116話 聖樹の森(4)
出発の日、リンデンは伊達眼鏡に弓と杖を持って合流し、クナルは相変わらずの軽装。俺は普段着に防寒用の外套と愛用のマジックバッグを持って馬車に乗り込んだ。
長期旅行用の馬車はそれなりに大きく広く作られ、座面は柔らかい。この中で寝ることも想定しているらしい。
見送られて出発し、色んな町を通り時に野宿をして、順調に二週間。俺は目的の聖樹の森の手前に降り立った。
「凄い森だ」
見渡す限りの木々に思わず声が出る。国境の高い外壁を出てから数時間、馬車で行けそうな整備された道はこの森の手前で終わっている。
「ここからは徒歩になるよ」
手荷物を持ったリンデンが声をかけてくる。
そして俺の隣にクナルが立った。
「歩きづらそうだな。マサ、手を」
「うん」
すっと手を差し伸べられ、従って手を置いて歩き出す。
ここからが本番だ!
◇◆◇
意気込んで聖樹の森に入って一時間。俺は既にバテバテだ。
「悪いリンデン、少し休憩を頼む」
俺の隣を補助しながら歩いているクナルが声をかけ、数歩先を行くリンデンが振り向いて頷いた。
「そうだね。じゃあ、三十分くらい休憩にしようか」
「ご……ごめん……」
「大丈夫。あと二時間くらいかかるし」
二時間この状態なんだぁぁぁ。
大きな木を背にして座った俺の隣にクナルもついて、水の入った水筒を出してくれる。それを飲み込むだけで大分癒される感じがした。
見上げる空はほとんどが木々に覆われ、濃淡の違う葉が茂っている。にも関わらず明るい日差しは地表まである程度届いていて、澄んだ空気に満ち満ちている。道は木々の根や倒木があり平坦な道のりではなく、更に獣道らしいものもない。苔もあって滑りやすく、俺は足を取られて何度も転びそうになった。
「道らしい道もないのに、リンデンさんは迷わないんだね」
俺にはさっぱり分からない。黒の森はまだ獣道みたいなものが薄らとあったけれど、ここはまったくだ。
「俺にも分からないな。方角くらいは分かるが」
「慣れもあるし、聖樹の発する独特の魔力もあるからね。私の目には、仲間達や聖樹が導く魔力の道が見えるんだ」
「魔力の道?」
不思議な言葉に首を傾げると、リンデンは笑って頷いた。
「エルフは特に魔力に敏感な種族なんだよ。魔力にはそれぞれ癖があったり、色がある。音の時もあるし、匂いの時もある。私が辿っている道はそういうものが濃い道なんだ」
「人が多く通った目に見えない痕跡を辿っているわけか」
「まぁ、そういうことだね。クナルだって匂いに特化して感じてみれば分かるよ」
そう言われ、クナルはクンクンと空気を嗅ぐようにする。そうして少しで、すっと先を指差した。
「草花と果実の匂いだな」
「おぉ、流石。歌も聞こえないかい?」
「風に乗って微かにな」
「聖樹が歌っているんだ。この森を守るようにね」
人間の俺にはまったく分からないけれど、二人は感じ取っている。そういう、不思議な感覚が多分本当にあるんだろうと思う。
三十分休憩して、更に二時間。へばる俺をなかば抱えるようにしたクナルに連れられて、俺は大きな木の近くまでようやく到着した。
「わ……ぁぁぁ」
思わず溜息のような声が出てしまうほど、壮観な景色だった。
突如開けたそこに並ぶ可愛らしい家々。白壁に赤い屋根が多く見られて、建物自体も高くて二階建て。多くが一階建てだ。
舗装はされていないが慣らした道が真っ直ぐに聖樹と呼ばれる巨大な樹木へと通じている。
その聖樹の周囲は木で出来た柱や階段、外通路があり、木々の所々には窓枠がついている。そもそも道の先にも大きな階段と城門があるのだ。
「聖樹に住んでるの!」
「王城だよ」
「木、大丈夫なんですか!」
「大丈夫だよ」
木の中に住んでいる……ツリーハウス? くり抜いて部屋を作ってるってことになる? 確かに直径何メートルだろう? と思える大きさがあるけれど。
「おい、リンデンじゃないか!」
不意に声がかかり、そちらを見るとリンデンと同じくらいに見える門番が笑顔で近付いてくる。リンデンも親しげに声をかけた。
「ソーマか!」
「おう! 久しぶりだな。何十年ぶりだ?」
「十年ぶりくらいだろ? 大げさだな」
「外出てまったく帰らないんだもんよ。セレン様も気にしてたぞ」
そう言いながら、ソーマと呼ばれた角刈りの青年は少し表情を落とす。リンデンも何処か複雑な様子だ。
「悪い、ついな。セレン様の捜索のために帰ってきたんだろ? ルルララ様から聞いてる」
「あぁ。本当に兄は戻ってきていないのか?」
「あぁ。他に四人連れて行ったが、誰も戻ってきていない」
「そうか……」
俯いたリンデンを気遣うように、ソーマは肩を叩く。俺にも、そのセレンという人がリンデンの兄であるのが察せられた。
ふとソーマの顔が上がって、俺とクナルを見る。ドキリとして、でも直ぐに屈託のない笑顔で迎えられた。
「獣人国からのお客人だな。ルルララ様より話は聞いている。歓迎するぜ」
「ベセクレイド王国第二騎士団のクナルだ。世話になる」
「智雅といいます。呼びやすいよう、マサで大丈夫です」
「遠路はるばるとく来てくれた。とりあえずルルララ様の元へ案内するよ」
そう言って、ソーマはもう一人の門番に声をかけて大きな道を先導していった。
賑やかな大通りには店が多い。食材を売る店、薬を売る店、飲食店に宿屋にとあれこれだ。
「賑やかですね」
「国の大通りだからな。それに今は秋の実りが店に並ぶんだ」
エルフは何を食べるんだろう。見た感じだと野菜が多いし、俺のイメージとしても菜食な感じがある。人嫌い……は、ないな。
「おーい! デカい獲物が捕れたぞ!」
「おっ!」
大きな通りが交わる噴水広場の辺りで声が聞こえ、そちらを見た俺は目を丸くする。男女混合の一団が何か大きな魔物を荷車に乗せて運んでくる。声はその先頭にいる男性のものだった。
「おっ! デビルボアじゃないか!」
「今日はご馳走になりそうだな」
体長が二メートル近くありそうな立派な牙を持つ魔物が噴水広場に到着すると、それに今度は刃物やノコギリを持った人が集まってきた。
「解体だな」
「解体って、ノコギリも使うんだ……」
でも確かに解体なんだろう。毛皮に切れ込みが入れられ、そこからあれこれと処理が始まっている。女性達は魔法を使って補助しているのかな?
「マサは解体は初めて見るだろ。平気か?」
「まぁ、自分でも少しやったことあるし」
「……ん?」
「元の世界でね、魔物じゃないけれど。俺の調理実習の先生がジビエが好きでさ、撃ちに行ったりもしてたんだ。それに付き合わされて解体したことがあるよ」
鹿や猪の猟に同行して、仕留めた獲物を解体していた。もの凄く力仕事でコツもいるけれど、おかげで耐性は付いた感じだ。
「逞しいんだね、マサは」
「食べられるものは美味しく食べる方がいいよ」
「色々と逞しい」
リンデンやクナルに「逞しい」なんて言われてもなんか素直に喜べないけれど。でもまぁ、料理人としての幅は広い方がいいしね! ということにしておいた。
こんなことで足を止めてしまったけれど、改めて城へと到着した。
ここから先は城の門番が案内してくれて、俺はいよいよ聖樹の中へと入った。
「わぁ……」
広がる世界のあり得なさに口が開きっぱなしになってしまう。
中央はくり抜かれたように空洞になり、壁に沿って螺旋階段が作られている。その所々にフロアがあり、扉がある感じだ。
木の中だっていうのに明るく温かい日差しが降り注いでいて、言われなければ場所を忘れてしまいそうな圧倒的癒し空間になっている。
「これで木は生きてるのか?」
「聖樹はそもそも普通の木とは違って、魔力を糧にして生きているからね。むしろ私達がこの中で生活して、魔法を使ったり祈ったりする方が活性化するんだ」
「水とかいらないってことですか?」
「まったく不要ではないけれど、このくらいの居住空間を取っても問題無いくらい少なくていいんだ」
不思議な生態をしている。これぞ異世界な感じだ。




