101話 海王国からのSOS(19)
光はやがて手に。そこはもの凄く沢山の傷が出来ていて、経路がズタズタになっている感じがした。
『あら、コレが原因ね』
(え?)
女神が何か見つけて、手を拡大するように言う。従ってみるとなんだか小さな穴が手の平に開いているのが見えた。
『この穴から魔力を外に出しているんだけど……この子、持っている魔力の量に対して穴も少なければ大きさも小さいわ。これが損傷の原因ね』
(えぇ……と?)
ごめん、俺に分かるように説明して。
『パンパンに水を詰めた袋に沢山穴が開いていれば、口を結んで圧力をかけても水はジャンジャン出てって袋の負担は少ないじゃない?』
(うん)
『でもその穴が1つで、同じように圧力かけたら袋はどうなると思う?』
強度にもよると思うけれど……ビニール袋なら破裂……っ!
気づいた俺に、女神はニッと笑ったと思う。
『そういうこと。よく耐えたわ、この子。凄く意志が強くて我慢強かったのね。苦労してるわ』
(直せない?)
『穴を広げてあげましょうか。あと、数も増やしましょう』
そう言いながら、女神は俺にキリで手の平に穴を開ける感じで! なんて恐ろしいイメージを伝えてくる。俺はヒーヒー言いながら「これは治療。これは治療」と念仏を呟いて言われるままにした。
そうして全てが終わって見渡すと、もう体の何処にも青い光が漏れ出ているところはなくなった。綺麗な経路の中を流れているのを確かめて、ふっと息を吐く。
すると途端に視界はいつもの感じに戻った。
「マサ!」
「あ……」
声がかかって、そっちを見た。心配したクナルが俺を覗き込んでくるから、俺は笑って頷いた。
「治療、できたよ」
「! 本当か!」
声を上げた燈実が俺へと近付いて手を握る。その手はとても震えていて、俺はほっと笑えた。
けれど直後、俺の目は激しく痛み視界が真っ赤に染まる。何か熱いものが頬を落ちてくのも感じる。
「っ!」
「マサ!」
声がして、何かが目に当てられる。それが真っ赤になっていた。
「あ……あの、ね。数日目が見えないけれど、見えるようになるから安心して」
その間にもどんどん目が痛くなる。ズキズキとズーンが同時で、それが頭にも響いてくる。しくじった、目と頭って距離近い。これ、頭も痛くなる。
「いっ」
視界が徐々に暗くなってくる。痛くて黙って座っていられなくて倒れてしまった。そんな俺をクナルが抱き起こして、目に布が当てられて……。
俺はそのまま、気を失った。
◇◆◇
目が覚めた……と思う。それでも、俺の世界は真っ暗なままだ。
ズキリと目が痛んで、次には頭もガンガン痛む。少し吐き気がするくらい。
あ……俺、目が見えないんだ。
ぼんやり思って、急に怖くなる。あんまりにも暗くて、感覚も掴めなくて。気配を探すなんて難しすぎる。
まるで、世界に俺だけになったみたいだ。
「マサ?」
声がして、俺はそっちに手を伸ばした。でも見つけられない。手が何処かを彷徨っている。
「クナル? 居るの?」
縋るみたいに手を伸ばす。探している。
そんな俺の手に、大きな手が触れてギュッと握ってくれた。
「あ……」
温かい。安心する。俺、一人じゃなかった。
「ここにいる。痛むか? 目は?」
「痛い……目も、見えない」
覚悟はしていた。納得もした。その上で選んだことを後悔しない。俺はあの時出来るだけのことをした。
それでも弱っちいから今が怖い。数日で見えるようになるって女神にも言われたけれど、この暗闇の今は怖くて心細い。
泣きそうな俺の頭を大きな手が撫でる感触。次には額に、柔らかいものが触れた。
「ちゃんと居るから」
触れて、声を聞かせてくれて、今の俺の世界はそれで全部。でもその全てがとても強く感じた。
しばらくして人が来て、俺の目覚めを喜んでくれた。
今は侍医という人が俺の目の包帯を取って診てくれている。他人の手で瞼が開けられている感覚はあるけれど、それっきり。「眩しいですか?」と聞かれても何も分からない。
「完全に失明しております。本当に数日で見えるようになるのですか?」
「そのはずです」
困惑する医者の言葉に俺の不安は募る。包帯が巻かれ、回復と痛み止めのポーションが出された。
夕食は粥で、クナルが食べさせてくれた。素朴な中にほんのりと出汁の味がするものだった。
薬を飲んで寝かされて、それでも俺は不安でたまらない。
治ると言われて信じたけれど、もしも治らなかったら? 俺はずっと、この真っ暗な世界で生きるのかな?
「クナル」
「どうした?」
「俺……このまま目が見えなかったら、どうしよう」
不安が口をついてしまう。どうしようもなくて、側にいる彼に言ってしまった。吐き出さないと潰れそうでたまらなかったんだ。
「目が見えなかったらもう、料理もできない。家政夫も無理だ。どうしよう、俺……」
声が震える。涙は今出ないけれど、ずっと泣いてる気がする。鼻の奥がツンとする。
そんな俺の声を聞いて、不意に熱を感じた。寝ている俺に半分覆い被さっているような……抱きしめられてるような。
「その時は俺がずっと面倒を見るから、安心しろ」
「え……?」
ずっと……。
「それは、いつまで?」
「ずっとだろ」
言われて、苦しくなって俺は声が漏れた。そんなのダメだって思うのに、この優しさが嬉しくて安心した。
俺はずっと、側にいていいんだ。
「安心しろ、マサ。見捨てたりしないから」
「クナルぅ」
抱きしめてくれる、その背中に縋って。泣きつかれて眠るまで、彼はずっとそうしてくれていた。
翌日、俺の目は薄ぼんやりと影を感じるようになった。
更に翌日には光が分かるようになって、人の影が分かるようになった。
失明から三日目の朝、俺の目は元通り見えるようになっていて、そこには涙を浮かべた紫釉もいて、俺達はそれぞれの無事を抱き合って泣きながら喜んだ。
「本当に、ありがとうございますマサ殿。この国を守って頂いたばかりか、我まで救っていただいて」
「俺は当たり前のことをしたと思っています」
彼は今朝方目が覚めたらしい。燈実に全てを聞いて、慌ててきてくれたのだとか。
お茶を飲んで少し落ち着いた俺に、紫釉はやんわりと微笑んだ。
「一国を救った英雄であるというのに、謙虚過ぎますね」
「そんな!」
「これは伺っていた通り、こちらが勝手に報償なりを押しつける方が良いのでしょうか?」
「えぇ!」
報償って何! そんなのいらないよ!
慌てる俺にくすくす笑いながら、紫釉は俺の腕を掴んで僅かに引き寄せ、額にチョンとキスをした。
「うえぇぇ!」
「ふふっ、可愛らしい方。加護を与えただけですよ」
「……加護?」
分からず額に手を当ててガード状態の俺をからかうみたいに笑う紫釉が頷く。ちょっと腰の浮いたクナルも一旦座り直した。
「海王国ウォルテラにおいて、我の命がある限り其方を友として迎え、歓迎する。何人も理由無く其方を傷つけることを禁ず。そういう意志の元で魔力を流しました。海に住まう者であれば分かるでしょう」
「逆を返せば、それを知った上でお前を害する者があれば、紫釉様と敵対するということだ」
「おかげさまで体の調子は以前よりも良いくらいです。これならば、誰に遅れを取ることもありませんよ」
微笑む人は案外好戦的で、俺はちょっと引くのだが。
「マサ殿、本当にありがとうございます。このご恩は一生涯、忘れることはございません」
「そんな。紫釉さんが元気になって、俺も嬉しいです」
「何かあれば遠慮無く我を頼ってください。力になりましょう」
差し伸べられた手を握り返して、俺も紫釉も心から笑う。真珠色の光が差し込む国で、俺はかけがえのない友人が増えた。
次は海洋都市ルアポートへ。今度こそ、決着を付けに。
これにて「海王国からのSOS」は終了です!
初めての外国訪問が海の中という特殊環境でしたが、どうにか乗り越えたようです。
でもまだリヴァイアサン問題は解決しておりません。
次話へ続く。です!
100話を超えましたが、今後もよろしくお願いします。




