130話 収穫祭(2)
「ありがとうな、マサ。正直まだ実感ないけどよ、心なしか軽い感じがするぜ」
そういえば、普段は痛まないんだっけ。天気の悪い時とかに辛くなるって言っていた。それなら今実感がなくても仕方が無い。
なんにしても、グエンが笑ってくれるのが一番嬉しい事だった。
だけど、案外実感は早いところできたらしい。
昼食も無事に乗り切り厨房は一段落。俺は自分の食事と昼の片付けを終えて書庫にきている。ボロボロだった本も毎日少しずつ修復して、残すところ僅かという感じになった。
そしてこの日、俺はお目当ての本をとうとう見つけた。
「あった! 魔物図鑑!」
遠征に出ていた影響で仕事が溜まってしまったクナルは今側にいないけれど、俺も外に出ないからとここで黙々とやっていた。そしてとうとう、当初の目的だった魔物図鑑を見つけたのだ。
こうなると手は止まる。椅子に座って早速ページをめくりだす。
目次は生息地域別になっていて、ここベセクレイド周辺に多い魔物から見てみる事にした。
物語などは目にしていたけれどこっちの世界の図鑑を見るのはこれが初めて。どんな感じなんだろうと思って見ると、おおよそ俺が知っている物と同じだ。
その魔物の簡易的な挿絵が色つきであり、名前、生息域、属性、特徴、回収できる主な素材が書き込まれている。
「へぇ、獣型が多いんだ」
狼型や熊、猪などの動物の形をした魔物がベセクレイド周辺には多いらしい。他は鳥だけれど、主に飛ぶのが苦手な鳥が多い印象だ。
勿論これだけじゃなく、俺でも知ってるスライムやゴブリンといった種族、食べると美味しいオークなんかも出るとか。
他にも王都の近くには実はダンジョンがあり、そこにミノタウロスがいるらしい。引き締まった野性味の強い牛肉という感じだった。
海王国周辺はやはり水生生物系の魔物が多い。環境を考えれば当然か。
そしてエルフの森には植物系の魔物と虫系の魔物が多いとのこと。獣型もいるけれど、上記二種に比べると少ない印象だ。
「あ……」
これら地域枠とは別に、「厄災級」という括りがある。そしてそこに、知っている魔物の挿絵があった。
ベヒーモスは大きな獣型で、魔法などは使わないらしい。そんなものを使わなくてもあの巨体が突っ込んできたら誰も止められない。足を踏みならすだけで地震が起こるという、やっぱりとんでもない魔物だった。
他にもリヴァイアサン、エルダートレントなどの魔物がある。これらは神の時代からあり、厄災をもたらすほどの強い魔物だったそうだ。
他にもフェニックス、ドラゴンなどがある中で、俺は微妙に聞き覚えのある魔物を見つけた。
「八岐大蛇……」
確か日本の神話に出てきた怪物だ。首が八つある蛇……だったと思う。こんなのもいるのか。
なんて思っていると、廊下を走ってくる音がした。どんどん近付いてきているような……。
「マサ!」
「うわぁ!」
バンッ! とドアを蹴破りそうな勢いで入ってきたグエンに俺が驚いた。腰は浮いて逃げ腰だし、情けない声が出た。
そんな俺を気にすることもなく、グエンはズンズンと大股で近付いてきて突然俺の手をギュッと掴んだ。
「マサ、本当にありがとう!」
「うわぁ!」
感極まっているのかブンブンする力も強ければ、そもそも掴んでいる力も強くてちょっと痛い。でも凄く嬉しそうなグエンは悪気はないんだ、多分。
そしてそのままギュゥゥゥ! と抱きしめられたけれど、分厚い胸筋と力強い腕の筋肉に挟まれたら俺!
「グエン止まれ! マサが死ぬ!」
「へ? おわぁ!」
そこに様子を見にきたらしいクナルが間に入ってくれて助かった。俺はフラフラだけれど……。
「悪いマサ! 嬉しくて加減が」
「うん、なんか察した……どうしたの?」
クナルが椅子に座らせてくれて、俺はヘロヘロながらも問いかける。するとグエンの瞳がまた輝いた。
「さっき、重い荷物を抱えてみたんだけどな! 足が全然痛まないし踏ん張りが利いたんだ!」
「え?」
「そんで、試しに昔と同じように走り込みしたんだけどよ。昔と変わらない感じで力が入るし踏ん張れるようになったんだよ!」
それって、足がちゃんと治ったって事!
「っ! おめでとうグエン!」
「おうよ! マサ、ありがとうな!」
嬉しくて伝えたら、グエンはちょっと涙ぐんで笑ってくれた。
よかった、グエンが元気になって。よかった、これで元通りの生活がおくれるよね。
クナルの顔も見たら、こころなしかほっとした笑顔だった。
◇◆◇
今は十月の上旬で、季節的には秋。ここベセクレイド周辺には四季がある。
街の街路樹はいつの間にか色付き、風は少し冷たく乾燥し始めている感じがある。とはいえまだ完全な冬ではないので気候としては穏やか。過ごしやすい感じだ。
そんな中、にわかに街は賑わっている。
「収穫祭?」
リデルとのお茶の時間にこの話になって聞くと、彼は微笑んで教えてくれた。
「今時期がこの辺りの収穫期なのですが、ちょうど来週辺りに収穫を祝う祭があるんです。出店もありますし、他国の珍しい物が売られていたり、個人で物を作っている人が露天を出したりもするんです」
「へ~」
お祭りか。なんか、商店街の祭なんかを思い出す。
飲食店をしている関係もあって、地域の人達と持ち回りで出店をしたりもした。焼き鳥焼いたり、トウモロコシ焼いたり。何気に焼き芋が売れたよな。
「トモマサさんも行ってみてはどうですか?」
「え?」
「クナルと」
「え!」
ふふっとお淑やかに笑うリデルに言われて、俺はちょっと慌ててしまった。
それは多分、クナルの気持ちを聞いてしまったから。
勿論嫌いじゃないし、信頼している。この世界で一番信頼している相手って言っても間違いじゃない。そんな彼が、俺の事が好きだって言うんだ。結婚を考える程に。
嬉しいけれど……戸惑いが大きい。俺は今まで恋愛なんてした事がないし、勿論交際経験もない。家族に向ける好きや、友人に向ける信頼は理解出来るけれど、それ以上の相手となると自信がない。
何より相手はクナルだよ? 格好いいし強いし、世話焼きで頼もしくって案外優しくて。そんなの、モテるの当たり前じゃん。
そんな人が俺を好きなんて……自信がない。俺って、そんなに価値があるのかな? 女神の力は借り物みたいなもので俺の力じゃない。俺自身は卑屈だし、臆病だし、普通だし……家事や料理くらいしか取り柄がない。
だから、嬉しいけれど不安だ。一時の気の迷いなんじゃないかとか、深く関わったら幻滅されるんじゃないかとか……そんな事ばかりを思ってしまうんだ。
俯いた俺を見て、リデルは心配そうにする。そしてそっと、声をかけてくれた。
「嫌なら、無理にとは言いませんけれど」
「あぁ、いや! 嫌なんてそんな……そんな事ないんです。でも……色々、怖くて」
「怖い?」
「……今は聖人だなんだって言われてるけど、本当の俺はちっぽけなただのおっさんで、空気みたいなもので、誰かに注目されたりなんてしない人生だったから」
つまんない奴って、言われて去られたら。好きになっても飽きられたら。その時、残されて虚しく悲しい思いをするのが怖いんだ。
「嫌われるのが怖いから、今のままでいたい……なんて、思ってしまうんです」
萎むような声。それを聞いたリデルは悲しそうな顔をした。
「あの、忘れてください!」
「……私も、デレクと交際した時に同じように思いました」
「え?」
驚いて顔を上げると、リデルは複雑そうだった。
「相手は王族で、私は男爵の息子……しかも養子です。元々は平民の生まれです。しかも肉食種の彼と草食種の私では子供が……圧倒的に出来づらい。当時は色々言われて、罵倒も侮蔑も嘲笑も受けてきて、冷遇もされました」
「そんな!」
身分違いとか、そういうのは正直俺は疎い。でもデレクとリデルはとても穏やかで素敵な夫夫だと思う。お互いを大切にしているし、信頼もしている。デレクもリデルの話しはちゃんと聞いている。
それなのに……。
「沢山傷ついて、正直もう止めようと何度も思いましたが、今は一緒にいる決断をした自分も、私を選んで多くの努力をしてくれたデレクにも感謝しているんです」
パッとこちらを見る人は真っ直ぐ真剣に俺に気持ちを届けようとしてくれている。頑張れって、言われている気がする。
「トモマサさん、周囲が何を言っても大事なのは貴方の気持ちとクナルの想いだと思います。もしもに怯えて大事なものを手放したら、それこそ後悔が残ります。貴方の気持ちはどうなんですか? 嫌ですか?」
「……」
嫌な訳がない。触れられて、恥ずかしいとは思っても拒むものはない。好きだと言われて心臓が跳ねた。ルアポートでの一件で、クナルの気持ちをぶつけられて、俺は受け入れそうになった。ってことは、完全拒否じゃないってことなんだ。
考えるって言った。自分の思いを、ちゃんと見据えないと駄目なんだ。
「……お祭り、誘ってみます」
伝えたら、リデルは微笑んで「はい」と言ってくれた。




