108話 君の想いに触れたのは(7)
「分かりました。作戦に参加する者には通達し、補助の結界魔法具を持たせましょう」
「すみませんな」
「このような大型の魔物が相手でなければ出すことのなかったものでしょう。多少の不安はあってもやらねばなりません」
そんなにこれが大事なのか……。
「あの、皆さん魔法は得意なように思うんですが、それでは倒せないんですか?」
クナルの魔法はかなり強力だし、紫釉も魔法は得意そうだ。
けれど両名が真っ先に難しい顔をしてしまった。
「多分、かなり無茶だな」
「そうですね」
「どうして」
「属性的に無理だ。俺達は水や氷の魔法を得意としているが、同時に火と雷は上手く使えない」
「得意属性の対局にあるものはどうしても不得手ですし、そもそも苦手属性は使えないことが多いのです。我もクナル殿も水とは親和なので海上というフィールドは有り難いのですが、相手は海の魔物。水や氷の属性に耐性があるでしょうし、そうなると削りきれないのです」
「水属性の魔物が嫌うのは火や雷なんだよ。現状、魔法の強い両名にこの属性での強力な攻撃は不可能なんだ。だからこその秘策がこの弾ってわけ」
クナルと紫釉、更にはシルヴォにまで説明されて俺は頷いた。やっぱり魔法は不勉強だ。
「船には遠距離魔法を使える者も同行させますが、それでも足りませんからな」
「後は物理で殴るが、あの巨体だからな。水の中の方が届いたな」
「あの魔物にあれだけの物理攻撃を加えられる者もそうはおりませんよ。クナル殿は本当にお強い」
呆れた様子の紫釉だが、今は頼もしい限りだ。
「十分に弱らせたところで、マサ殿に浄化をお願いしたいのです。一番重要な所をお任せしてしまって申し訳ありません」
「あぁ、いえ! 俺はこのために来たので、寧ろ頑張ります」
そうだ、俺の出番も今回はあるんだ。
正直、ベヒーモスの時のような無茶は駄目だって女神にも言われている。どうやら命を削るようなやり方らしい。俺もそれは多用できないなって思っている。
今回は皆が十分に弱らせたところを浄化するから、前よりは負担も減ると期待している。それに女神から魔法のコツも聞いた。
イメージが大事。イメトレしておこう。
「では、具体的な日時は?」
「船は集め、既に船体への強化や結界魔法の付与を行っている最中です。こちらが終わるのが、明後日かと」
「リヴァイアサンは既に発見してはおりますが、追い立てるには少し時間がかかる。目標地点に追い込むには三日ほど貰いたい」
「では決行は三日後の朝。俺達は船で目標地点近くに」
「我等は海中からリヴァイアサンを追い立てます」
全員が睨む海図。俺は初めての本格的な魔物討伐に不安と興奮を抱いた。
紫釉達が帰ってから、俺も少しはできないかと港へ向かい、乗り込む船などを見てそれに触れてきた。そしてこっそりと『守ってください』と願いをかけてきた。これがどれだけの力になるかは分からないが、やらないよりはいい。
それと一緒に船を透明な膜が覆うイメージをしてきた。海王国の結界みたいな感じだ。
そうして決行日、ソワソワする俺は朝から落ち着かず、船の上でも食べられるようにと軽食をモリモリ作っている。不安になるとご飯を作る癖が俺にはあるみたいだ。
「マサ、あんた朝から何してんだ」
「だって、不安で」
領主館の厨房を借りて俺が作っているのはおにぎりだ。やっぱり遠足とかっておにぎりのイメージなんだよな。遠足じゃないけど。
一緒に卵焼きと唐揚げも作っている。
そんな俺を見てクナルは呆れながらも唐揚げを一つ摘まみ上げて口の中に。「あ!」と言ったけれど既に遅しだ。
「うっま!」
「もぉ、つまみ食いは駄目」
「仕事の前の腹ごしらえにな」
もう。と腕を組む俺の髪を、ふと撫でる手がある。そちらを見て、優しい視線を向けられていることを知ってドキリとした。
「不安がるなよ。俺は負けないって」
「……絶対はないじゃん」
だって、ベヒーモスの時にこの人は一度死んでいるんだ。俺が知らないうちに蘇生させたから当人も知らないけれど。
あの時、絶対はないって思ったんだ。
それでも手は優しく俺の髪を撫でる。気遣いと……かまってほしそうに。
「お前がいれば絶対だ」
「なんで」
「惚れた奴一人守れない、情けない男にはなりたくないしな」
「っ!」
クッと上半身を折ってズイッと俺の顔を覗き込んでくる人の、分かっててやっている狡い笑顔。俺が赤面するのを見越している。
でも、しかたないだろ? 彼の気持ちを知って数日。俺は恋愛初心者過ぎてこれにどう対処していいか分かんないんだ。
「マサ」
「っ! もぉ、近いよ」
結局逃げる俺を、クナルは面白そうに笑った。
海上は気持ちの良い風が吹いている。先頭の船に乗って印を付けた辺りへと到着したけれど、海はまだ静かなままだ。
「大丈夫かな、紫釉さん」
「大丈夫だろ、あの人なら」
俺の隣にはクナルがいて、肩にはキュイがいる。
そんな俺達の船へと、音もなくトンと舞い降りた人がいた。
「こんなところでイチャつかないでよ、お二人さん」
「おわぁ!」
気配が分からなくて叫んだ俺をシルヴォが呆れ顔をして見ている。軽装だけれど普段とは違い戦う格好をしている。
それにしても、本当に人型なのに飛べているの凄いな。
「見えたか?」
「うん。泡が上がってる。今日はこのまま詰めずにいくよ。近づき過ぎると浮上の際の波に飲まれる」
真剣な様子のシルヴォとクナル。その視線の先を俺も追って……何かが、近付いてくる!
「気をつけて!」
思わず叫ぶ俺の声の直ぐ後に、ドンと下から突き上げる振動があった。一瞬地震かと思える衝撃に近くの物を掴んだ俺はその先に、巨大な海蛇のような魔物を見た。
黒光りする鱗は禍々しく光り、鋭角な頭部は刺さってしまいそう。角のようなものが後頭部に生えていて、背には小さな蝙蝠のような羽根がついている。
「リヴァイアサン……」
海王国で見た姿そのままの巨大な魔物が、こちらを睨んでいた。
『キュイィィィイィィイィィィイ』
「!」
甲高い声が振動になって襲ってくる。耳が痛くなる……というか、鼓膜破けそう!
「クナル!」
彼の耳はいい。心配して見れば辛そうにしている。
声はそれだけじゃない。音は壁のようになって船へとぶつかり船体が大きく揺れた。左右に傾く中、俺の体はズルッと大きく甲板を滑って欄干にぶつかった。
「いっ!」
「マサ!」
クナルの声がする。そっちへ視線を向ける、その端にこちらへと向かい突進するリヴァイアサンの姿が見えた。
「駄目だ! 突っ込んでくる!」
「っ!」
俺の声に視線をリヴァイアサンへと向けたクナルが踏ん張って前に出る。荒れる甲板を誰よりも早く駆け上がるように向かった彼は指輪に触れ、そこから一振りの剣を取りだし大きく振りかぶった。
「止まれぇぇ!」
モリみたいに飛んでくるリヴァイアサンの頭上めがけて振り下ろされた剣は鋭角な頭部へと確かに当たった。だが勢いの方が強く弾かれる。
ドォォン! と大きな衝撃に船はまた大きく揺れた……けれど、それだけだ。
「え?」
「はっ、マジかよ。頑丈だな」
空中へと弾かれたクナルは上手く宙返りして船の甲板へと着地した。
それにしても頑丈過ぎる。確かに防御用の結界を張ると言っていたけれど、それにしても。
「……あ」
俺、出る前に心配で全部の船に触って「守ってください」とお願いしてきたな。
「……マサ、また何かやらかしたか?」
「守ってくださいって触ってお願いしただけだよ!」
「それだろうが!」
クナルが呆れながら溜息をつく。けれど、結果オーライで!




