103話 君の想いに触れたのは(2)
場は険悪な空気が漂う。主にクナルの機嫌が悪く、俺は困惑。キュイも落ち着かない様子だ。
そんな中シルヴォだけは溜息をつき、対面のソファーに腰を下ろした。
「悪いね、あんな母で。僕も困っているんだけれど、逆らうと色々とあってさ」
そう愚痴をこぼすような様子で苦笑した彼は更に溜息をつく。
この様子でクナルも多少態度を軟化させ、場の空気は少しだけ軽くなった。
「色々と失礼だな」
「分かってるよ、クナル殿。だが何を言っても聞きはしない。まるで女王様さ。この町だって僕が父上から預かっているのに、まるで自分のもののように振る舞う。おかげで領地運営の資金が大変だ」
「そんなにか」
眉をひそめるクナルに、シルヴォは頷く。顔を隠すような髪をクシャリと乱暴にかき上げた彼の様子は、やはり何処か諦めている。
「陛下や、アントニー様へ相談はしたのか?」
「その前に潰されているよ。信じられないだろ? 領主代行の印を押した封書を母が検閲するんだ。何のための領主印か分かりゃしない」
「酷いな」
「お前を生んだのはこの母なのですから、全ては母に任せておけばいいのです。だって。もうそんな年齢じゃないってのに」
これは……いわゆる毒親というやつでは?
子供の行動を制限したり、子供の持つ権利を侵害している感じがある。手が悪いのが「全ては貴方のためなのよ」という言い方だ。
「まぁ、だからこそ今回はいい機会だと思ってるんだけれどね」
「え?」
「王都での仕事が忙しくて生活の拠点をそっちに移してから、父はあまりこちらに戻ってこなくなった。それもあって母は好き勝手しているのもあるんだ。今回父がこちらに戻ってきた時に、現状に気づいてもらえたらと思っていてね」
「知らせるではないのか?」
「僕から動くと母に邪魔されかねない。あの人は自分の思うとおりにしたい人なのさ。だからこそ、マサ殿もクナル殿も気をつけた方がいい。色々とね」
暗く淀んだシルヴォの視線に、俺とクナルは顔を見合わせるのだった。
その夜、急ごしらえというには華々しいパーティーが開かれた。
屋敷のパーティー会場には着飾った紳士淑女でいっぱいで、俺はどうしたって引け目があって出て行くのが億劫になる。
だって、どんな顔するんだよ。「こちらが聖人様です!」って紹介されて俺みたいな普通のが出ていって。明らかに皆困惑するだろ。その空気が苦手なんだよ!
「大丈夫か、マサ。顔真っ青だぞ」
「緊張で吐きそう」
「あぁ、分かる。僕もそうなる」
少し後ろで着飾ったクナル。俺の隣にはシルヴォが同じく正装でいる。俺は以前の食事会で着た服を着ているけれど、相変わらず着慣れない。
そんな中、真っ先に会場入りした夫人が皆の前に出て声を上げた。
「皆様、今宵はお集まり頂きありがとうございます。本日は特別なお客様を招きましたの。今後一層、この領地を繁栄に導いて下さることでしょう」
え? それってどういう意味だ? 俺はリヴァイアサン討伐しか聞いていない。今後のことなんて言われたって困るんだけど。
クナルは険しい顔をし、シルヴォは重く溜息をつく。賑わうのは夫人と、招かれた客人だけだ。
「後で俺から報告する」
クナルの難しい顔の意味を、俺はこの時察せられなかった。
華々しいというよりは仰々しい紹介で送り出された俺は……やっぱり皆の前に出て困惑によるヒソヒソ声にダメージを食らった。だから嫌なんだよな。
でも覚悟はしていたので愛想笑いを浮かべてどうにかやり過ごす。
後は適当に受け流してしまいたいのが本音。予定ではパーティーは二時間。その間だけ耐えればいいんだ。
一応の挨拶がされ、俺もそれに当たり障りなく返している。こういう会話はわりと出来る方だ。なにせこれで客商売だったんだから。
見た目の頼りなさに反してちゃんと会話をして挨拶をすることで相手方はほっとしたみたいだ。最後にはちゃんと握手を交わし去っていく。
その中で不意に音楽がかかった。
「うっ……」
途端に胃が痛くなる。それというのもダンスの時間がきてしまったのだ。
社交の場では賓客は最初、その場で一番力のある人と踊ることになるそうだ。だが相手が既婚者、もしくは婚約者がいる場合には場を譲る。
今日の場合、俺は出ていって領主代行のシルヴォと踊るのが通例だ。
クナルを見ると「行ってこい」と視線で促される。そして俺の前にシルヴォが手を差し伸べた。
「サッと踊ってサッと逃げよう。そうしたら終わりさ」
「俺、この世界来るまで踊ったことなんてなくて凄く下手で足踏むかも」
「なら似合いじゃない? 僕も苦手さ。二人でさっさと恥をかきすててしまおうよ」
そう言って笑ってくれる。
なんだろう、彼といると少し楽になる。頑張らなくていい、ありのままでと言ってくれるからかな。
それとも、卑屈な自分と同じものを感じるからかな。
手を取って、二人で出ていく。それに客達は拍手をして、夫人も満足そうな顔をしている。
組んで……やがてゆったりとした音楽が流れた。
ふわっと体が動く。覚えたステップを忘れないように気を張って、進む方向はシルヴォに任せて。多少不格好ではあるけれど、まだ足は踏んでいない。
「なんだ、案外大丈夫じゃないか」
「待って、今話しかけないで。ステップ忘れる」
「ははっ、体ガチガチ。いいんだよ、足踏んでも。こんな晒し者みたいなパーティー、さっさと終わればいいんだ」
そう低く言った彼の目は暗く光る。そういう目を見ているとやっぱり、俺は言わずにいられない。
「嫌いなの?」
「……嫌いだよ」
そう、吐き捨てるみたいに彼は言った。
初ダンスはひとまず足を踏まずに終えられた。おぼつかなくて表情も硬かったのはどうしようもない。
そうして戻ってきたところで、クナルが俺を迎えてくれた。
「まぁまぁ良かったんじゃないか。あんたにしては上出来だ」
「だよね!」
「いや、クナル殿厳しいね。もう少し甘くしてあげたら?」
なんてシルヴォから言われたけれど、クナルの方は相変わらず厳しいままだ。
不意に、グッと手を掴まれて引き寄せられる。それに驚いて彼の胸にトンとぶつかったけれどそんなことで揺らぐ体躯ではない。それよりも、何故突然そうなったのかが俺としては疑問だ。
「……」
「クナル? どうかした?」
「……次、俺と踊るぞ」
「えぇ!」
何となく不機嫌なのは空気で察したけれど、踊るってどういうこと! もう嫌だよ!
見上げると……クナルはしょげた顔をしていた。目尻が下がって、甘えたい弱い顔をしていたんだ。
そんな顔をされたら嫌って言えない。
「ダメか?」
「……いいよ」
結局俺はクナルに弱いんだと思う。
そんな俺達のやりとりを見て、シルヴォは何か察したのだろう。ニヤリと笑った。
「なーんだ、そういうこと」
「……なんだ」
「別に。ただそうなると……いや、いいか」
シルヴォが一瞬誰かを探して……不意にきつい視線を感じてそちらを見る。するとそこには夫人がいて、何だかとても怖い顔をしていた。
音楽が終わって、次に移り変わる前にクナルが俺を連れて踊る人々の輪に加わった。そして練習の時と同じように手を組む。腰にも腕が回って、しっかりと支えられた。
「気を楽にしていろ。ステップなんて間違ったっていい。ただ、俺の動きに合わせればいいから」
「え?」
それはどういう?
そう問う前に音楽が始まった。
スッと足を出すタイミングでクナルも動いてくれる。握られた手が、腰に回った腕が、体の全部が俺をリードしてくれる。練習の時とは比べものにならないくらいの動きやすさと安心感だ。
「すごい、動ける」
「楽しめよ」
そう言って微笑んだ人を見て、ドキリとした。
普段とは装いが違うから、今は王子様みたいに見えてしまう。周囲の明かりもキラキラして見えるから余計にかもしれない。
そもそもの顔立ちがクナルは凄くいいんだ。目鼻立ちは整っているし、切れ長の目元が下がると甘い感じが出るし。
思わず視線を逸らす。その瞬間ステップをミスって踏みそうになった。「またか!」と思った瞬間、俺の体はふわりと浮いた。
「わ!」
「わぁ!」
「素敵」
クナルは俺を軽く持ち上げふわりと回る。持ち上げすぎない程度だからダンスのアクセントみたいな感じでストンと下ろされて、また何でもなく再開して。
「ごめん」
「言ったろ、気にするな」
無理、だよ。だって今のなに? かっこよすぎるでしょ。
ドキドキドキドキ……うるさい心臓が静まらないまま音楽が止まって、俺達は沢山の拍手を貰った。
戻ってみるとシルヴォまで「お~」と気のない拍手を送ってくれていた。




