123話 聖樹の森(12)
◇◆◇
目の前がぼやっとする。それでも徐々に覚醒してきて辺りを見て、俺は直ぐにこれが夢の世界だと分かった。
辺りは薄らと霧がかかったように白くぼやけていたけれど、空気が綺麗で何となく落ち着いていられる。
けれどこれまでの夢とは違い、ここには地面がある。俺は確かに硬いところに腰を下ろしていた。
『気がついたか』
声がしてそちらを見て、俺は何だか凄く驚いた。
そこに立っていたのは一人の獣人だった。腰につきそうな銀の髪に銀色の狼の耳、そして尻尾。体格はよく、肩幅もあるその人は澄んだ青い目を俺に向けている。
『メリノ様の使徒殿、でいいか?』
「え? あぁ、はい。相沢智雅です」
『シムルドだ。森や平原を任された天狼だ』
やっぱり神獣だ! でも、それならどうしてあんな殺気を? 完全に意識を乗っ取られてしまったのなら、こうして話せてもいないだろうし。
疑問だらけで見つめると、彼は苦笑して頷いた。
『この魔物は俺が変じたわけではない。俺は……飲み込まれたんだ』
「飲み込まれた!」
それはどういう……え? 食べられたってこと!
「あの、食べられたんですか!」
『結果はそうなのだが……違う』
「え?」
『……俺はタウス様の呪いを受けた後、この森で静かに暮らしていた。聖樹を育て、妖精やエルフと共に。聖樹の浄化作用の届く場所であれば呪いの進行も多少遅らせる事ができる。守護者として少しでもこの世界を守る事を、俺は選んでいた。だが……』
途端、精悍な顔に暗い影が落ちる。悔しげに寄る眉根に深い皺が刻まれた。
『大分弱ってはいた。眠る時間も長かった。そのせいで何者かの接近を許し、拘束されてしまったのだ』
苛立たしげにグッと奥歯を噛むシムルドの口から大きな犬歯が見える。唸り声を上げそうな彼は当時を思い出すのか、若干殺気まで出していて俺はちょっと怯えた。
「あの、その時に何か」
『種を飲まされた』
「種?」
『エルダートレントの種だ』
「……え」
それは……じゃあ、今も?
ゾワッとしたものが全身を駆ける。魔物の種を飲まされたこの人が今もこの中に囚われている。しかも木はこんなに育っている。腹の中で芽が出たってこと!
青ざめる俺を見て、シムルドは静かに頷く。悲しく、己の事を諦めた顔だ。
『使徒殿、止めてくれ』
「なに、を」
『エルダートレントだ。止めてくれる誰かを待って、ギリギリ命を繋いできた。間に合って良かった』
「でも!」
どうやって。
焦る俺を尻目に、シムルドは苦笑する。それがあまりに悲しげで、俺は次の言葉を飲み込んでしまった。
『俺の中に核がある。それを破壊すればかなり弱るだろう。そうなれば外にいる者でも討伐はできる』
「貴方は!」
『俺はいい……悔しいがな』
耳はへちょんと倒れ、尻尾は完全に下がってしまう。それでも表情は強くあろうとしている。
助けたい。そう、強く思った。
『エルダートレントは肉は食わない。獲物を体内にいれ、惑わせながら捕らえ、魔力を吸収する。その前に結界を張って防げ』
「分かりました」
『案内を向かわせる。俺のいる所まで来てくれ』
それだけを残し、シムルドは消える。俺の意識も覚醒するのか、夢の中で眠気を感じる。そうして徐々に、俺の意識は沈んだ。
◇◆◇
目が覚めたのは木で出来た狭い空間だった。人一人が立ち上がったらもう終わりという感じだ。多分デレクくらい大柄だと肩がぶつかるんじゃないか?
『キュイ』
「キュイ」
心配するように俺の側でキュイが鳴く。見れば俺の周りには細い枝みたいなものが散らばっていた。
「キュイ、俺の事守ってくれてたのか?」
『キュイィ!』
頼もしい鳴き声に俺は微笑んで小さな頭を撫でる。キュイがいなかったら、俺はとっくに取り込まれていたかもしれない。
けれど、ここから先はそう簡単にはいかせない! まずは結界を張ろう!
とっ、意気込んではみたけれど……どう張ればいいんだ?
首を傾げ、イメージしてみる。なんかこう、透明な膜みたいな……ドームみたいな? でもドームだと足元からこられたら防げないし。いっそ、球体に入る方が安全か。
そこまで思った時、俺の脳裏にとあるアクティビティ映像が思い浮かんだ。
水の上に空気を入れた透明なボールみたいなものを浮かべて、それに人が入って水の上を歩いたり跳ねたりするのをテレビで見た。星那が「面白そう」と食いついていたんだ。
よし、あれだ!
俺は頭の中であの透明なボールを思い浮かべながら魔力を出してみる。球体で、俺はそれにすっぽり入る。歩くと進むんだ。
襲ってくるのは木の根みたいな感じだから、物理だよな? 物理を完全遮断すればいいのか? でも心配だから魔法的なものも防いでおこう。
目に見えないけれど金色の魔力が俺の周りに幕を張る。手で押してみると一定の所でぽにょ~んと跳ね返してきた。
「よし!」
結界も出来た。目の前には下へと続く階段が…………階段?
「うわ! まずい!」
言ったそばから焦った俺は足を滑らせ、そのまま階段をボヨンボヨン弾みながら転がり落ちていく。イメージしたものが柔らかい素材だから中でバウンドしても痛くないけれど、そのかわり上も下も右も左も分からないくらい弾みながら落ちていく。階段からゴムボール落としたらこんなだよな!
ボフンボフンしながら転がり落ちる俺はかなり落下して、最後に平らな場所に着地した。
「いて!」
そのタイミングで結界が消えたから、最後は軽く投げ出されて地面に落ちた。なんか、初めてこの世界に召喚された時を思い出す。
軽く体を打ち付けた俺が立ち上がって辺りを見回すと、そこはそんなに広くないワンフロア。太い木の根が入り組んでいて、脈打つみたいで気持ち悪い。
その中央には木の根が集まった瘤みたいなものがあった。
そのすぐ脇に白くぼやけた狼が座っていて、俺をジッと見つめてくる。
「もしかして、これが……」
シムルドが囚われている場所?
「待って、でもこれ」
どうやって突破したらいいんだよ!
警戒しながら近付いて、根に触れてみる。硬く頑丈なそれは俺如きの力じゃどうしようもない。
『キュ!』
「わ!」
警戒したキュイが鳴いて攻撃をしている。その先には細い根があって、俺を串刺しにしようとしていた。
「これに触ったからか!」
やっぱりこの中にシムルドがいる! でも、俺じゃ引きちぎるとか無理だし、触ったら攻撃される。
考えろ、考えろ! 木とか草を弱らせればいいんだ。燃やす……は、中のシムルドもアウトだし。凍らせる……って、余計にカチンコチンになりそうだ!
「……あ」
ここで俺は閃いた。別に魔法じゃなくていい。それに、今の状況ではうってつけの方法がある。
自分の中の魔力を感じて、それを放出する。けれどただ魔力を放出するんじゃない。植物を弱らせるには根を弱らせる。あっちの世界なら除草剤だ!
案の定エルダートレントはダダ漏れの俺の魔力を吸い上げている。俺はその魔力に除草剤をイメージしている。強力な薬剤で雑草も簡単に駆逐する。庭木の近くで使ったら木だって弱っていく強力なやつだ!
ここからは根気比べ! と、思っていた。
でも思ったよりも早く周囲の根が蠢き、苦しげにする。手を引っ込めるがごとく俺に向かってきてきた根が引っ込んで、更にその動きは遅くなった。
「よし!」
俺は満を持して瘤に触れ、手から除草剤魔力を送り込みながら根を引いた。すると不思議とブチブチ千切れていく。手で根を掴み、引っ張って千切って更に。手は傷ついたし爪も痛々しいけれどこの手は止めない!
やがて俺の目に、銀色の尾が見えた。




