123話 聖樹の森(11)
「マサ殿、無謀です!」
「セレンさん」
「こちらを」
「アルさん」
きつく眉を寄せるセレンと、平然とした顔のアル。そのアルは手に水色に光る液体の入った瓶を手渡してきた。
「マジックポーションか」
「はい。これ一つで全て回復するわけではありませんが、苦しい状態は脱するかと思います」
冷静な彼女の言葉に素直に受け取る。
そんな彼女に、セレンはきつい目を向けた。
「命に関わる量の魔力消費だと分かっているだろう。無茶が過ぎる」
「森が死ぬ方が一大事です。時間が惜しかったので」
「アルマニーラ!」
「貴方は慎重すぎるわ、セレン。もう少し大胆に動く時もあるのよ」
……なんか、これ……痴話喧嘩っぽい。
ツンとしたアルは歩き去って部隊を編成し始めている。それを遠く見て、セレンは溜息をついた。
「あいつは……」
「セレンさん?」
「マサ殿、クナル殿、神殿へ。ここよりは休めるかと思います」
そう言って促してくれて、俺達は神殿に入っていった。
神殿の中ではアルルがオロオロした顔をして俺に近付いてきた。そうして次には凄く怒るのだ。
『魔力消費量の多い魔法だと教えましたわよ!』
「あぁ、はい……」
『死んでしまいますわ!』
「ごめんなさい」
時間が惜しかったから頑張ったけれど……ちょっと無茶だったかな?
「マサ」
クナルに呼ばれて座って、さっきアルに渡されたポーションの瓶を受け取る。言われるまま流し込むとトロッとした液体が入ってくる。味は……爽やかなライム水みたいな?
そんな事を思っている間に体が楽になってくる。少なくとも冷や汗は止まったし、動悸も収まった。
「少し寝ておけ」
「でも、回復したし」
追いかけた方が。そう言おうと思ったのに、クナルは俺を離さない。抱き込んだままだ。
「まだ全然、器を満たせてないだろう。三十分くらい寝ればそれなりに回復もする。追いつけるから、心配するな」
「……うん」
足手まといは駄目だ。こうまでしてクナルが止めるなら、俺は回復した気になっているだけなんだろう。
大人しく寝ようとすると横になるよう言われ、なんとクナルの膝枕だ。ギョッとして、硬い太股に頭を乗せて毛布をかけている。
「硬い」
「しかたないだろ」
でも、温かいな。
毛布を少し引き寄せて目を閉じたら不思議と眠れてしまう。今だけほんの少し、それに身を任せている。
◇◆◇
『殺してくれ――』
夢なのか、半覚醒なのか。まだぼやっとした意識の中で聞こえる声。苦しそうにしながら、必死に願う声がする。
『誰か、俺を殺してくれ――』
知らない、男の声。でも悲しいくらい必死な願い。
お願いだから、そんな苦しい事を願わないで。助けたいって、思うんだから。
◇◆◇
目が覚めたのは眠ってから一時間後。予定よりも遅くなったけれど、お陰で俺の魔力はしっかり回復していた。
心なしか森が揺れている感じがする。既に戦いは始まっているのだろう。
「行けるか?」
「うん」
確かめるクナルに頷いた俺。側にはモーラがいて、案内をしてくれるという。
外に出ると余計に不穏な空気は強く伝わってくる。地を揺らす振動と、聞き慣れない何かの雄叫び、赤く見える森の向こうに、騒々しい空気と音。
「マサ」
呼ばれて振り向くと、クナルが俺の背中と膝裏に腕を回して抱き上げる。所謂お姫様抱っこというやつだ。
「はいぃぃ!」
「首に腕回せ。落ちるぞ」
「いや、これは! いぃぃぃぃ!」
下ろしてというよりも早く駆け出すクナルの速さは流石獣人と言える。流石に新幹線とは言わないけれど、車くらいには景色が進む。
落ちそうな体を支える為にクナルの首に抱きついた俺を、更にギュッと引き寄せる腕。見ると少し嬉しそうな顔をしている。
この状況で楽しむなよ! と言いたいけれど、実際俺の足は亀並に遅い訳で、今は時間が惜しくて、クナルの足なら間違いなく早く辿り着けるわけで!
でも絶対役得って思ってるだろ。顔見れば分かるんだからな。
森の木々があっという間に過ぎていく。喧噪は近付いてくる。目が乾いて痛くなりそうな風圧の中、見えてきた先は既に圧倒的劣勢だった。
そこは開けた場所というよりは、ぽっかりと森に大穴が空いたようだった。
そびえ立つのは一本の巨木。到底切り倒せないほどの太い幹に、伸び放題に広がる枝。太い根はそれだけでも通常の木の幹ほどの太い。
そしてその幹の中央にある黒い穴ぼこの目と、裂けた大きな口がある。
「これが、エルダートレント……」
凄く不気味な植物系魔物。
奴は「ギャギャギャギャギャ!」という耳障りな声を発しながら鞭の様にしなる枝を振り回し、地表に近い根を波打たせている。だからこそ、エルフ達も簡単には近づけないようだった。
「クナルさん、マサさん」
「アルさん!」
多少汚れているものの無事なアルが近付いてくる。
エルフ達は予定通り火魔法を使って枝を焼いているが、黒い表面がその魔法を弾いているみたいだ。
「どうだ」
「駄目です、魔法が弾かれてしまっています」
やっぱりそうなんだ。
でもそれなら俺が何か出来ると思う。あの黒いのもリヴァイアサンと同じで穢れなら、俺が浄化できるはずだ。
「俺がやってみる」
言うと、クナルは少し眉根を寄せた。心配されているんだと思うけれど、俺はこれの為にきたんだ。
「……分かった。俺は地面を凍らせて奴の動きを鈍らせる」
言うと、クナルはドンと地面に手を付く。その手の先から、地面が真っ白く凍っていく。
とても綺麗な文様が地面に浮き上がった。それはクナルの目の色と似た薄青いもので、形は氷の結晶だ。
空気が一気に冷たくなる。口から吐き出される息が白くなる。肌が、突然の冷気にピリピリする。
「凄い、こんな……」
恐れたようなアルの声。周囲の水分が一瞬で凍って、キラキラと空気中を輝きながら舞っている。
『アイスフィールド』
ドンと一度、クナルは地面を強く押した。瞬間、エルダートレントを中心とした地表が凍り付いた。
「ギャギャギャ!」
声がして、足元が凍る事に抵抗するように根が動く。だがその根は目標に到達するよりも前に凍り付いて、途中でパキパキ割れて落ちてしまった。
「なんか、昔よりも威力が上がってるな」
自分でも不思議そうなクナルだが……俺は微妙に思い出した。
海龍であり、水属性特化の神獣蒼旬は確かクナルにも加護を与えるって言っていたんだ。もしかしたらこれが、その加護なんじゃ……。
「まぁ、困らないからいいが」
確かに困りはしないだろうな。
これで少しは動きが鈍くなったかと思ったが、そうじゃなかった。確かに根の方は動きが鈍くなる。けれどその分枝の方は激しく抵抗するように振り回される。
更には裂けた口の辺りから何かゴニョゴニョと聞こえてきた。
「魔法がきます!」
慌てた声に俺も身構えた。その先で、エルダートレントは魔法によって生やした幾つもの枝を高速で突き出してくる。その数は一気に数十本。避けきれなかった人が傷を負って倒れてしまう。
「核を探さないとどうにもならないぞ」
「それって何処にあるの?」
「分からないのです。リンデンが額などを炎で攻撃しましたが、効果がなくて」
まずはあの黒いの、引き剥がさないと。
スッと息を吸って、俺はまた掃除機をイメージする。リヴァイアサンで上手く行ったあの方法だ。片手を前にして、スイッチオン!
「いっけぇぇ!」
確かに手で周囲の穢れを吸い取っている感じはある。でも、以前と違う。前はボロボロ崩れて吸い込まれたのに、上手く吸い込めていない。
まるで、この木自体があの素材でできているような……。
「ギギャ」
エルダートレントと目が合った瞬間、確かにニタリと笑った気がした。
「!」
何か、凄い悪意を感じる。リヴァイアサンには躊躇いがあった。苦しんでいた。でもこいつからは悪意がある。こちらを食おうという悪意が。
もしかして、神獣とは関係がないんじゃないか?
そんな事を考えていたから、俺は分からなかった。
足元の土が僅かに盛り上がり、細い根が足に絡みつくまで。
「!」
グンッ! と強い力で足首が引っ張られて俺は思いきりコケた。強かに背中を打って呻く間に車並の速度で引っ張られていく。
「マサ!」
クナルが俺の手を掴んで引くがどうすることも出来ない。
「クナル、離して!」
このままじゃクナルまで!
俺は怖くなってクナルの手が離れるように動いた。クナルは凄く怒った顔をして……離れた瞬間、泣きそうな顔をした。
『キュイ!』
「キュイ!」
引きずられ、エルダートレントの裂けた口の中に放り込まれる間際、俺の体にキュイが乗っかって一緒についてくる。乱暴に丸呑みにされた俺はそのまま滑り台でも滑るように落ちていく。
そして、気を失ってしまった。




