100話 海王国からのSOS(18)
「どうしよう、紫釉さん、死んじゃう。死んじゃうよ」
「何があった」
「ずっと、痛いって……俺を呼んだのは、延命のためって、言って。でも今、無理したから。鑑定眼も危険って言うけれど、原因が分からなくて」
「紫釉様が、そんな……」
燈実は信じられない様子でフラフラと近付いてきて、紫釉の側に膝をつく。静かに……このまま居なくなってしまいそうな人を見て、彼は涙を流した。
「……魔力があればどうにかできるか?」
「わから、ない。原因がわからないんだ。怪我もしてないし、病気かも分からないって。でも、痛みを取ってあげられればとりあえずは時間ができるかも」
「よし」
それを確かめて、クナルは俺の体を強く抱きしめる。顔が彼の胸元に埋まった所で、触れている部分がジワッと温かくなってきた。
「ん……」
気持ちいいと思う。でもそれは心地良いという感じよりも強くて……。
「ふぅ」
背筋がゾクゾクする。寒いとかじゃなく、腰骨の辺りから痺れてそれが背中を通って頭の中に抜けてくる。
この感じ、知ってる。俺も大人だから当然衝動はあって、そんな時は恥ずかしながら自分で処理をするわけで。その感覚に近い。でも、もっと強い。
「ふっ、んっ、んぅぅ」
「少し我慢してくれ。魔力を分けてるんだ」
クナルも苦しそうな声でそう言ってくる。
俺は……恥ずかしいしなんか嫌だ。目の前の人を助けなきゃいけないのに体が熱くなって変な気分になるのは……こんな、浅ましい体だったのかって嫌悪したくなる。
「やだぁ、クナル、これ……」
「魔力を分けてる間だけだ。お前が悪いんじゃない。だから安心してくれ」
それでも俺はずっとヤダを繰り返している。
手が離れ、解放されたときには顔がぐしゃぐしゃになっていた。頭の中は痺れたまま。
けれど目の前の紫釉へと手を伸ばした。
魔力を送っても苦しくない。供給されたのを感じる。
根気強く痛みを取り除くことを考えて紫釉に触れているうちに、鑑定眼のアラートが黄色にダウンした。
「ふぅ……」
「マサ」
「とりあえず、落ち着いたみたい」
俺の言葉にクナルも燈実もほっと息を吐く。俺も気持ちは同じだ。
「でも、原因が分からないから根本的な解決は出来てない。鑑定眼も仕事しないんだ」
それはどうしてなのか俺にも分からない。
これにクナルは考え込んで、とりあえず今の症状を教えるよう言われた。
「魔力を使うと痛いって言ってた。手の先からズタズタに裂かれるみたいだって。その後は痺れて力が入らなくなるみたい。俺が触った時も痙攣してた」
「魔力を使う時だけか…………魔力路に問題があるのかもしれないな」
「魔力路?」
知らない言葉に首を傾げると、クナルは静かに頷いた。
「魔力路の損傷だ。最近になって魔力の高い種族の病気として伝わってきたらしい。俺達の体には血を運ぶ血管と同じように、魔力を運ぶ魔力路と呼ばれるものが備わっているんだ。そこが何かの原因で損傷すると、もの凄く痛くて立っていられなくなるそうだ」
「リデルが言ってた」と付け加えられると信憑性がある。医者の彼ならそうした研究書を読んでいても不思議じゃない。
「それは治るものなのか」
「治療法は無いって言ってたな。軽微であれば魔力を使わず安静にしていれば治った事例もあるそうだが、こんな状態になるほどの損傷だと難しいかもしれない」
「何か手はないのか!」
「んなこと俺に言われても分かるかよ。知り合いの医者が言ってたのを覚えてただけなんだ。そもそも魔力路は可視できねぇ。あるけれど見えないもんなんだ。それをどうやって治療すんだよ」
「それは! では、紫釉様はこのまま苦しんで死ぬより他にないというのか!」
震えながら紫釉に触れ、零れる涙を拭うことも忘れた燈実はうつむいてしまう。
俺だって、なんとかしたい。だから考えた。鑑定眼が仕事をしなかったのは、俺の知識に魔力に関するものがないからじゃないかって。
思えば鑑定眼はこの世界のものを俺に分かりやすく現代の言葉にして解説してくれていた。食材もそうだし、呪いなんてのも現代には知識としてはあった。俺でもピンとはくる。
でもこの魔力路というのは分からなかった。俺が理解できていない異世界産の知識は上手く説明できないから「状態」のみを伝えてきていたかもしれない。
でも今、俺は知識を得た。この状態なら分かるかもしれない。
目に集中する。すると何だか目が痛い。外側からグリグリ目玉を押されている感じだ。
でも、俺は見るんだ。見えたら治療だって出来るかもしれないんだ。だから。
目を大きく開けて、紫釉を見る。魔力路というものをこの目に映すように強く意識して。ぼんやりと何かが浮かぶ。でも全然鮮明じゃない。力を入れたら目の奥がズキズキ痛む。でも少し見えるようになった。
もう少し……まだ足りない。これじゃ見えてない!
目の奥が痛くて熱くなった直後、俺の目に紫釉の体が透けて見えた。そしてそこを流れる青い光の流れを見ることが出来た。
心臓のところが特に強く光っている。そこから太い管が体中に巡っていて、指先とかは細くなっている。けれどその経路の途中があちこち切れていて、そこから光がジワジワ漏れているのが分かる。今は体の三分の一くらいがそんな感じで、どんどん広がっていく。
これが原因だ。これをどうにかすれば直せる。でも傷があまりに多くて全部を塞ぐなんて出来ない。これを医療ドラマみたいに縫い合わせるなんて俺には……。
『あら、できるわよ』
「!」
不意に頭に響いた声に俺は驚いた。それは直接頭の中に入ってくる。軽やかで明るい女性の声。
『あっ、コレは智雅にしか聞こえてないから気をつけて。思えば伝わるから大丈夫』
(女神様!)
ピースでもしていそうな声だ。でも今の俺にとって何よりの希望だ。
(お願いします、彼を救いたいんです。どうしたらいいですか?)
『方法は教えるけれど、対価は払うわよ』
(対価?)
『無理やり鑑定眼の精度を上げたわね。見えていないと治療はできない。でも治療が終わるまでそれを使い続けたら貴方、数日間は目が見えなくなるわ。あと、めっちゃ痛い』
(え……)
目が、見えなくなる? それって、失明ってこと?
不安が広がる。でも……命まで奪われるわけじゃない。
『大丈夫、数日よ。正確には完全に失明するけれど、数日で再生されるの。私の加護ね』
(それならやります。お願いします)
たった数日耐えればいい。紫釉はずっと耐えてきたんだ。
俺の覚悟に、女神は嬉しそうに笑った。
『細かな傷まで手で直すなんて無理。だから治療用に魔力を練って核に流し込めばいいのよ。そうしたら核が勝手に全身に行き渡らせる』
胸の、心臓のところで輝くそれだと教えてもらって、俺はそこに手を置いた。
『準備はできたわね。イメージとしては管の内側に膜を作ってあげる感じよ。破けたところを内側から補強するの』
(分かった。コツはありますか?)
『ゆっくり一定に流すこと。突然大きな力をかけたら死んじゃうわよ』
死んじゃう。その言葉にビビりながら、俺は大きく深呼吸をした。
イメージは内側から破けたところに当て布をする感じ。この道以外に漏れないように。
ゆっくりと魔力を注いでいく。紫釉の青い魔力の中に俺の金色の魔力が溶け出していく。それは核から全身に送られて、まずは太い管のところで光った。
『見てみなさい』
言われ、更に解像度を上げる。ズームしてみた先で金の魔力が破けたところを塞いで、次には外側に盛り上がっていく。かさぶたみたいだ。
『馴染むと元通りになるから大丈夫。この調子でゆっくり、末端まで届くように流して』
(分かった)
丁寧に、言われた通りに。その間にも目がズキズキ痛む。目の中の血管切れてるんじゃないかと思う。奥の方も痛くて目を開けていられなくなりそう。でもこの目を閉じたら、気を抜いたら見えなくなってしまう。




