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第6話 空の金庫を破る影


怪盗Lのターゲットは世界的エンタメ企業WF社。

宝よりも狙うのは、完璧な防犯システムの穴。


工房ではミラが、飛行用グライダーの最終点検をしている。


「本当に落ちないでね。あなたが落ちたら、私は泣くわよ?」

「泣かれると、ますます挑戦意欲が湧きますね」

「……ふざけないで。翼だけじゃなく、心も支えてあげるから」


Lは笑みを返す。

宝はクリア後のトロフィーにすぎない――本当に欲しいのは、穴を見つけて突破する快楽だけ。

そして今夜、空そのものを“歩く”ゲームが始まる。




夜の街は、WF社が創り出した人工太陽の光に照らされていた。


深夜なのに、空はほんのり明るい。

雲は、不自然に“止まっている”。


怪盗Lは、その空を見上げて小さく笑った。


「……空影ゲイン社長。あなたの空は美しいですね。

 でも、美しいものほど、欠点がある」


背後から、こつん、と軽い靴音。


「また、ひとりで意味深なこと言ってるでしょう?」


赤銅色の髪を束ねた女性――ミラ・ガーネットが現れた。

腰に工具を下げ、職人らしい落ち着きと、ほんの少しの呆れを漂わせて。


「空の上にお宝がある? どうやって取るつもりなの」


Lは微笑んだ。


「飛べばいいんです」


「いや、人間よね? あんた」


「だからこそ、空を読みます」


ミラは頭を抱えた。


「……もう。じゃあ飛ぶ道具、作ってあげればいいんでしょ。

 ほんと、手間のかかる泥棒なんだから」


【1】ミラの工房 ―― “模倣の職人”


ミラの工房には、WF社が使う“天候観測グライダー”が置かれていた。


軽量フレーム、最低限の飛行補助。

本来は、天候ドーム内部の点検用の地味な機体だ。


ミラはその外装をなぞり、眉をひそめた。


「これ、模倣はできるけど……強度ギリギリよ。

 一般流通品でここまでやるのは、はっきり言って無茶」


L「問題ありません。WF社の空は、自然より優しいですから」


ミラ「泥棒が自然の優しさ語らないでよ」


L「泥棒は自然が大好きなんです。隙を見つけやすいので」


「……はいはい。好きに言ってなさい」


ミラはため息をつきながらも、手は止めなかった。

工具を軽やかに鳴らし、機体を組み上げていく。


やがて――


「完成。だけど、本当に飛ぶつもり?」


「ええ。あなたの腕を信じています」


「……そういう言い方ズルいわよ。心臓に悪いんだから」


ミラは視線をそらした。耳が少し赤い。


【2】影に溶ける翼 ―― “偽りの空”の色


完成したグライダーの翼は、青でも白でもない。

WF社の人工空だけが持つ、独特の“偽りの空色”。


「本物の空じゃ目立つけど、この色なら……」


「空に溶けます。素晴らしいデザインです」


「おだてても追加費用は取るからね?」


「大丈夫です。僕が盗んできます」


「その言い方ほんと犯罪者よね!?」


ミラが思わず突っ込むと

Lは静かに笑って工房を出た。


ミラはその背中を見送りながら、ぽつりとつぶやく。


「……あんた、本当に何者なのよ」


【3】社長の過去 ―― “自然に裏切られた男”


一方、WF社最上階。


空影ゲイン社長は人工雷雲の制御画面に手を置いていた。


幼い頃、彼の故郷は豪雨で流された。

家も、人も、思い出も――失われた。


だから彼は、天候を支配した。

自然の気まぐれを人の手で正し、二度と被害を出さないために。


「空は私のものだ。絶対に、奪わせん」


彼は全システムを“防衛モード・最大”にした。


しかしその空を破ろうとする1人の怪盗がいる。


怪盗L。


空影にとって、最大の不確定要素だった。


【4】侵入開始 ―― 空を読む泥棒


WF社最上階のヘリポート。


Lは翼を広げ、風を感じ、空を読む。


風向きの一定周期。

人工太陽の光の偏光パターン。

雲の“切り替え遅延”0.8秒。

雷雲になる直前の静寂。


すべて、“管理された空”が持つ癖だ。


「空影社長。あなたの空は……規則が多すぎます」


Lは走り出し、屋上から飛び降りた。


急降下――

そして、風が腹を支える。


人工上昇気流。

天候ドーム維持に必要な“気流柱”。


Lはそれにそっと乗り、鳥のように上昇した。


【5】雷雲ボルトクラウン


雷雲内部で稲妻が走る。


だがLは“雷鳴が止む3秒間の静寂”を読んで突入した。


電撃網が止まり、

その一瞬だけ安全地帯になる。


Lは音もなく雷雲を抜けた。


【6】偏光太陽ソーラス・イグニス


人工太陽が光を散乱させ、侵入者を焼こうとする。


だがミラが塗った“偽りの空色”の翼は、

偏光パターンに完全に擬態していた。


太陽光の切り替え暗転――

Lは“空の影”として消えた。


センサーは反応しない。


【7】真空スリット ―― “自然の落下”


天頂部は空気が薄く、普通なら失神する領域。


だがここも、切り替え遅延の瞬間だけ空気が戻る。


Lは翼を閉じ、落下した。


(落下は飛行ではありません。

 天候システムは、上昇物体だけを追う)


管理された空は“自然な落下”を見逃す。


透明カプセルへ手を伸ばすと――

蓋が静かに外れ、宝が光った。


「いただきます」


【8】社長との対峙 ―― 空の支配者と空の泥棒


高度上空の観測気球。

空影は、笑っていた。


「まさか、“切り替え遅延”を読まれるとはな。

 天候より厄介なのは……人間の勘か」


「完全な天候などありません。

 自然を真似る限り、必ず“癖”が出ます」


空影は黙り、やがて絞り出すように言った。


「私は自然に人生を壊された。

 だから空を支配したかった。

 ……だが、お前を見ると、まだ自然のほうが自由だと思える」


L「真似は本物に勝てませんよ。

 でも、あなたの空は魅力的です。癖が多いので」


「皮肉か? お前も“真似の翼”で飛んだくせに」


Lは肩をすくめた。


「飛んでいません。

 僕は“あなたの空を歩いた”だけです」


風が、二人の間を通り抜けた。


空影は両手を挙げる。


「……敗北だ。持っていけ、怪盗L」


Lは一礼し、再び落下していった。


【9】工房にて ―― 翼を作る女


深夜の工房。

ミラは、工具を片付けながらぼそっと言った。


「ほんと……心臓に悪いんだから」


そこへ、静かに影が降り立つ。


「ただいま戻りました」


「……あんた、本当に生きて帰ってきたのね」


「ええ。あなたの翼が良かったので」


ミラの顔が、わずかに赤くなる。


「そういう言い方、反則……」


「次の仕事もお願いします」


「ちょ、ちょっと!? 返事早い!」


Lは微笑む。


「あなたがいないと、僕は飛べませんから」


ミラは、工具を持ったまま固まった。


「……っ、もう! そういうセリフは後にしてよ!」


工房には、二人の小さな笑い声が響いた。


怪盗Lが次に読む空は――

まだ、誰にも読めない。

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