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第7話 観測される箱庭

今夜の挑戦は、霞城ルーメン博士の“究極の縮小空間セキュリティ”。

宝は見た瞬間に逃げ、観測者を惑わす仕掛けだ。


「行くわよ、L」

工房でミラがイヤーピース越しに声をかける。


「ええ、でも……戻ってきたら、紅茶は必ず淹れてくださいね」

「……無茶ばっかりして……」

くすっと笑う声に、Lも自然と微笑む。


宝はトロフィー、だが観測されない世界の穴を探す――それこそが彼の楽しみ。

今夜もまた、完璧に見えるシステムを攻略するゲームが始まった。



【1】縮小――侵入開始


ミラの工房。

静寂を裂くように、縮小装置のコアが低く唸っていた。


装置中央に立つ怪盗Lは、ゆっくり息を吐く。

身体がわずかに震えている。

緊張ではなく――縮小前特有の“空間抵抗”だ。


「行きます、ミラ」


「……ほんとに戻ってくるのよね?」


「戻りますとも。戻らなかったら、あなたが怒るでしょう?」


ミラは目をそらしたまま言う。


「当たり前でしょ。苦労して作った装置を一瞬で失うなんて……許さないんだから」


「装置より、僕のほうが大事にされる可能性は?」


「戻ったら考えてあげる」


光が弾けた。


世界が折り畳まれ、視界が急速に引き伸ばされる。

ミラの姿は……塔のように遠くなった。


Lは“模型の街”の地面に着地した。

足裏に伝わる地面の感触が妙に軽い。

質量が5%ほど減っている。

すでに空間ゆらぎの影響だ。


模型の家。ミニチュアの道路。

再現度は異常なほど高いのに、風が一切吹かず、空気が密に閉じている。


(……これは模型じゃない。“縮小された世界”だ)


イヤーピースからミラの声が響く。


『L、聞こえる?』


「ええ。問題ありません」


『絶対に“宝を探そう”なんて思わないで。

 その意識そのものが罠なの』


「わかっています。僕はただ歩くだけですよ」


視線を落とす。

一点を見ると観測になる。

考えすぎても観測になる。


(ぼんやり。夢の中を歩くように……)


足元の感覚だけを頼りに、Lは箱庭へ踏み込んだ。


【2】箱庭内部――ゆらぎの罠


最初の異変は“音”だった。


模型の家々から、歪んだ機械音が聞こえる。

耳鳴りのようで、笑い声のようで、

そして突然、完全な無音になる。


(フィールドの時間ゆらぎ……?)


さらに、歩けば歩くほど道路が“伸びる”。

観測した瞬間に距離がずれる。


『L、右。そこ空気が薄いわ。行きすぎないで』


視線は動かさず、身体だけを右へ。


角を曲がると、光が揺れた。

蜃気楼が呼吸するみたいに街が変形する。


距離が伸び縮みしているのではない。

空間そのものが生きている。


(これが博士の防犯装置……内部観測者を迷わせる“ゆらぎ”か)


Lは思考を浅くする。

深く考えれば、それすら観測となり反応してしまうからだ。


【3】宝の影――「確率の偏り」


ミラの声が、少し緊張を帯びる。


『……来たわ。宝の確率雲が北西で濃くなってる』


「宝……と聞くと探したくなりますね」


『聞かないの! それも観測になるんだから!

 私の言う“右”“左”以外は頭に入れないこと。いいわね?』


「了解です。ミラは優秀ですから」


『……褒めても報酬は増えないわよ』


Lが道路を曲がった瞬間、視界の端で光が弾けた。


わずか1ナノメートルの光。

しかし“見た”瞬間にふっと消える。


宝だ。


(なるほど。僕が観測した途端に逃げたわけですか)


世界最小の“逃げる宝”。

悪趣味という意味では完璧だ。


【4】外部観測――ミラの戦い(ミラ視点)


工房には、箱庭を映すホログラムと大量のセンサーが並ぶ。


「くっ……ゆらぎが多すぎる」


宝の確率雲は数百点に散り、数秒ごとに形を変える。


(博士は“観測する側”も試してるってわけね)


ミラは目を細め、わずかな濃度変化を追う。


(でも……私は“職人”。

 機械より、こういう“感覚”を読むのは得意なのよ)


Lが“観測しない”から、ミラの観測が効く。

この役割分担そのものが、博士の盲点。


「……L。そこ。確率80%。

 絶対に視線を上げないで」


【5】捕獲――観測による固定化


Lは膝をつき、視線を落としたまま手を伸ばす。


『……宝、固定されてきた……!

 私が観測してる間に掴むのよ!』


(ミラが“宝を見る”ことで、位置は固定される)


Lはぼんやりした思考のまま、砂粒ほどの光をそっとつまんだ。


微熱のような温度。

針先ほどの質量。


「……捕まえました」


『…………やった……!!』


ミラの声は、普段よりずっと嬉しそうだった。


【6】博士との対峙


縮小空間から戻り、Lは宝を通常サイズに戻す。


その瞬間、工房に落ち着いた声が響いた。


「おめでとう、怪盗L君。

 君は私の“世界”を破った初めての人間だ」


霞城ルーメン博士だ。


L「あなたの箱庭は、ほとんど量子実験でしたよ」


「君は私の想定から外れた。

 私は侵入者を“単独”と決めつけていた。

 だが……君には協力者がいた」


博士の声音が柔らかくなる。


「観測する者と、観測しない者。

 その分離は美しい。実に芸術的だ」


L「博士のセキュリティは完璧でした。

 ただ――人間は繋がります」


博士は静かに息をついた。


「……怪盗L。私は敗北を認めよう」


しかし、その直後。


「だが次は“本当に穴のない世界”を作る。

 それを破れたら、また会おう」


通信が途切れる。


L「……次は本当に面倒な敵になりそうですね」


ミラ「……じゃあ、そのときも手伝ってあげるわ」


L「頼もしいですね」


ミラは顔をそむけたまま、耳だけ赤い。


【7】量子トリック解説(物語内科学)

◆①「観測すると宝が消える」


宝は“観測で反発する”仕様の波動関数。

侵入者の視線=内部干渉。


◆②外部観測は別扱い


ミラの観測は境界越しで、ゆらぎに干渉しにくい。

そのため宝の位置を固定できる。


◆③Lの認知低下が逆に有利


縮小で思考がぼやけたことで、“観測力”が弱まり宝を逃がさなくなった。


◆④観測者の分離が唯一の攻略法


侵入者=観測者という博士の前提を崩した。

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