102話 君の想いに触れたのは(1)
無事に目が見えるようになって二日程は紫釉の所でお世話になった俺達は改めて海洋領ルアポートへ向けて出発した。
「マサ殿、お気を付けて。奴を討伐する際には再びお会いしましょう」
「はい、紫釉さん。でも無理はしないでください」
「ふふっ、お優しい方。ですがもう大丈夫です。貴方が託して下さったこの力を存分にお見せいたしましょう」
くすくすっと相変わらず綺麗に笑う紫釉だけれど、発言は少し好戦的だ。元々らしいけれど。
クナルは燈実と何やら意見交換をしている様子。真剣な顔をしている彼はやはり格好いいなと思ってしまう。
「おや、見とれておりますか?」
「え!」
「ふふっ、クナル殿はかっこいいですからね」
「そういうわけじゃ」
ない。と、はっきり言えればいいんだけれど……最近少し怪しくなってきた。
俺はクナルに甘えている気がする。側にいてほしくて、いてくれるとほっとする。どんな時でも彼がいてくれるなら大丈夫だとすら思っている。
よくないよな、こういうの。
「マサ殿、気持ちは素直に伝える方が良いと、今回我は思ったのですよ」
「え?」
不意に真面目な声がして、振り向いた先の彼は真っ直ぐに燈実を見ている。少し熱のある目で。
「いつ死ぬか、それは分からない。ただ死にゆく時に後悔を残せば大人しくあの世になど行けない。それを実感いたしました。我はね、燈実を昔から好いております。最も身近にいるあの男を心より思っておりますが、何かとあって言わずにいたのです。それが、とても心残りでした」
「紫釉さん」
「ですが、もう後悔などしたくはない。これからは全力で、あの男を落としてみようと思います」
そんなことを可愛い悪戯を囁くみたいな顔で言われて、俺は笑った。
「応援しています!」
彼の望みはきっと叶う。俺はそう思う。だって紫釉が死にかけていた時の燈実を見ているから。
色んな人が本気で誰かを想い合っている。そういうのはどこか羨ましいような、眩しいような感じがしている。そのキラキラを遠くに見て、俺は心から応援するのだった。
霊亀と紫釉達が送ってくれたのはルアポートから目と鼻の先にある海岸まで。流石にこの霊獣が港の中に入れば大騒ぎになるからとの配慮だった。
街道に出てうんと体を伸ばす。潮の香りのする風を感じて、残暑もあって夏を今更全身で受け止めている感があった。
「なんか、潮風が気持ちいいね」
「今の今まで海の中だっただろ」
「そうだけど」
何を今更と言われるけれど、海の中と海風とはまた違うんだ。
って、クナルには通じないかもな。
人も多い道を進んで大きな門を潜る。身分証明だけで中へと入ると、そこは活気溢れる大通りだった。
「うわぁ」
思わず感嘆の声が漏れる。
王都も大通りは賑やかだけれど活気が違う。威勢の良い声に並ぶ品々も多く、それらを目的にした人も出回っている。
家は白壁に赤い屋根が多くて、それだけで元気が貰える感じがした。
「流石海洋領ルアポート。商業の町だな」
「凄いね。あっ、昆布安い! 海藻類も安いな」
この世界では海藻類はあまり好まないようだけれど、港町では安価で手に入るためサラダなどにされているという。俺は中華ドレッシングで食べるのが好きだ。
「バルが昆布にはまってたな」
「万能の出汁だからね。俺の得意料理では欠かせないアイテムだよ」
とりあえずマジックバッグの容量もまだ十分なので買っておいた。
そうして賑やかな通りをあれこれ見ながら進んだ先にある立派な屋敷を目指す。ここが本来の目的地だ。
ルアポートの領主屋敷。リバイアサン討伐のため、ここの領主アントニーとここで落ち合う予定だ。
領主館へと向かい、そこに立つ衛兵にクナルが話を通すとすんなりと中へと招かれた。青いふかふかのカーペットが敷かれた廊下には調度品なんかも飾られている。それらを見ながら招かれた来客用の部屋もまた、煌びやかな装飾が施されている。
「なんか、疲れるかも」
『キュイィ……』
とにかく目が疲れる。ガラスのケースに入れられた明らかに高そうなティーセットだとか、白磁に金の装飾がされた大きな壺とか、絵画とか。
「住む人間の趣味が出るからな」
「えぇ、この趣味なの?」
城の方がまだ落ち着いているってどういうことなんだろう。
まぁ、殿下を始め華美を好む王家ではなさそうだから、確かに主の趣味が出るんだろうけれど。
とりあえず座って待っていると十分程して、二人の人物が俺達の前に現れた。
一人はもの凄く派手な女性だった。年齢は四十代後半だろうか? とにかく服装が派手で化粧が濃くて驚いてしまう。羽根の感じは体に対して大きめで、やっぱり梟なのかな? という感じはしているのに。
それに引き換えもう一人はとても大人しい印象のある青年だった。
鳶色の髪にオレンジの目で、髪は長くやや顔を隠す感じがある。痩せていてちょっと顔色が悪くも思えるけれど……寝不足そうな隈があるからかもしれない。
顔立ち自体はわりと良くて、先に会っているファルネとも似ている気がする。
「ようこそ聖人様! この度は当領の問題に手をお貸し頂けるとのこと、大変嬉しく思いますわ!」
大仰な身振りと芝居がかった声でそんなことを言った女性が俺の手を取る。それに驚く俺と、途端に殺気立つクナル。クナルと女性を見ながら、俺は愛想笑いだ。
「あの、そんな大げさな」
「そんなことはありませんわ! ほとほと困り果てておりましたの。だって、ここは海を渡って運ばれる物資が多い所でしょ? その海の安全を脅かす存在なんて、とても怖くて」
「はぁ……」
やっぱり全部が芝居みたいに見える。そういえばアントニーも大げさな感じだった。え? ここではこれが普通なの? 四六時中演劇見てる気分で楽しめってこと? 無理! 疲れる!
「夫人、アントニー様はいらっしゃいますか?」
クナルも溜息をついて女性に問いかける。そうか、夫人だよな。なんて、今更思った。
声を掛けられた夫人はクナルに一瞬剣呑とした目を向けたが、パッと切り替えて困った顔をしてみせる。それに、俺は何だか引っかかる感じがした。
「それが、主人も忙しいらしくて数日遅れるそうですの」
「え?」
「申し訳ありませんわ。その間は私と息子がお相手致しますので」
そう言って夫人が前に押し出した青年が笑って挨拶をする。
けれど俺の目には何処か疲れ果て、諦めきった様子に見えた。
「聖人様、初めまして。領主代行を行っておりますアントニーの次子、シルヴォと申します。滞在中、皆様方のお世話等をさせて頂きます」
「マサです。護衛騎士のクナルと、霊獣のキュイです」
俺も二人を紹介するとクナルは会釈をし、キュイは知らんぷり。
けれどそんな素っ気ない態度にも、シルヴォは気にした様子はなかった。
「本日はささやかですが、聖人様の歓迎の宴を行いたく思いますの」
「う……」
歓迎の宴ってことは、パーティーだよな……。
紫釉のところでは回避できたけれど、今度こそ無理だろう。いい加減腹を括って恥をかくべきなのだろうか。
そんなことを思っていると、意外なところでクナルが手を上げた。
「すまないが、前のところから移ってきたばかりでマサは疲れている。今日のところは休ませたいのだが」
有り難い助け船にこちらは目を輝かせるが、夫人は酷く苛立った目をクナルに向ける。それがやはり嫌な感じがして、俺は戸惑うばかりだ。
「それは護衛騎士殿の意見ですわよね? 聖人様はどうかしら」
「え? あの」
「この領に聖人様がいらっしゃると聞いて、貴族の方々は皆楽しみにしていましたの。お会い出来ないとなると皆悲しみますわ」
「あの……」
いや、これどうなの!
実際は疲れてはいない。それは紫釉のところで十分な休息が取れたことと気を楽にして過ごせたから。パーティーに出たくないのは俺があまり社交が得意じゃないからで。
でもこの言いよう、絶対に譲ってくれないよな。
「あの、分かりました。少しの時間であれば」
「まぁ、本当に! 嬉しいですわ!」
ギュッと手を握る夫人の圧が凄い。目をキラキラさせて、なんなら服から胸元見えそうでちょっと困る。これ、どうしたらいいんだろう!
「母上、急ぎ準備などをしなければいけないのでは?」
困惑する俺を見てか、シルヴォが一言告げる。すると夫人もパッと手を離した。
「そうですわね! それでは私はこれで。後のことはシルヴォが行いますので」
そう言って、一人出ていった。




