111話 君の想いに触れたのは(10)
一度手を振り、次にそれに手を掛けたのが分かる。両手で杭を持ったクナルは思い切り抜こうとした。リヴァイアサンの体を思い切り踏みつけてだ。
『ウオォォォン!』
痛むのか僅かに体を暴れさせる魔物に僅かに振り回されたクナルはそれでも杭にしがみついている。それをハラハラ見ている俺の隣で、紫釉がフッと息を吐いた。
『スリープ』
僅かに紫色を帯びた風がリヴァイアサンの顔へと触れると動きがゆっくりになり、動かなくなった。
そしてその間に燈実もリヴァイアサンへと辿り着き、クナルの隣に立つと二人で杭に手を掛け引き抜こうと力を込める。
「頑張れ!」
思わず声が出てしまう。俺は応援しかできないけれど、どうかと願う。
けれど次の瞬間、なんだか二人はビクッとして……え?
「おや、身体強化がかかったみたいですね」
「うわぁぁぁ!」
明らかに腕と足の筋肉今大きくなったよね! 遠目で見て声とか聞こえな……あっ、小さく「うおぉぉぉぉ!」って聞こえる!
「マサ殿、スキルのレベルが上がったのかもしれませんね」
「俺、気軽に応援とかも出来ないのかよぉ」
いや、今は気軽ではなく割と本気の応援だけれどさ。
けれどそのおかげで杭は徐々に抜けていく。血が出て……でも抜けていく度になんだかリヴァイアサンの体が光って。
「「うおぉぉぉぉ!」」
クナルと燈実の声が聞こえ、杭が抜けた。
瞬間、リヴァイアサンの体が真っ白い光を放った。それは視界を真っ白に染める程の光量で、眩しくて目を開けていられない。
「クナル! 燈実さん!」
二人は無事なのか! 目を半分瞑った状態で名前を呼ぶと……何故か上空から声がした。
「マサ!」
「主上!」
「もっ、重いぃぃ」
「シルヴォさん!」
二人を抱えたシルヴォが必死になって運んでいる。細い彼が筋肉質な男二人を抱えているんじゃ重くて当然だ。
「もっ、無理!」
「うわ!」
船の甲板の上、高さにして数メートルから落ちた二人は短い声を上げはしたがそこは武人。燈実はストンと綺麗に着地し、ネコ科のクナルは数回宙返りをして同じく着地した。
「助かった、シルヴォ!」
「感謝する、シルヴォ」
「もっ、腕抜けるかと思った」
どさっと甲板に落ちたシルヴォは汗だくだ。
けれどそんな彼がふと空を見上げて、オレンジ色の瞳を輝かせた。
「綺麗だ」
「え?」
指を差す空に、キラキラ白い光が散っていく。まるで桜の花びらが風に吹かれて散るように、キラキラ、ヒラヒラと舞い上がっていく。
「リヴァイアサンの姿が変わっていくぞ」
言われ、見ているその先でリヴァイアサンの表面からそれが剥がれ散っていく。白い鱗が剥がれて、その下から現れたのは白銀に光る堂々たる鱗。白い角のようだった頭部は翡翠のたてがみが現れ、長く白い髭が棚引き、ツルンとしていた胴からは五爪の手が生えてくる。
「龍神だ」
俺がよく知る龍神の姿そのものだ。西洋のドラゴンじゃなく、東洋の龍。それが今、目の前にいる。
「龍神……我等が神が」
紫釉は隣で口元に手をやり、涙を流して拝礼する。その隣では燈実もまた同じように膝をついて礼をしていた。
やがて古い鱗を脱ぎ捨てた龍神が体を起こし、辺りを見回した。もうそこには荒々しい様子はなく、厳かで知的な様子がある。
『世話をかけた、女神の使徒よ』
「え?」
声が聞こえる。けれどこれは俺だけに聞こえるものではなく、皆に聞こえている。それを証拠にクナルまで驚いた顔をした。
『訳あって呪いを受けた我を解放してくれたこと、感謝する』
「あの」
『そして海の者、そして地上の者にも迷惑をかけた。この詫びはいずれ、お前達に返そう』
そう言うと龍神は空へと登り、遠く海へと入っていく。それを、俺達は呆然と見ていたのだが……。
「おい、あれ!」
声がして、驚いてそちらを見た俺達はワッと声を上げた。
シャボン玉みたいなものに包まれて甲板に戻ってきたのは、海に投げ出された人々だった。しかもまだ皆生きている。
船員達は集まって戻ってきた仲間に抱きつき無事を喜び、戻った側も事を理解して泣いている。
そんな光景を見つめて、俺とクナルは笑ってお互いグータッチをした。
◇◆◇
その日は戻ってお祭り騒ぎとなった。
港には樽を簡易のテーブルにして料理やお酒が並び、町を挙げての祝勝会だ。
領主邸も同じで、少しの間紫釉と燈実も居たけれど日の高いうちに帰った。今頃は海の底でも同じようにお祝いがされているのかもしれない。
一時はどうなることかと思ったけれど、どうにか事態は収まった。討伐はしていないけれどさ。
そんなことで食べて、飲んで……俺は早い内に眠気に襲われ部屋で眠ってしまった。
その、夢の中だった。
辺りは海の中みたいに感じる。プカッと浮いている不思議な浮遊感と、「これ夢だな……」と分かる感じ。こういう時は大抵、何かに呼ばれて見ている夢だ。
『ほぉ、流石慣れている。アリスメリノ様とも既に話しているか?』
まだぼんやりしている俺の顔を覗き込むイケメンをただただ見上げている。
どことなく紫釉にも似ている。青い髪をきっちりと結い上げ、頭には冠をつけている。西洋風のじゃなくて、中国風のだ。
服装も中華な感じだ。青い柄の入った服の上に白く薄い、袖の広いヒラヒラした服を重ね着している。
「海神様ですか?」
『左様。名は蒼旬という』
穏やかで少し硬い声だ。でも知っている声。俺に「殺してくれ」と言った声だ。
起き上がり、ちゃんと向き合う。色白で、でも目鼻立ちは整った東洋美男子という感じだ。母がいたら喜んだだろうな。
『神子、名を聞かせてくれるか』
「相沢智雅です」
『智雅か。手間をかけた。ところで、其方は我等が姫アリスメリノ様の力を強く感じる……いや、今目の前にいるようにも思える。それは何故か』
「え? えっと……」
多分それは、俺の中にある女神の魂の欠片だろうか。
俺は疑問がる蒼旬に、これまでの経緯を話した。
異世界から召喚されたこと。召喚したのが女神だったこと。スキルや、使命のこと。そして女神の魂の欠片が俺の中にあること。
これらを聞いていくと、次第に蒼旬は難しい顔をして腕を組み始めた。
『其方、それで体に異常はないのか?』
「え?」
『不調、もしくは以前と大きく違うところはないか?』
「えっと……あっ、眠気が」
少しマシになったとは思うけれど、やっぱり気になる。
そう呟いた途端、蒼旬は大きく溜息を付いた。
『その程度で済んでいるのが幸いだ。下手をすれば其方の体は耐えられず、徐々に浸食されていただろう』
「えぇ!」
思わず大声を上げてしまう俺を、蒼旬は困ったように見つめて近付き、俺の手首に触れた。
『この辺り、神という存在は雑なのだ。己の存在が如何に大きく他と異質かを念頭に置かぬ』
「あの」
『少しで済む』
そう言って彼が手首に触れていると、そこに青い呪文の輪のようなものが浮き上がっていく。それは少し焼き付くような熱さがあって痛んだけれど、彼が短く言葉を発すると嘘のように消えた。
後には銀に光る腕輪があるだけ。一つ、青い宝石もはまっている。
『我の加護だ。我を呼び出すことと水への耐性、そして女神の浸食を抑えることができる』
「あの、女神の浸食ってなんですか?」
俺の質問に、蒼旬は深く頷いた。
『神というのは人の姿を借りてはいるが、まったく異なる存在だ。故に完全には交わらない。メリノ様は今力を失っていると言ったな?』
「はい」
『それでも魂は人のそれより余程強い。一つ器に魂は一つが限界だ。そこに欠片でも他の魂が入れば元の肉体や魂に影響を与える。大抵、強い方が弱い魂を食らい融合し、肉体はそれに合わせて変化を始める』
「え……それって」
俺はこのままだったら女神の魂に食われて俺って存在が消えるってこと!




