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【完結済/毎日20時】おまけの兄は異世界で騎士団のお世話をします  作者: 凪瀬夜霧
2章 おまけの兄→女神の使徒
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106話 君の想いに触れたのは(5)

「方法がないわけじゃないよ」

「え?」


 思わぬ言葉にシルヴォを見れば、彼は凄く嫌な顔をしている。

 けれど同時に、暗い笑みも見せた。


「じゃあ、今夜僕の部屋においでよ。場所はこの廊下の突き当たり。レリーフのある大きな部屋だから分かるはずだよ」

「それで、クナルを助けられるの?」


 俺の問いに、彼は確かに頷いた。



 その夜、俺は言われたとおりシルヴォの部屋を訪ねた。

 木製の大きな観音開きの扉には梟と月のレリーフが施されている。


「シルヴォさん、いる?」

「いるよ。どうぞ」


 声がかかってドアを開けると、彼はローブ姿のまま。俺は慌てた。


「ごめん! 風呂入ったばっかだったんだ。出直すから」


 そうまくし立てて出て行こうとする俺の腕を、シルヴォは掴んだ。


「いいんだよ、これで」

「それって、どういう」

「まずは入りなよ。クナル殿、助けたいんだろ?」


 俺の中で何かの警報が鳴った気がする。けれどそれ以上にクナルを助けたいという思いが強くて、俺は頷いてドアを閉めて中へと入った。


 シルヴォに案内されたのはテーブルセット……ではなく、何故かベッド。その縁に腰を下ろした俺の隣に彼は座る。思ったよりも近い距離感に落ち着かなくて、だからってあからさまに距離を開けるのも失礼だから、俺は何とも言えない居心地の悪さに彼を見た。


「あの、それで方法って」

「簡単だよ。あの人を満足させればいいんだ」

「え?」


 それって、どういう……?

 その答えが出ないまま、俺はシルヴォに押し倒され無様にベッドに仰向けに倒れ込んだ。


 え?


 疑問符が浮かぶ俺の目の前には泣きそうな顔をするシルヴォ。腕は彼の手で強く縫い止められて動けない。体も腰の上に馬乗りにされていて動けない。


「鈍いんだな、マサ殿。正直心配になっちゃうよ」

「シルヴォ!」

「あの人が望んでいるのは僕と聖人様の既成事実さ。自分の息子と国が認めた聖人を娶せて、自分の地位を上げたいんだよ」


 なん、だよそれ……。


 信じられないことが起こっている。でもリデルは前に警告してくれた。「政治的な価値が生まれた」と。これはつまりそういうことで……。


「まぁ、僕としてもちょっと願ったりだけどね」


 そう、暗く言ったシルヴォの頭が下りてきて俺の首筋に触れる。そこに柔らかな唇が触れると一瞬ゾクリとした感覚が襲った。

 そのことに一番驚いているのが、俺だった。


「まっ、待ってシルヴォ! これは違う! ダメだって!」

「どうして? 僕じゃ不足かな?」

「不足とかそういうのじゃなくて! こういうことは好きな人とじゃないとダメなんだ!」


 そう、俺が思っているんだよ。


 焦る俺を見下ろすオレンジの瞳から、ポトッと何が落ちる。それは一筋流れた彼の涙で、彼の良心の全部のように思えた。


「お子様みたいなことを言うんだね、マサ殿。別にさ、たった一回の既成事実に感情なんていらないよ。流石にこんなことが広まれば王都から人がくる。そこで僕はありのままを告白するんだ。母の指示だった。全ては母の仕業で、領の運営費も着服してるって」

「そんな犯罪、今すぐ!」

「訴える相手がいないんだよ!」


 叩きつける感情の大きさに閉口する。これはずっと彼が溜め込んできた思いで、ストレスで、吐き出す場のなかった苦しさだ。


「もうね、道連れなんだ。そのために協力してよ、マサ殿。僕を助けて? 別に感情なんていらない。酷い男だって罵ってくれたほうがいっそ清々しい。醜いでしょ? 母一人止められず、言いなりになっていた木偶だもん。歪で、醜くて、なのにまだ何処かで救われたいって……愛されたいって思っている愚かな奴なんだよ」


 歪に笑う、その気持ちが血のような涙を流しているんだと思う。

 これは違う。これは間違いだって明確に思う。けれど俺はシルヴォの存在まで否定できない。今一番苦しんでいるのは彼だって思えるから……そんな彼も助けてあげたいと、思えてしまうから。


 唇が改めて俺の首筋に触れて、赤い跡を残す。初めて感じる近い他人の体温に焦ってしまう。その唇が鎖骨の辺りに触れて、手は夜着の裾から中へと入ってくる。巻頭着に楽なズボンとガウンを羽織っただけの格好なんだからこういうことも簡単なんだ。


「待って……まっ……っ!」


 力が強い。俺みたいなヒョロガリじゃ獣人のシルヴォをどかすことなんてできない。細くても無理なんだ。


 そのまま手が俺の腹を撫でて、体に触れながら上がってくる。めくれ上がっていく服と、夜の空気に晒される肌。

 熱っぽいシルヴォの表情を見て、俺は明確に犯されるんだって感じた。


「い……やだ」


 震えた声が唇から溢れた。拒絶の心が俺の中で荒れ狂った。そうしたら、どうしようもなく辛くなった。


「いや……嫌だ! やっ……やめて! 嫌だ!」


 助けて……助けてクナル……嫌だ!


 心の中で叫んで、体を暴れさせる俺をシルヴォが押さえつけようとする。それにも俺は必死に抵抗した。彼の置かれた環境には同情するし、現状だって酷いとは思う。けれどそれを理由に大人しくされるなんて無理だ。俺は……それに耐えられない。


 その時、バンッとドアを蹴破るような大きな音がした。

 俺も、シルヴォも動きが止まってそちらを見た。廊下の明かりが差し込む入口に複数の人がいる。その中にはアントニーと……。


「あ……」


 歯を食いしばり、手を握り、怒りに目を光らせるクナルがいた。

 クナルがいる。出てこられたんだと安堵して涙が出た。

 けれど次に彼が取った行動は、俺を更にパニックにした。


 床にめり込みそうな程に踏ん張った彼の初速は目が追いつかないものだった。そして気づいた時には俺の上からシルヴォは消えていて、壁際に叩きつけられていた。


「ガッ」


 短く苦しそうな声を上げたシルヴォをクナルは容赦なく鷲掴みにして更に床に叩きつける。元々の体格差とか筋肉の感じが違いすぎる二人だ、どうしたってクナルが強い。

 その怒り任せの拳が振り上げられるのを見て、俺は咄嗟にベッドから下りてクナルの腕にしがみついた。


「待ってクナル!」


 嫌だ、見たくない。そんな力でシルヴォを殴ったら大怪我をさせる。場合とかによっては死ぬかもしれない。それを黙って見ていたくない。

 けれどクナルは怒気の収まらない目を俺に向けた。


「どうして止める!」

「死んじゃうから!」

「殺してやる!」

「ダメだよ!」


 されたことを許したくはない。でも彼の気持ちとか、置かれた状況とか、そういうものも知ってしまったんだ。同情だってするだろう! そんな冷酷になんてなれないんだ。俺は……生っちょろい人間なんだよ。


「嫌だよ……クナルが誰かを殺すの見たくない……」


 無抵抗の相手を一方的に感情任せに殺すのは違うと思うんだよ。


 止める俺を見て、クナルは一層苛立った顔をする。そしてその勢いのまま俺の腕を強く掴むと、強引に引っ張って歩き出した。


「ちょっ、クナル!」


 何処に行くのか分からない不安。足がもつれそうになっても彼は止まらない。何よりあの現場をあのまま放置してきた。どうするんだよ!

 でもクナルは凄く怒っていて、俺は凄く怖くて……何故か悲しくてたまらない。

 そうして彼が連れて来たのは俺が滞在している部屋だ。乱暴にドアを開けてズカズカ入って俺をベッドに投げ捨てるようにする。

 それに逆らえる訳もなくドサリとベッドに投げ出された俺の上に、クナルはギラギラした目をしてのしかかった。


「クナ、ル?」


 何をそんなに怒っているの?


 分からない。でもこんな乱暴な扱い受けたことがない。混乱が悲しみを増長させている。なのに相手は何も言ってくれない。

 彼は苛立った目のまま俺の首筋に顔を埋めた。


「んっ!」


 ビクンと震えが走り、腰骨の辺りに響いた。ヌルリとした舌が首筋の薄い皮膚のところを舐めて吸い付く。ゾワッとして……でも悲しくて涙が出た。


「いや、クナル嫌だ」

「嫌だってわりに、いい声上げただろ」


 低く言われて恥ずかしいが、俺だって言い分がある。


「驚いたんだよ!」

「はっ、どうだか」


 言いながら彼の唇は更に滑っていく。手が服の上から体を確かめるように触れ、唇は首元……喉仏の辺りに触れる。


「あ……あっ……」


 怖い。でも、体に走る感じは甘く痺れる。背筋が震えてしまう。止めてほしいのに強く抵抗できない。


「嫌だ……どうして、こんなことするんだよ。俺、嫌われたのか?」


 背中を叩いて、服を引いて抵抗して、泣きながら訴えた。

 そんな俺を見下ろしたクナルは苦しそうな顔をしている。薄青い目が苛立ちと熱を溜め込んでいる。


「あいつの臭いがするのが気にくわない!」

「臭い……?」


 俺には分からない。でも獣人は臭いに敏感らしい。

 それがこんなにもクナルを苛立たせるの?


「ごめん……ごめん、俺……」

「っ! あんたが悪いんじゃない。俺が……そもそも俺がヘマをしたからこんな……クソ!」


 苦しそうにするクナルは理性が戻ってきた感じがした。そうしたら怖さが少し薄れて、その分申し訳ない気持ちが出てくる。腕を伸ばして頭を撫でたら驚かれて、次には思い切り脱力されて俺の胸にポスンと落ちてきた。


「勘弁しろよ、あんた。本当になんなんだよ」


 落ち着いた、のか?

 俺の胸の上に倒れ込んで頭を乗せているクナルからさっきほどの強い怒気は感じられない。けれど尻尾は未だに不満を表していて、荒っぽくバシンバシン布団を叩いている。


「クナル?」

「……あんたを、他の誰にも取られたくない」

「え?」


 それは、どういう?


 動きの止まった俺を見るクナルがスッと近づいて、俺の唇を舐めた。俺はそれに驚いて固まって、思考まで止まった。


「あんたが好きだ。他の誰にも触らせたくない。他人の臭いつけるなよ。嫉妬で狂いそうになる」

「え? え!」


 好き? 嫉妬!


 急に与えられた言葉に脳が追いつかない。パニックになってオロオロする。

 でも不思議と心の方は素直にこの言葉を受け取っている。事実、俺の心臓はドキドキした。これを素直に「嬉しい」と思っている気がする。


 クナルは寂しそうに、でも分かってたみたいに微笑んで俺の頬に触れた。


「自覚しろよ、あんた。俺はこれでも少し前から意識して触れてたんだぜ」

「いや、でも!」


 俺は、この好意に返せる自信なんてない。

 おっさんだし、見た目普通だし、これといった光る部分もない平凡な奴で、この年まで恋愛なんてしたことがない。好きなんて言われたことがない。特別な感情なんて、どう受け止めていいか分からない。


 手が頬に触れて、耳元にまで指先が触れる。耳たぶの裏側とか、くすぐったいのに癖になる。俺の体は明らかに火照っていて、目を合わせている今も恥ずかしいのに外せなくて。


「なんだよその目。クソ可愛い」

「そんな目してっ」

「俺にはそう見えるんだよ。潤んだ目で見上げて、呆けて口半開きだっての」


 そんなの自覚ない!


 クナルの指の一つ一つが触れる場所に意識がいく。真っ直ぐに見下ろして、落ちてくる唇が重なった。


「んっ……ぅ」


 柔らかく触れられるだけで頭の中が浮いて、嬉しいって気持ちが溢れてくる。やんわりと舌が唇に触れて、くすぐったくて開いたらそこから入ってきて俺の舌に触れた。それが気持ちよくておかしくなりそう。脳みそ、溶けそう。


 気づいたら離れていて、涙で霞んだ世界にクナルだけがいて、真剣に俺を見ている。

 真剣、なんだ。本気で俺のことが好きだって、言ってくれているんだ。


「俺……は」


 俺はクナルのこと、どう思っているんだろう。好きは間違いないけれど、どんな好きかを考えていなかった。

 でも今のキスも、触れられた感じも嫌いじゃない。少し怖いけれど……でも、強く望まれたらきっと拒まないくらいには平気だ。


「クナル、俺……」


 俺も、クナルのことが好きなんじゃないかな?


「……答え、焦らなくてもいいぞ」

「え?」

「今、焦って何か答え出そうとしてるだろ」


 そう、なのかな?


 でも確かに今は正常な判断が出来ている感じがしない。

 それでも確かに受け取った思いもあって、それに応えたい気持ちもあって、気づいたものもあるんだけれど。


「悩んでくれ、マサ。その上で俺を選んでくれよ。その時には覚悟もしとけな」

「覚悟?」

「番になることを前提にしとけってことだよ」


 番……結婚!


 パッと思考が明確に戻ってきて目を見開いたら、途端にクナルは目を丸くして、おかしそうに噴き出した。


「そこで正気に戻るのかよ」

「いや、だって結婚だよ! え? 俺クナルと結婚するの!」

「いや、それ俺が聞きたいわ」

「俺も聞きたいよ!」


 あれ、俺流されてた? あのまま流されてたら俺結婚してた? 今結納くらいまで進んでた?


 おかしそうに声を上げて笑うクナルが俺の頭をクシャクシャッと撫でる。その顔はちょっとだけ残念そうだ。


「正気のあんたの答えを待つからな。あと、無防備にしてまた変な奴に襲われそうになったら今度こそブチ犯す」

「それは勘弁してよ!」


 空気はすっかりいつも通りに戻って……でも、俺の中に残った思いとかはちゃんと胸の中にあって温かく脈打っている。

 俺はこれから、この思いを大事に育ててみようと思うんだ。臆病で自信のない俺だから、大丈夫って強く思えるまで。


 それまでもう少しだけ待っててよ、クナル。俺も、後悔なんてしたくないから。

これにて本年の更新は終了します。

本年中は沢山の方に読んでいただき、ありがとうございました。

来年は1月1日から更新します(笑)

それでは、よいお年をお過ごし下さい!

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