136話 収穫祭(8)
「でも俺、慣れてないし……初めてなんだよクナル。誰かから特別な感情を向けられるのも、向けるのも。分からない事だらけで、何が正解かも分からなくて……怖いと思う事も多い」
「あぁ」
「それに、女神様の使命とかもあるし。自分に、自信がないし」
「自信がない?」
問い返されて素直に頷いた。怪訝な顔をするクナルを、揺れたまま見つめている。
「俺は平凡で、何の魅力も持たないから。かっこよくないし、弱くて臆病で情けないし。自慢できるのって家事能力くらいだけど、そんなのちっとも凄くないし。今は女神様の力があるけれど、本当の俺はそんな力もないし。面白いとも思えないし……一緒にいて、魅力ないなって」
所詮モブだ。その他大勢ではあっても、際立つ唯一ではない。平穏に生きて平穏に過ぎていくんだと思っていた。結婚すら想像できない。家族以外に愛される自分なんて想像が出来ない。
だから、戸惑うし躊躇うんだ。
思わず俯いてしまう。そんな俺に一歩近付いたクナルが俺の手を取って、その甲にキスをした。
「マサは気遣いが出来て世話焼きで、面倒見もよくて優しい」
「え?」
「ちょっと抜けてる所が可愛い。好きな事に目を輝かせている時は俺も嬉しい。辛くても頑張ろうとする気持ちは、強いと思う」
「あの!」
「ただ側にいるだけで穏やかな気持ちにしてくれる。あんたが笑うなら、俺は頑張りたいと思うんだ。頑張るあんたがいれば、側で支えたいと思う。泣くなら、受けとめて憂いを払いたい」
嘘の無い視線が俺を射貫く。この言葉の全部がクナルの気持ちなんだって、ぶつけられている。それがジンジン胸を締め付けて痺れさせるから、嬉しさで苦しくなってくる。
「あんたは自分が思っているよりもずっと凄いものを持っているんだ。分かりやすい何かじゃない、沢山のものを。俺は、そういう全てが好きだ」
「クナル」
伸びてきた手が頬を拭う。感極まって涙が出てしまって、情けなくて止めたいのに止まらなくて戸惑って拭う俺の手をそっと止めた人がもう一歩近付いて、その目尻に唇を寄せた。
「結婚してくれとはまだ言わない。でも俺も、目に見える何かが欲しかったんだ。俺のだって、言えるものが」
「いい、の?」
「あぁ。あんたの使命を知っちまったしな。あんな重たいものを抱えて結婚なんて、流石に無理だろ?」
「うん」
女神の力を奪う奴を探して、その力を女神に返さないと。そして、女神が助けたいと思う人を……おそらく邪神となったアリスタウスを助けないと。
真っ直ぐに見つめる人が笑う。優しく、温かく。
「俺にも背負わせろ、マサ」
「いいの?」
「当たり前だろ。そうして乗り切ったら、俺と結婚してくれ」
ジワジワ熱が生まれてくる。胸の奥から沸き起こる何かの衝動で苦しいのに幸せだ。痛いのも、苦しいのも嫌いだけれど、この苦しさは平気だ。
「俺も、クナルが好きだよ」
「マサ」
「一緒にいてほしい。ずっと、側にいて欲しい」
俺から出た言葉に俺自身がほっとした。ようやくスッキリしたんだと思う。
改めて、綺麗な箱に入った耳飾りをクナルが手に取る。そしてそれを俺の右耳につけた。耳の上側にぴったりと嵌まったそれが揺れている。髪型的にまる見えになってしまうのが少し恥ずかしい気がするけれど、これも照れなんだろうな。
「クナルのはないの?」
聞くと、彼はちょっと躊躇いながらも引き出しから箱を出してきた。こっちは随分簡素な箱だった。
中を開けると同じ意匠の耳飾りが入っている。けれど魔石に色はない。
「これに、魔力を込めるんだっけ」
「あぁ。でも少しでいい。多すぎると耐えられなくて砕けてしまう。俺も魔力は多いほうだから宝飾店で質の良い魔石で頼んだんだが、それでもマサの魔力は多すぎるからな。多分握る程度で十分だと思う」
「そう?」
よく分からないけれど、こういうアドバイスは聞いておいたほうがいい。
手に取って、優しく包み込む。でもどうせなら願いを。クナルが守られるように。
そう思ったら手の中が温かくなる。開いてみたら無色だった魔法石は綺麗な金色に染まっていた。
「あんたが魔法使う時に溢れる魔力の色だな」
「綺麗だな」
キラキラ輝く金色の魔石は透明度もあって、角度によっては奥の方が星を散らしたみたいに光って見える。
これが、クナルを守る助けになったらいいな。
少しかがんでもらって、俺はクナルの左耳に耳飾りを付ける。輪っかの隙間よりももふっとした耳の厚みがあるから心配したけれど、近づけると輪が引き延ばされて開きが広がって綺麗に付ける事ができた。
なんだか、大分照れる。形の良い雪豹の耳に光るシルバーの耳飾りはとても綺麗だ。同じ物が俺の耳にもついているなんて。
でも、凄く幸せそうに彼が笑うから、俺も同じように笑えるんだ。
「マサ」
柔らかく名を呼ばれて、近付いた人の腕が腰に回る。顎を取られ、上向かされて、受け入れた唇はとても柔らかくて頭の芯まで染み入ってくる。
「んっ」
舌が唇を舐めて、僅かに開いた隙間から滑り込んできて口腔を探られる。
知らない甘い刺激が響いた。歯の裏側、舌の根元。くすぐったいような、それだけじゃない感覚。
自然と力が抜けてくる。気持ちよくて、もっと欲しいと思えてくる。倒れそうな俺はクナルの首に腕を回して、それでもまだ欲しくて受け入れた。
「もう少し」
「ん……」
低い囁きの後、再び触れた唇。舌はもう探るなんて事はしない。最初から絡まってくる。受け入れて、吸われると痺れる。知らず体は震えていた。膝が笑って力が抜ける。その腰をクナルはしっかりと抱きかかえている。涙が頬を伝って、頭は何も考えられなくなってただぼんやりと彼を見ていた。
「クナル……」
唇が離れて見つめる彼の目は同じように濡れている。
俺、どうなるんだろう。もしかして、このまま一線越えるのかな?
不安は少し、怖さも少し。でもそうなったとしても後悔はないって思える。気持ちがなければ怖いけれど、そうじゃないって思えるから。
でもクナルは力の抜けた俺をベッドに座らせただけで、それ以上はしてこなかった。
「クナル?」
「まぁ、ここから先はな……我慢する」
「え?」
「え? ってなんだよ」
「いや」
ってっきりこのまま……と思っていたから。なんか、流れとかで。
でもクナルは参ったように頭をかいている。隣に座って膝に肘をついて手を組んで、そこに額を置いて。
「いいかマサ、あんたはまだ使命の真っ只中だろう」
「うん」
「今、一瞬でも許したら俺は理性きかないぞ」
「……え?」
「抱き潰して、それでも離してやれない。完全に囲い込んでその体から俺の匂いが取れなくなるまで毎日抱き潰していいのか? いいって言うならやるぞ」
「駄目!」
この空気でとんでもないこと言った! そんな事になったら俺死んじゃう!
苦笑したクナルが顔を上げて、俺の頭を撫でて額にキスをくれる。
いつの間にか花火は終わっていて、辺りはとても静かだった。
「全部終わって、何の気兼ねもしなくていいようになったらそうする。今はこれでいい」
「うん」
「欲を言えば毎日、二人だけの時間は欲しい」
「俺もクナルといる時間が欲しい」
「おやすみのキスくらいはしたい」
「うぅ、恥ずかしいけれど……」
でも、同時にくすぐったくて嬉しい。
柔らかく微笑んだ人を見上げて、どちらともなく触れるだけのキスをする。それが温かくて嬉しくて、俺は幸せを噛みしめた。
◇◆◇
翌日、朝の身支度をしながら耳についている飾りを改めて見る。これは滅多に外れないし壊れないから付けっぱなしでいいらしく、付けたまま寝た。まったく違和感がない。
「へへっ」
照れくさいな。でも、嬉しいな。
鏡を見て笑ってしまう自分のだらしない顔を見つつ、今だけは許されると自分に言って顔を洗って。
そこにノックがあって出たら、同じように耳飾りをつけたクナルが居て、俺を見て幸せそうに微笑んでくれた。
「おはよう」
「うん、おはよう」
互いに言って、自然と近付いてきた顔が甘やかすみたいに唇に触れる。それだけで今日も一日頑張れる。
「さて、行くか」
「うん」
連れだって進むその手は、とても自然に繋がれていた。




