114話 聖樹の森(2)
「苦労したからね。ドラムには水耐性のブルースライムを薄くコーティングして、動作回路も何度もやり直したし」
「動作回路?」
首を傾げるとリンデンがテーブルに薄い板を置いた。何もない銅板みたいな感じだが、リンデンはそこに指を走らせていく。するとその動きに合わせて溝のようなものが彫り込まれていくのだ。
「これが動作回路だ。この板に魔力を流し、魔道具がどのように動くかを書き込んでいく。魔道具師の一番の腕の見せ所だよ」
幾何学的な形のそれは直線や菱形、四角、円などが書き込まれていく。これらがどんな意味になるのか俺にはさっぱりだけれど、凄くロマンを感じたのも確かだった。
「正直、今ではこいつがない生活が想像できないくらい役に立っている。私も洗濯は苦手だし、何よりこれに入れてボタンを押せば任せておける。その間、違うことができるのが有り難い」
「分かります」
効率よく家事をするには、ある程度機械に任せておけるのが有りがたい。全自動洗濯機、食洗機などは大助かりだ。
「確かに便利だが……騎士団の服はこれじゃ間に合わないだろ」
「勿論だよ。だから今まで通り皆にはお願いする。でも、何かあって俺しか洗濯する手が空いてない時もあるだろ? そんな時に役立つし、タオルとかならこれでも十分回せるしさ」
勿論一度で全部はできないだろうけれど、複数回やれば可能になる。
これで俺も、一つ出来ることが増えた。
「リンデンさん、改めて洗濯機の作成と設置、お願いします!」
「了解だよ、マサ」
頭を下げた俺に、リンデンは笑って頷いてくれた。
と、そこにチリンチリンというドアベルの音がする。来客を告げるそれに三人が顔を向け、リンデンが立ち上がった。
「ちょっとごめん」
「お気になさらずに」
居住スペースから店舗の方へと向かったリンデンを見送った俺達だが、その直後に「陛下!」という声に顔を見合わせ、そっと影から店舗を覗いた。
そこにいたのはとてもスタイルのいいエルフの女性だった。目鼻立ちのはっきりとした美人で、綺麗な金髪。大きな緑色の瞳と肌の白さが際立っている。まさに見本みたいなエルフの女性だ。
「おぉ、リンデン元気だったか? 魔道具師になったとは聞いていたが、なかなか立派な店ではないか」
……話し方はなんだか、豪快で見た目に合っていないが。
「エルフの女王だ」
「え?」
小さな声でクナルが呟く。俺の頭一つ上から様子を見ている彼は俺の視線を受けて頷いた。
「以前見たことがある」
「女性なんだ」
「当代はな。別に男女どちらでもいいらしい」
そうなんだ。男女平等なのはいいと思う。
「陛下、何故このような場所に」
「ん? うむ、実はお前に知らせねばならぬことがあってな。ルートヴィヒとの謁見の前に立ち寄ったのじゃ」
「知らせること、ですか?」
「……お前の兄が森の奥地で行方不明となった」
「え!」
先程までの明るい声音とは一転して、やや低く神妙な表情で伝えるエルフの女王。その内容はリンデンばかりか、俺まで驚かせるものだった。
思わず声が出てしまい、女王の視線が俺に向かう。大きな緑色の瞳が丸くなった。
「おや、来客中であったか」
「あぁ、えっと……」
困るリンデンと、溜息をつくクナル。こうなると隠れているのも何だか失礼に思えて、俺達も表に出た。
「マサ、クナル、紹介するよ。エルフの森の女王ルルララ様だ」
「うむ、ルルララだ。リンデンが世話になっておるの」
「マサです」
「第二騎士団のクナルと申します、女王陛下」
「おぉ、そのように改まるな。なーに、私など少数部族の族長くらいなものよ。普通にしておればよい」
そう言って豪快に笑う女性は実に気持ちのいい人なんだが……間違いなく少数部族の族長扱いは駄目だろう。
「あの、陛下。兄が行方不明というのは、本当に?」
一応の自己紹介後、リンデンは心配そうに問いかける。身内のことだから心配なのも分かる。リンデンは様子が打って変わって手をギュッと握り、身を固くした。
「うむ、本当だ」
「兄ほどの戦士に何が」
「それが分からぬのだ。今、聖樹の森では異変が起こっておる。このままでは聖樹が枯れてしまう危険もあり、何事が起こっているのか調査のため、数人の戦士を奥地へと送り出した。が、帰ってこぬのだ」
「そんな……」
悔しげに奥歯を噛むリンデンは小さく震える。知らない相手じゃないから、何か力になりたいけれど。
「リンデン、戻ってこいとは言わない。だが今だけ、森に戻って兄の捜索を手伝ってくれぬか。お前達は兄弟だ、呼び合うものがある」
「私は……」
そう呟くリンデンはとても辛そうにしている。俺は戻ればいいと思うけれど、そうできない事情がきっとあるんだ。
「リンデンはかつて魔物から受けた瘴気の影響で目が利かなくなっております、ルルララ様」
「それ程なのか?」
「……はい。今は眼鏡で補正をしておりますが、それでも日常生活に支障がない程度。森のように見通しが悪い場所ではおそらく何の役にも立ちません。それどころか、足手まといになってしまうでしょう。兄ほどの戦士が帰れぬ事態では」
それほどの傷を負ったんだ。
俺は自分の力を考えている。俺なら、少しくらい良くできないかな。そんなことを考えてしまう。
それでクナルを見たら、彼は首を横に振った。
「ルルララ様、この後ルートヴィヒ殿下と謁見と言っておりましたね?」
「ん? うむ。現状、なかなか厳しくてな。そこでこの国に新たにきた聖女が凄い力を秘めていると聞いて、その力を貸してもらえないか相談に行くところだったのだ」
「分かりました。俺達もこの後は帰るだけなので、護衛に付きましょう。リンデンも」
「え?」
「殿下に実状と共に、リンデンの目の回復も伝えてみてください。あの方なら、何かしらの手を打ってくれるかと思います」
「……そうさな。なかなか抜け目のない坊やだが、こちらも背に腹はかえられぬ」
クナルが騎士の顔で進言をしている。俺はそれを見て、何かあるんだろうと察した。政治とか、外交とか、そういうのは俺には難しいけれど大事なことだというのも分かっている。
それに、俺の力は有用だってのも。
でも知り合いの、お世話になっている人が困っている時くらいそういうのを抜きにしてやりたいんだけれど……という、何だかもどかしい気持ちになってしまった。
一旦洗濯機は置いておいて、店に鍵を掛けて四人で移動となった。
その間、ルルララ様は俺にあれこれと質問をしている。
「お前さんが聖女の兄であったか! 話には聞いていてな、珍しいこともあるものだと思ったのよ」
「そんなに無いことなんですか?」
「ないな。私はそろそろ九百歳を迎えるが、聞いたことがない」
「九百歳ですか!」
こんなに若々しい九百歳がいようとは! なんせ見た目は三十手前くらいなんだから。下手すると俺より若い……。
「エルフも魚人族と同じでかなり長生きだからな」
「そうだね。私も百は超えているし」
「紫釉様もだ」
「ほぇぇ……」
世の中、見た目はあてにならないんだな……を実感した。
そんなことで王城に着くと、案の定俺とクナルも留まるように言われた。そうして用意された待機部屋にいると数十分で呼ばれ、殿下とロイ、それにルルララ様とリンデンの前に出ることとなった。
「やはりただのおまけではなかったな」
ニタリと笑ったルルララ様に苦笑して、殿下からの許しも得て改めて自己紹介する。どうやら全て話が済んでいるらしく、俺とクナルは早々に座るよう促された。




