131話 収穫祭(3)
そうなるとクナルに声をかけないと。
後になったらきっと怖じ気づいて動けなくなるからと、俺はリデルの所を出た足で彼の執務室へと向かう。
簡素なドアだがちゃんと個室。そこをノックすると「はい」と硬い声が掛かる。仕事をしている時の声は普段と違って格好いいんだな。
「俺だけど、少しいい?」
ドアを開けないまま声をかけると、途端に中でドタン! という音がして、何やら慌てている感じがする。次にドサッ! 「うわ!」という音が続いたから、俺は慌ててドアを開けた。
「大丈夫クナ……ル?」
「……」
俺の目の前に広がっていたのは書類の山。その一部が崩れ、クナルは慌ててそれらを拾い集めようとしたまま俺を見て固まっている。
「えっと……これは、なんだ。色々と!」
「あぁ、うん」
そうだよな。クナル、第二部隊の隊長で副団長なんだもんな。急ぎの仕事はデレクがしてくれたらしいけれど、日々そんなに急ぐ仕事ばかりじゃない。それが溜まったんだ。
苦笑して、ドアを閉めて近付いて、落ちた紙を拾う。クナルは慌てて「大丈夫!」と言ったけれど、俺は笑って手伝った。
「俺の役目とか、クナルは助けてくれるだろ? それと同じだよ」
「マサ」
一人じゃ大変でも、二人なら大丈夫。その気持ちだ。
拾いながら内容を見ているけれど、どうやら日々の報告書なんかが多そうだ。訓練の様子や進捗、気になった所。警邏の報告とあった事など。
「これ、全部チェックするの?」
「一応な。かなりはしょる部分はあるが、何か気になる事があれば書き出しておく。小さな違和感が大きな事に繋がる事もあるしな」
「凄いね」
仕事熱心だ。それに加えて俺の護衛とか長期の遠征とかにもついてきてくれていたんだ。
そんなクナルの力になりたいと思う。でも、何が出来るか…………!
「……クナル、そっちに溜まってるの、何?」
「!」
明らかに別になっている入れ物には沢山の紙。見間違いじゃなければそれ、領収書なのでは……?
「お金の計算は大事だよ!」
「分かてる! 分かってるけど……得意じゃないんだよ。いや、やるよ! 期日までにはやるんだけどよ!」
「……」
うん、あったね。俺が手伝えること。
立ち上がった俺はケースを手にする。多分経費で落ちる買い物の領収書だ。日付は勿論買った店、費目、金額、誰が立て替えたかまで書いてある。月末までにこれ、ちゃんとして立て替えた人にお金返さないといけないんだろうな。
「こっちは俺が出来るから、専用の用紙とかあるならちょうだい」
「え? いい、のか?」
頷くと、クナルは引き出しからいそいそと紙を出してくる。白紙だが、一枚は書き方の例が載っているものだ。
見たところ、元の世界でやっていた整理方法と同じだ。
「じゃあ、やっておくからクナルはそっちの書類片付けて」
「悪いな」
「お互い様だからね」
なんならもっと頼ってもらってもいいのに。その方が、嬉しいし。
まずは領収書を立て替えた人別により分ける。大抵は少し階級が上のフリートやサンズ、買い物係になりやすいリデルやグエンだ。
費目の多くは足りなくなった日用品や、急に必要になった消耗品。けれどたまに「昼食代」なんてものが入っている。
「クナル、昼食代は経費で落ちるの?」
「いや、落ちない。遠征先でどうしても外食しなきゃならない場合は遠征費から出るが、そっちはデレク団長に持って行く決まりで俺の所にこない」
店の名前を見ると王都の飲食店だ。請求者はキリクとキマリ。
「キリクとキマリだろ」
「え?」
「あいつら、時々そういうせこい手を使うんだ。落ちないって言ってるのに。まぁ、まだ階級も低くて給料も少ないからなんだけどな」
なんて言って、クナルは溜息をつきながら手を出す。俺は例の領収書を持って近付いて、それを彼に渡した。
「……俺が預かる」
「でも」
「いいさ。拳骨と説教で飯代は俺が出しておくよ」
「いいの?」
「まぁ、遊びたいざかりで金が足りないのは分かるし、俺はあまり使わないからな。この程度なら飯一回奢ったくらいだ。馬鹿みたいな金額だったらぶん殴って天引きだけど」
気のない感じで言うけれど、本当に世話焼きだ。きっとキリクとキマリはクナルのこういう所に甘えているんだと思う。分かっててクナルが甘やかしているなら、俺が何かを言うべきじゃないんだろうな。
そういうことで怪しい費目の伝票はクナルに確認しながら処理をして、分けていく。それが終われば人物別に日付と費目と金額を書き出して一覧にする。元の世界でもやってたことだ。
記入の終わった領収書は紙の裏に貼り付けておく。チェックマークを軽くつけて。
「これでいいかな?」
クナルに持って行くとちょっと目が大きくなって驚いている。そうして手に取って、次にはパァァ! と輝いた表情をした。
「助かる!」
「じゃあ、この要領でやっていくね」
こういうのは実は得意だ。個人店舗をやっていると必須のスキルだしな。
こうして黙々と作業をして二時間程度。それで全部が片付いた。
「終わり!」
「早い!」
なんだか嬉しいものだ。普段は頼ってばかりだから。
ルンルン気分でいると、クナルが申し訳ない顔をしている。ちょっと凹んでるかも。
「あんたには、格好悪い姿見せたくないんだけどな。今回ばかりは助かった」
「俺はずっと情けなくて頼りっぱなしだからさ。力になれて嬉しいよ」
思い切り事務仕事だけどさ。
笑っている俺にクナルは苦笑している。そして何か思いついたのか、ピクッと耳が動いた。
「俺に何か出来る事があれば言ってくれ。勿論仕事以外で」
「え? あ……それじゃあ、ね。収穫祭、俺と一緒に行かない? なん、て」
そうだ、これを誘いに来たんだ。
当初の目的を思い出しておずおずと尋ねると、クナルはキョトッとした顔をした後で大いに笑って頷いた。
「俺の方こそ頼む! それまでに仕事意地でも終わらせるからさ」
「うん!」
よかった、拒まれなかった。まずは一つ目的を達成した。
嬉しくて笑っている俺の頬に手が伸びる。触れられて見上げると唇が額に触れた。柔らかな感触が気持ちよくて、それ以上に驚きと照れで一気に心臓がバクバクした。
「ありがとうな」
「……うん」
「行きたい所、考えておけよ」
「分かった」
どうしよう、顔がまともに見られない。顔が熱い。心臓が五月蠅くて思わず胸元を握る俺を、クナルは嬉しそうな顔で見ていた。
◇◆◇
それから五日後、待ちに待った収穫祭は朝からとても賑やかで、表を行く人々の楽しそうな声がしている。
グリーンの長袖のチュニックに黒のズボン。これが一番落ち着く。胸元は紐で締めて調節する感じで、袖元も同じく紐になっている。丈は尻が隠れる感じだ。これに愛用のマジックバッグを斜めがけにしている。
本当はもう少し綺麗な格好とかも考えたんだけど、祭でそんな良い格好っていうのも浮きそうだ。一応……デ、デートのつもり、だけれどさ!
「おはよう」
「おはよ……」
声を掛けられて振り向いた俺はそこに立つクナルを見て呆気に取られた。
彼は細身の黒いズボンに白いドレスシャツ。それに黒のベストを着て少しごついベルトをしている。いつもよりも簡素だからこそ引き締まった腰とか、張った胸筋とかが分かる感じがした。
「どうした?」
「あっ、えっと……」
なんだろう、心臓ドキドキする。まともに顔が見られない。緊張している? 恥ずかしい? もの凄く意識している。
そんな俺を見て、クナルは近付いてくる。機嫌良さそうに尻尾を立てて、先っぽを左右にゆらゆらさせたままきて、ちょっとかがんで俺の耳元に唇を近づけた。
「見惚れた?」
「!」
ドキン! として顔が熱くなる。そう、だよ。見惚れたんだ。格好いいって思った。
それと同時に、隣に並ぶのが俺でいいのかって思っちゃったんだよ。
「さて、行くか」
「うん」
情けない。でも、今日は楽しむって決めたんだから気持ちを切り替えよう。
これから、お祭りなんだから!




