115話 聖樹の森(3)
「あの、それで今回はどのような用件ですか?」
「あぁ、そうだね。まずこの場でリンデンの目を治してやって欲しいんだ」
やはり今回の事、リンデンの助けがないと難航しそうなのだという。エルフは少数であるせいか、肉親同士の呼び合う力が強いらしい。今回行方不明になったリンデンの兄は他に兄弟もなく、できれば一時帰郷して力を借りたいという。
「その後は、エルフの里ですか」
「そうなるね。この国もエルフの里のポーションには助けられている。それが滞れば価格が高騰し、新米冒険者の死亡率が上がったりする。そうなっては不満も多く出るから」
「エルフとしては死活問題よ。聖樹が枯れれば住まう場所を失う」
ルルララ様も困り果てた様子である。そうなるとやはり俺の出番なんだろう。
「俺で力になれるなら」
「おぉ、それは頼もしい! 海王国を救い、ベヒーモスを倒したお前さんの力なら頼りたい!」
がっしりと手を握るルルララ様の力は案外強くて……それくらい、今が危機的な状況なんだろうなとも思えてくる。
「今回調査のために入ったリンデンの兄達がどうなったのか。森の奥で何が起こっているのかを調査、可能なら解決したい」
「エルフ側の協力は?」
「勿論だともクナル、案ずることはない。エルフも全面的に協力をしよう。到着後の衣食住に有事の際の出兵、ポーションなどの無償提供も勿論だとも」
「まぁ、それなら」
クナルも納得したようだし、俺としては異論はない。殿下を見ても頷いている。
「詳しい話なんかは現地を見ながらの方がいいと思うから」
「分かりました。ではまず、リンデンさんの目ですね」
改めてリンデンに向き直ると、彼はやや申し訳ない顔をしている。
「悪いね」
「そんな! あの時、あの場でしなくてすみません」
「いや、クナルの判断が正しかっただろう。君の力はみだりに使うものではないだろうから、こうした場で行った方がいい」
そう言ってくれると少しほっとするのだ。
一度目を閉じてもらって深呼吸。後ろに回って手で両目をやんわりと覆うようにしてから、俺も目を閉じて手の平に集中した。
これはキュイを助けた時にやったものだ。手の平に意識を集中させて見ようとすると感じ取れるものがある。今回もそれで見えてきたけれど……。
「えっ、凄く表面が濁ってる。これが穢れの影響なのかな?」
目を閉じて頭に浮かぶヴィジョンは、両目の表面が白く濁っている。どのくらいって、磨りガラスぐらい。これじゃ、人や物がモザイクをかけたシルエットくらいにしか見えないよ。
「コカトリスの毒が入ってしまったんだ。失明寸前だったんだよ」
「痛そう。えっと……まずはこの濁ったのを取らないと」
っていうけれど、どうしよう。拭いたら取れたりしないかな?
金色の光で目の表面を優しく撫でてみる。眼鏡拭きで眼鏡のレンズを拭く感じで。
「うわ!」
「え! 痛いですか!」
俺がイメージしたタイミングでリンデンが驚いた声を上げたものだから、俺は驚いて手を止めた。そういえばこれ、意識のある人に行ったことなかったかも。
けれど彼が伝えたのは、痛みではなかった。
「いや、目の表面がくすぐったくてつい」
「くすぐったい?」
「こう……サワサワと触られている感じがしたんだ。痛くはなく、むしろ心地良いんだが」
「あっ、それなら大丈夫ですね」
痛かったなら問題だけど、くすぐったくて心地良いなら大丈夫だと思う。
俺は丁寧に曇った部分を拭いた。隅々だ。そうすると元の綺麗な透明に戻っていったけれど……次には違う問題が見えてきた。
「目の表面が凸凹になってる……」
角膜っていうのかな? 目の表面に凄く歪な凹凸ができている。凹んでいる部分は溶けた感じだ。
これが毒の影響なんだろうか。一番深いところだと眼球にも傷がついている。
このままだと見えないと思うし、凄くドライアイになりそう。
そういえば、星那はよくカラーコンタクトを使っていた。あれって、眼球の形に合うようになってたよな? 例えばこの、凹んだ所を透明な……周辺と同じ素材で滑らかに埋めていって、表面に凹凸がないように整えて……。
うんうん言いながらも俺は指先を動かす感じで周辺の透明な部分を増やして延長して、凹凸を滑らかに整えていく。金の光が溶け込んで失われた部分を補っていくのが分かる。
そうして格闘すること十五分。どうにか納得できる状態になった。
「ふぅ……」
よし、一息。あと気になったのは目の筋肉だ。随分動きが悪そう。多分悪くなった目を酷使するから、疲れているんだと思う。
こういう時は温めるのがいいって、俺は知っている。何せホットアイマスクのお世話になりっぱなしだったから!
「あ……あぁ、これ……はぁぁぁ」
「うお! なんだリンデン、妙な声を出して!」
「目が……気持ちよくてこれ、温かいのがジワッと染みこんで……」
「……ほぉ」
一瞬、殿下の鋭い声が聞こえたけれど気のせいにしておこう。
手の平温かで目の筋肉も十分に解れたところで、俺は手を離して目を開けた。
「どう、ですか?」
リンデンに声をかけ、彼が目を開けて……固まった。
「あの、治ってませんか!」
「いえ! あの、見えすぎるくらい鮮明で、こんな……」
呟く彼の目から涙が零れて溢れていく。それがポタポタ落ちていって、彼の服を濡らした。
「ありがとう、マサ。この目はもう戻らないと諦めていた。それがまた……こんなに鮮明に見えるようになるなんて」
「リンデンさん」
ぱっと振り返り、しっとりと濡れた手が俺の手をしっかりと握る。その強さが、彼が今まで耐えた辛さなんだと思ったら俺までジンときた。
「良かったです」
「ありがとう」
「良かった。ところでトモマサ、目が温かくて気持ちいいというのは、どういうものかな?」
「あ……」
ニッコリ笑った殿下の目が怖い。これは多分、やらなきゃ終われないやつだ。
すごすごと殿下の後ろに回り、「失礼します」と声をかけて同じように手で覆い、目の奥の筋肉に温かく届けるイメージをする。
すると殿下も同じように「はぁぁぁぁ」と声を上げている。ライオンの耳が徐々に横向きにぺたんと寝てきた。
十分程度そうしていたか。解れたところで手を離すと、殿下は目を開けて辺りを見て……俺を見て手を握った。
「定期的にお願い」
「え? えっと……そんなにですか?」
「書類仕事が多くて目が死ぬ。なにこれ、目が凄く軽い。明るさまで違って見えるよ」
でも、定期的にって……。
「温めたタオルを畳んで目の上に置くだけでも違いますよ」
「なるほど、それもありなんだ。試してみる」
これ、今度リンデンにホットアイピローとか教えたら作るかもしれない。
なんとなくそんな予感がした。
何にしてもこれでリンデンも聖樹の森に行って兄捜しができる。
ルルララ様は一足先に戻って準備を整えると帰っていき、俺達は数日後に護衛騎士と馬車を用意して向かうこととなった。片道二週間、なかなかの遠出だ。
宿舎に戻ってデレクに報告をし、グエンにも報告するともの凄く渋られてしまった。俺の料理がもっと食べたいと言われて嬉しいやら。レシピを教える約束をして、実際に教えて作ってしているとあっという間に準備が出来た。




