107話 君の想いに触れたのは(6)
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朝、目が覚めた俺は近くにある温もりに包まれていた。
誰かの腕の中で目を覚ますなんて、俺の人生ではまずないと思っていた。勿論相手が男でも女でも。そもそも同衾なんて、あり得なさすぎて想像すらしていなかったんだ。
でも……正直に言えば嬉しいと思えてしまう。他人の温もりはこんなにも温かくて、安心をくれるんだって知った。
「マサ?」
「おはよう、クナル」
寝起きから壮絶な色気を放つ人物がこちらを見て笑う。それを直視するにはちょっと眩しいなって、俺は目を逸らした。
昨日の話を俺がOKしたら、こんな朝が毎日になったりするのだろうか。
その日のうちに俺はアントニーに呼ばれて執務室へと入り……何故かいる紫釉と燈実に首を傾げた。
「え?」
「昨日ぶりですね、マサ殿。大丈夫ですか?」
「え? 何で?」
「ふふっ」
ゆったりとした服の袖で口元を隠して笑う人はとても上品だ。近付いた彼は俺を気遣わしく見て、でも直ぐに微笑んだ。
「シユ陛下に送っていただいたのです」
違う方から声がして見ればアントニーがいて、隣にはシルヴォもいて俺はほっとした。怪我はしているみたいだけれど、とりあえずちゃんと歩けている。
アントニーに連れられたシルヴォが俺の前に立って……突然床に膝をついた。アントニーも同じようにして床に膝をついて土下座をした。
「この度はうちの息子と妻が貴方様に対してとんでもないことをしでかしましたこと、ここにお詫び申し上げます!」
「アントニーさん!」
「つきましてはこの度の責任を取り、ルアポート領主の座を辞し、処遇については王太子殿下へ一任致しました。このようなことで貴方様の気が晴れないのはもっともなことですが、どうかこれでご容赦願いたく」
「アントニーさん!」
俺は必死に二人に顔を上げてもらえるように声を上げた。でも二人はそうはしてくれなくて……そもそもそんな罰なんて考えてもいなくて。
いや、夫人に対してはどうにかしろとは思ったんだけれど。
「俺、そんな罰なんて望んでいません。領主の座を降りるとか、仕事も辞めそうな雰囲気とか重くて俺が負いきれません!」
言ったら……シルヴォが自嘲気味に笑った。
「そうだよ、父さん。責任は僕にあるんだ。父さんは知らなかったでいいよ」
「シルヴォさん!」
「……言ったじゃないか、道連れにするって。僕は母さんと責任取って消えるつもりだったんだ。父さんには迷惑をかけると思ったけれど、一緒に背負うなんて迷惑だからやめて」
「シルヴォさんも責任なんて!」
だってこれは夫人が全て……。
「妻を一人寂しくさせた責任が、ワタクシにはあるのです」
「アントニーさん」
「……愛していなかった訳ではないのですよ、トモマサ様。ファルネの母が死んで、ファルネが家を出て行くタイミングで王都での仕事が多くなって居を移して。その時に共にと誘ったのですが……拒まれてしまいましてな」
「愛人の息子と一緒に住むのは嫌だと勝手に拒絶したのは母さんだったじゃないか。父さんはちゃんと気に掛けていたよ」
妻と息子を庇うアントニーと、父を思うシルヴォと。
俺は……ここに何かの答えを出さないと駄目なのかって思ってしまう。
対策は必要だと思う! こんなこと、二度と起こらないようにしないと。でも、少なくともシルヴォはどうにかしようとしていたじゃないか。必死に、戦っていたじゃないか。
「あの、一つ宜しいでしょうか?」
不意に声がして振り向くと、紫釉がスッと手を上げていた。
「我々海王国はルアポートの現領主家と契約を結び、優先的にこちらと交易をさせて頂いておりますが……其方が辞して次の領主が来るとなれば、このお話は無効となりますが」
「え!」
これに焦ったのはアントニーだった。
「そんな、困ります! 現在エルフの里からのポーション供給が不安定になっているのです。これで海王国からも入らなくなれば冒険者達が」
「ですので、其方は簡単に職責と自身から逃げてはならない。と、申しているのですよ」
「!」
紫釉の瞳が僅かに厳しいものになる。それは俺が知らない……多分王としての彼の姿だ。
「其方は真っ当な仕事をしている。其方の領から任されて来る商人は我の国でも行儀がよく、気の良い者ばかり。だからこそ信用しております。それを、失ってもよいのですか?」
「それは……」
「マサ殿のことについても、当人を差し置いて勝手に決めてはなりません。彼は其方達に重い罰を下すことを良きと思いますか?」
これに、二人の視線が俺に向かう。俺は今だと思って口を開いた。
「夫人のことに関してはちゃんとしてください。あと、同じことが繰り返されないなら俺はそれでいいです。シルヴォさんも苦しんで必死になって、それでも上手く行かなくて自棄になっていた部分があると思いますし。少なくとも俺はシルヴォさんが全部悪いなんて思っていません。責任を負って仕事辞めるなんて、俺が責任負えません」
「トモマサ様……」
「……まぁ、傾いた領地の財政をきっちり整えるのと、今回の作戦成功とそこへの貢献で殿下のお咎めを軽減すればいいんじゃないか?」
そう、溜息を付きながらも助け船を出してくれたのはクナルだった。
彼だって被害者だと思うけれど。
「有能な人物を切るような人じゃない。被害者のマサがこう言っているし、汚名返上の機会は目の前だ。マイナス分に届かなくても明るい材料揃えりゃ、そんなに悪いことにはならないだろ」
殿下と付き合いの長いクナルがそう言うなら頼もしい!
俺もウンウンと頷いた。
それでもしょぼくれるアントニーだけれど、立ち上がったのはシルヴォの方だった。
「僕はやるよ」
「シルヴォ」
「結果がどうであれ、犯した罪の償いくらいはしなきゃいけないだろ? そこから逃げるのは……まぁ、いけないよね」
そう言った彼はこちらを見て、ほんのりと笑って頷いた。
ひとまずこの件は夫人の捕縛と幽閉、これに加担していた悪徳な商人と貴族の捕縛と聴取までとし、俺達は目の前に迫ったリヴァイアサン討伐作戦について話し合うこととなった。
「予定通り、我々海王国軍でリヴァイアサンを予定の場所へと追い立てるつもりです」
海図を広げ、×印のついた場所を指差した紫釉が伝える。だが、そんなに簡単ではないだろうに。
「大丈夫なんですか?」
「まぁ、どうにかします。逆鱗の場所が特定できて、それを先に攻撃できれば良かったのですが今は警戒されて難しいのです。それならばこの方法が良いかと思っております。幸い其方のおかげで我の体調は万全です。今まで以上に調子が良いので、奴を追い立てる程度のことは致しましょう」
それでも危険だ。一度目にしているだけに不安に思っていると、燈実の方から声がかかった。
「犠牲のない戦いはないだろうが、兵はそれも覚悟のうえだ。それよりも未来に繋げて行くことを選んで従軍しているのだ」
「えぇ。それに、海王国襲撃後に逃げたリヴァイアサンはその後、更に動きが読めなくなったと報告が入っております。また突撃されては流石に結界の維持が困難です」
前回も壊され、女神の力も借りて結界を張り直したのだ。これがまたとなれば流石に厳しいというのも頷ける。
「んで、海上へと押し上げた奴を俺達が船から叩くんだったな。具体的には?」
「これです」
アントニーがテーブルの上に玉を置いた。
そこそこの大きさがあるそれは大砲の弾に見える。
「これは魔術科が開発してくれた大型の魔物への武器でしてな。これには雷魔法が内包されているのですよ」
「ほぉ」
クナルがニヤリと笑い、俺はマジマジとそれを見る。見た目は大砲の弾なのに。
「これを船に搭載している大砲で飛ばし、リヴァイアサンに命中すると魔法が発動するシステムになっているそうです」
「不発で海中に落下した場合はどうなりますか?」
「海中で発動してしまうそうです。その辺りの改良がまだなので今もまだ試作品なのですが、今回はことがことだけに試験的にと提供してくださいました」
それは、不発弾が海の中で爆発して、魔法が海の中でってこと!
紫釉を見ると難しい顔はしていたが、やがて頷いた。
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