んな人に食べて知ってもらいたいってだけなんだもん!
とはいえ、猿之介はちょっと嬉しそうで安心した。急に忙しくなると困る事もあるから。
そうしていると不意に声を掛けられた。アントニーがお茶のお誘いをしてくれたのだ。
招かれた俺達に遠慮してか猿之介は辞退し、俺とクナルは船長であるアントニーの部屋へと招かれる。船の上だけれどちゃんとソファーセットもあり、明るく綺麗な部屋だった。
「実は、お二人には直接お礼を申し上げたくて」
「お礼?」
「妻の事でございます」
途端、クナルは嫌な顔をした。が、俺は少し気になっていたから宥めて先をお願いした。
「あの後、何か」
「えぇ。当初はやはり荒れておりましたが、一週間もすると自分の行いが分かってきたのか落ち着きを取り戻しましてね」
「そうですか」
確かにルアポートで見せた伯爵夫人の様子は少し異様にすら思えた。息子のシルヴォが「女王」と称するのに納得の状態だった。
でも、何が彼女をそうさせたのか。
「全ては嫉妬だったのでしょう。ファルネの母に対する」
嫉妬、か。俺はそれについてよく分からない。そんな激しい感情を抱いた事がまだない。
でもクナルは何処か静かにしている。考え込むような目をしている。
「ですが、彼女のこともちゃんと愛していたのです。快活で態度がはっきりとしていて、多少きついと取られがちですが、その分取り仕切りなどはとても上手な女性です。ファルネの母は穏やかで争いを嫌いますので、屋敷の事はあまり得意ではなかったのです。それに、体もあまり丈夫ではありませんでした」
それを聞くと、何だか悲しいものだ。多分シルヴォの母はファルネの母に嫉妬があったのだろう。真逆のタイプみたいだし、ねじ込むように結婚したらしいし。
「それで? 今は?」
「徐々に自分の愚かな嫉妬と思い込みにより、息子のシルヴォや領地にも深い傷を残したと思い始めてしまい、今は部屋から出なくなってしまいました」
「そんな……」
極端な人だな!
でも……反省できるだけの心がまだ残っていたんだ。それなら、やり直しがきくのかもしれない。
出来れば和解して欲しいな。そう、俺は思ってしまう。
「今はできるだけ毎日、手紙を書いております」
「手紙?」
「はい。ロイ様の助言で、一輪の花と、他愛ない事でいいので手紙を可能な限り毎日送ってゆけば、いつかこちらの声に耳を傾けてくれるかもしれないと」
「ロイはこういう所が細やかだな。らしいと言うか」
女子力が高い男子だと俺も思う。
「この年で何を書けばいいのか、最初は慣れませんでしたがね。今は色々と思い出しまして、書いております」
「素敵な事だと思います」
どうか上手くいってほしい。そんな風に俺は思った。




