113話 聖樹の森(1)
海洋領ルアポートでリヴァイアサンを鎮めた俺達は翌日帰路につき、のんびりと王都へ帰ってきた。行きの慌ただしさが嘘みたいだ。
王都に戻って殿下に報告し、その時にアントニーとシルヴォの処遇についても少し聞いた。
今回のことは大変なお家騒動で、しかも国の顔に泥を塗る行為である。なので、処罰無しとは言えない……が、リヴァイアサン討伐への貢献と長年の実績を加味し、猶予を与える。
まずアントニーは夫人を王都へ招き、目の届く範囲で生活をさせると同時に再教育を行うこと。そしてシルヴォは一年の間に傾いたルアポート領の財政立て直しを行うこと。
一年後、これらが行われていると判断出来た時には無罪放免とする。
正直クナルは「甘い」と言ったけれど、俺はこれに賛成した。やり直しが出来るのは希望があると思うから。
暫く何もないということで、俺達は久しぶりに第二騎士団宿舎へと戻ってきた。
皆が喜んで迎えてくれて、その間の掃除なんかもちゃんとしてくれていて綺麗なまま。聞けば「マサが居ない間に荒れたら嫌われる」と言って頑張ってくれたらしい。
俺、この世界にちゃんと居場所がある。それを実感して、妙に嬉しくなってしまった。
その日はグエンが張り切って料理を作ってくれて、俺もそれを楽しんだ。
そして翌日からはまた、騎士団の家政夫として動き出した。
◇◆◇
夏の暑さが徐々に落ち着いて、穏やかな気候になってきた。
俺は今日、ルンルン気分で町を歩いている。愛用の鞄を提げ、隣にはクナルを連れて。
「洗濯機~洗濯機~」
妙な鼻歌を歌い、足元はルンルンでスキップしそう。
それというのも、以前リンデンにお願いしていた洗濯機が完成したとのことだった。
リンデンは庶民区に店を構える魔道具師で、便利な道具を作っている。俺が使っているランタンは勿論、キッチンのコンロや冷蔵庫、各部屋に設置されている冷温風機というのも魔道具だ。異世界版クーラーだな。
これのおかげで夏も快適に過ごせて寝不足にはならなかった。
「朝から浮かれてるな」
「だって、洗濯機だよクナル! これで俺も手洗い以外の洗濯が出来る」
未だにここだけがネックだったんだ。
洗濯魔法は俺の生活魔法じゃ使えない。凄く繊細な魔力操作が必要らしいし、どう考えても上手くいくヴィジョンが見えない。
けれど洗濯機があればある程度のことができる! 量は沢山じゃないかもしれないけれど。
「俺がやるのに」
「クナルにばかり頼っていたら、俺何も出来なくなるよ」
「もっと頼っていいんだぞ」
ちょっと不機嫌な感じで言われるけれど、俺としては譲らない。だって、俺だって男なんだから。
ルアポートで俺はクナルの想いを知った。それ以来、クナルは何かにつけて俺を甘やかそうとする。以前よりもベッタリになっている。
これ、気のせいじゃないんだ。だってグエンやデレク、他の団員にまで言われているから。
ただそこは獣人、気持ちも理解はできるらしい。まだ相手を完全に囲い込んでいない状態は不安で、ちょっとのことで刺激される。嫉妬なんてのは勿論だし、相手の気を引きたいのもそのせい。誰もが一度は経験があると言っていた。
今のところロイとリデルには反応していない。理由を聞くと「あいつら雌側だから」という。どうやら既婚か、それに近い相手でしかも抱かれる側は安心していられるらしい。正直俺には分からない。
そんな話をしている間にリンデンの店に到着し、ドアを押し開けた。
「いらっしゃい、マサ」
「こんにちは、リンデンさん」
ドアを開けて正面にあるカウンターの奥でリンデンが穏やかに微笑む。相変わらずの美人エルフ男子だ。
薄い色合いの金髪に緑色の瞳。長身だが線は細い。何よりエルフ特有の尖った耳の存在感が凄い。異世界は疎い俺でもイメージ出来るエルフ像だ。
彼がこの店の店主で魔道具師のリンデン。これで数年前まで第二騎士団の騎士だったのだから驚きだ。
「洗濯機だね?」
「はい! あの、出来たって」
「ははっ、楽しみって感じだね。とはいえ、試作が出来て今は試験運用中なんだ。それもおおよそよさそうだから、見てもらいたくて」
腰を上げた彼が奥へと促してくる。ついて行くとそこは明らかに居住空間で、ちょっと……かなり…………待って。
「片付け!」
駄目だ、見過ごせなかった!
まず、脱いだ服は脱ぎっぱなしになっている。出した物は出しっぱなし。食器はギリギリ片付けられているし、ゴミも出しているけれど散らかっている。
駄目だ、なんか疼く。そういえば暫く片付けとかしてないし。今、無性にやりたい。
俺のこの発言にリンデンはビクッ! とし、クナルは溜息をつく。だが、言いたいことは伝わったらしい。
「クナル、洗濯物集めて洗濯機に!」
「おう」
「リンデンさんは出しっぱなしの物を元の位置に戻して!」
「え、あ……うん」
「俺は掃き掃除と拭き掃除するから!」
こうして急遽、リンデン宅のお片付けが始まった。
とはいえ、散らかっていたのは服と物品。それらをきっちり元の位置に戻せば形がつく。見た感じ、ここで何かしらの作業をしてそのままほったらかしたようだ。
「こういうの、夜中に作業したらそのままにして寝てしまうんだよ」
「翌日片付ければいいでしょうに」
「面倒で」
いや、分かるよ少し。疲れてる時とか、面倒って思うよね。でもそれを放置するとずっと面倒になって見て見ぬ振りをすることになるんだよ。
俺は軽く床を掃いて、棚や窓枠、床などを雑巾で拭いていく。これだけで木目なんかが出て綺麗だし、気分もいいのにな。
片付けはものの三十分程度。それだけで十分な成果が出た。
「……我が家とは思えない光景だ」
「気持ちいいね」
「やっぱ空気が変わるよな、あんたが掃除すると」
空気が良くていいじゃないか。
と、横道に逸れてしまった。
気を取り直して案内された場所には少し大きめの白い箱がある。
高さは俺の腰より少し高いくらい。長方形でドラムが一つ。ボタンは複数ついている。
「まずはここに洗濯物を入れる」
先程回収した洗濯物を中へと投入していく。ズボンが複数、シャツやチュニック、下着なんかも。思った以上に入りそうだ。
「そうしたら、洗いのボタンを押す」
指で押し込む感じがちゃんとあって逆に安心する。言われたボタンを押すとただの水と泡になった水が上部から注がれていく。
「泡だけじゃないんだ」
「泡水だけでやったらもの凄く泡が増えて溢れたんだよ」
「あ……」
洗剤の量間違えた時みたいな感じだな。
水が一定の位置までくると透明な蓋が閉まって、中のドラムが回転を始める。それほど速さはないけれどちゃんと水流が出来ていて、中で洗濯物同士が擦れ合っているのがわかった。
「絶妙な水加減と回転速度だな」
「正直これの正解を導き出すのが一番苦労したんだ。水が多くても、回転速度が速くても水が零れて水浸しになった」
「努力が凄いです」
男三人、洗濯物が回っているのを黙って見ている。これ、案外見ちゃうんだよね。
「ってか、きたな!」
「そうなんだ、落ちるんだよ。自分でも最初にこれを見て驚いたんだ」
水が濁っていくのを見てクナルが驚愕の声を上げ、リンデンが苦笑する。案外皮脂汚れとかってあるからね。汗もかくし。
十数分そうして回ったドラムが静かに止まり、汚れた水が排泄されていく。
それがすっかりなくなると、次はそのまますすぎが始まった。
綺麗な水がドラムを満たし、また回る。泡のついた洗濯物が濯がれていく。最初はついた泡を流す感じで割と直ぐ。二度目、三度目と徐々に水に泡が浮かなくなり、四度目ともなれば綺麗に濯がれた洗濯物になっている。
水が排泄されたあとは脱水だ。水を入れないままグオングオン回転するドラムがガタガタ揺れている。
「これ大丈夫なのかよ!」
「耐えられるように本体とドラムの固定にスパイダーリリーの鋼鉄糸を使った。しなやかに伸縮するのに決して切れない」
そんな糸があるのか。魔物素材凄いな。
こうして一連の動作が終わると「ジー、ジー」という音がして、蓋が自動で開いた。
取りだした洗濯物は皺があったが、それを伸ばして外の物干しに干していく。心なしか色鮮やかになった洗濯物が太陽の下ではためいて、凄く気持ち良い感じがした。
「どうだった、マサ」
「凄いです! 俺の拙い説明でこんなに完璧な再現ができるなんて」
やや興奮気味に伝えると、リンデンは満足そうに腕を組んで頷いている。どうやら彼自身も自信作らしい。




