104話 君の想いに触れたのは(3)
「上手いねクナル殿。出身どこ?」
「北の辺境伯だ」
「え?」
それって……今回スティーブンが左遷された場所では?
陛下の話では何年か前まではまともな領主が治めていたけれど、その後がダメで元の領主家はそのまま離散、替わりを探していたって。
「あぁ、お家騒動になった所?」
「そうだ。そのお家騒動の渦中にいたんだよ」
「そうなの!」
思わず声を上げるとクナルは苦笑し、シルヴォは驚いた顔をした。
「知らなかったの?」
「言ってなかったな」
「知らないよ」
三者三様のコメントにクナルは更に苦笑して、外へと促す。パーティー会場から中庭に出られて、そこには庭を見渡すテーブルセットがあった。
「俺は元々は拾い子なんだ」
それぞれ席に着いたところで、クナルがこんなことを言った。
その内容のショッキングさに俺は驚いたし、辛い顔をした。でも二人は割と平気な顔をしている。
「珍しいことじゃないよ。魔物もいるからね。親が襲われて子供だけが生き残るなんてことはよくあることさ」
「俺は辺境伯領に近い国境沿いで一人倒れていたらしい。それ以前の記憶がないから親のこととか、どうしてそうなったのかは分からないけれどな」
平気な顔で話しているけれど、とても平気ではない。それって、故郷も両親も自分のことも分からないってことじゃないのか。
「平気なの?」
「ん? まぁ、深く考えてもしかたがないしな。名前だけは服に縫い付けられていた名前だから正しいだろうけれど、他は分からん」
当人がこの様子であっけらかんとしている。俺が考えすぎなのかもしれない。
「思い出した。確か最後の辺境伯は養子を取っていたって」
「その養子が俺だが、別に領地を継ぐためじゃない。保護されて暫くで魔法の才と腕っ節の強さが分かったから、将来は騎士団に入れば安定した生活ができるだろうってことで養子になったんだ」
「それなのにあの馬鹿息子」と、クナルは腕を組んで唸る。その顛末をシルヴォも知っているようで苦笑している。
「元々俺を拾った段階で辺境伯の爺様と婆様はそれなりの歳だったんだ。だからこそ自分達の死後、俺の身の置き場を案じて育ててくれた。んで、実際二人が死んだら町に出てたっていう実子がきて俺を罵倒して追い出したのさ」
「酷い!」
いくらなんでもそれは! だって、二人が亡くなるまで側にいたのはクナルなのに。
けれどクナルは平気な顔だった。
「まぁ、元々爺様と婆様が死んだ後は出るつもりでいたしな。んで、養子の証明と手荷物持って王都に行って、無事にデレクに拾われたってやつさ」
「クナル……」
思わず立ち上がって、俺はクナルの頭をよしよしした。だって酷すぎるだろこんな扱い! 年老いた両親の面倒を見てきたのもクナルなのに!
「クナルは凄いと思う!」
「……そっか」
頭を撫でていると耳がピルピルっと震えるように動いて、尻尾がピンと上を向く。それだけで嬉しそうだっていうのが伝わって、俺も嬉しく笑ってしまった。
「まぁ、結果的にその時点で離脱して正解だったよね」
「どういうこと?」
「そのバカ息子が本物の馬鹿で、領民から多額の税を取るわ、冒険者からも不当に素材を安く買い叩くわ、それを自分の懐に入れるわで最悪だったんだ。結局他からの訴えで監査が入って不正が発覚。馬鹿息子は爵位を取られて領地も追われたんだ」
「最低!」
何か自分がされていないのに腹が立ってきた。
そんな俺を見て、クナルがククッと笑って俺の頭をポンと撫でた。
「まぁ、全部過ぎたことだからいいんだよ。俺は俺で今の地位にいるんだ。これ以上なんざ望んじゃない」
強い腕が俺の頭を引き寄せて、スッと息を吸い込むのを感じる。最近クナルはそういうのが増えて、俺としては恥ずかしい。
「臭い嗅ぐなよ」
「いいだろ、落ち着くんだ」
「俺臭くないからな!」
「はいはい」
本当に失礼な奴。でもこれで落ち着いてくれることも多いから、させているけれど。
そんな俺達の様子を見て、シルヴォは何処か羨ましそうな顔をしているのだった。
その夜、俺はクナルに部屋まで送ってもらった後で就寝した。
今回は隣り合う部屋にしてもらえなかった。夫人に頼んだんだけれど、「あいにく来賓用の部屋はここしかなくて」と言われてしまったのだ。
結果、クナルはメイドさん達と同じ使用人部屋の並びとなり、距離が離れてしまった。
たったこれだけ。でも不安になる。思えばずっと側にいてくれたから。
なんだろう、ここにきてずっと落ち着かない。常に何かの不安があるみたいだ。紫釉のところや王都ではこんなの感じなかったのに。
不安からか眠れずにベッドの上でゴロゴロしていた。そんな深夜のことだった。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「!」
突如響いた女性の悲鳴に俺は飛び起きて思わず廊下に出た。肩にはキュイが乗っている。
声は確かに使用人部屋の方からで、俺の中から不安がまったく消えない。だからこそ走り出して真っ先にクナルの部屋へと向かったら、正にそこに衛兵が飛び込んでいった。
「くっ、離せ!」
「クナル!」
見れば複数の衛兵がクナルを取り押さえ床に引き倒している。
そのクナルを見ているメイド服の女性は乱れた格好をしていて、側には夫人が侮蔑の目でクナルを見ていた。
「何があったんですか! どうしてクナルが」
「その人が私に乱暴したんです!」
「え?」
クナルが女性に乱暴?
「そんなこと、彼はしません!」
「したんです!」
「してねぇよ! そもそも鍵を掛けた部屋に勝手に侵入して、いきなり悲鳴上げて自分の服を引き裂いただろうが!」
「黙りなさい、見苦しい。これだから身分の卑しい者は嫌いなんです」
「っ!」
そう、明らかに見下した感じで言われた瞬間、俺の中でドロッとした感情が生まれた。
どうして一方的にそんなふうに言うんだ。クナルはそんな乱暴なことをする人じゃない。
「牢へ連れて行きなさい!」
「くっ! マサ!」
「クナル!」
引き立てられるクナルに近寄ろうとする俺を衛兵が拒む。その間に彼は連れて行かれて……俺は呆然とその場に立ち尽くした。
「聖人様、あんな男を側に置いてはいけませんわ。もっと信頼出来る、ちゃんとした身分の者を置かなくては」
なんだ……なんだ、この感情。凄くドロドロする。自分から生まれているのに気持ち悪くなりそう。
目の前の人が凄く憎く思える。だって、そんなはずがないんだ。俺を庇って自分を捨てた人だ。俺を常に気遣ってくれる人だ。気遣って……でも俺がやれると思う時には頷いて背中を押してくれて、手が足りない時には惜しみなく手を貸してくれる。
伸ばされた手を、俺は初めて乱暴に払った。
「何を根拠に、クナルの言い分を突っぱねたんですか?」
「現にこうして乱暴の痕跡が」
「クナルが先程言ったことでも、同じようになりますよね?」
「私は嘘なんて!」
「彼のことを何も知らないで疑う人を俺が信用することはできません! 何より今回のリヴァイアサン討伐は彼がいないと困ります! それは貴方だって困るじゃないですか!」
睨み付けた夫人は……まるで物を見るような目で俺を見ていた。
「別に、あのような男がいなくとも大丈夫ですわよ」
「何を根拠に……」
「だって、聖人様がいてくださいますもの」
「!」
「それに、現状困っていませんわ」
言っている意味が分からない。困っているから俺達は呼ばれたんだ。実際紫釉は困っていた。彼等だって商人が不安がって今度のことがあるからって……。
嘘、なのか? それともこの人は最初から俺をここに呼ぶのが目的だったのか?
困惑する俺の肩を誰かが叩く。驚いて見た先に、シルヴォがいた。
「ここに居ても無駄だよ」
「シルヴォ」
「行こう」
言われて、躊躇って……肩を落として俺は従った。




