おまけ③
GD社社長 vs 怪盗L ――第二幕「ゲームリセット」
夜のGD本社ビルの屋上。
ネオンが霧のように空気を染め、ヘリポートの白線が星の光を拾っていた。
その中心で、ひとりの男が腕を組んで待っている。
GD社社長、御堂ダイスケ。
白スーツに派手なドットタイ、そして子どものような笑みを浮かべた“ゲームの王様”だ。
彼の足元には、ホログラムのチェス盤が展開していた。
「やあ、L君。来てくれたんだね」
風が舞い、黒い影が静かに降り立った。
怪盗Lだ。
「呼び出したのはそちらでしょう。……で、何のゲームです?」
社長は指を鳴らす。
周囲の空間に幾重ものホログラムが立ち上がり、
それらは過去のGD社のセキュリティ映像、社員の行動パターン、そして――Lの侵入ログらしきデータ。
「君に負けたからね。
ゲームマスターとしては、再戦しないわけにはいかないんだ」
「なるほど。負けず嫌いだ」
社長は満面の笑みを浮かべる。
「前回の敗因は、“ゲーム外の存在”を想定していなかったこと。
だから、対策させてもらったよ」
空気が揺れた。
屋上を取り囲むように、青い光の柱が20本立ち上がる。
まるで巨大な将棋盤の駒のように並ぶそれはGD社が新開発した、
外部意図非依存型・絶対認識装置《Observer-ZERO》。
「AIの心理解析?
意図判定?
そんなものにはもう頼らない。
存在するものはすべて“観測”する。
意図ゼロでも、君はもうノイズに逃げられない!」
Lは軽く目を細めた。
(“意図”を無視した絶対観測……確かに前回の穴は消えた)
「では、私にどう戦わせるつもりです? ここにはトラップらしきものもない」
社長はチェス盤の駒を一つ動かした。
「逆だよ、L君。
今回はトラップを“君自身に設計してもらう”。」
「……ほう」
■【第一ラウンド】観測ゲーム
屋上の床に光の迷路が広がった。
観測ラインに触れれば《Observer-ZERO》が即座に反応し、
ホログラムの壁が閉じてLを閉じ込める。
社長は楽しげに言う。
「この迷路は、君の動きをリアルタイムで複製し、
その複製データが“正解ルート”扱いになる。
つまり君が一歩進めば、その方向が“封鎖”されるってわけだ」
Lは一歩踏み出す。
するとその道がすぐに封鎖され、使えなくなる。
「……自分の行動が、自分の首を絞める迷路、ですか」
「そう! 無限に続くセルフ・チェックメイト!
破れるかな?」
Lは観測網を眺め、数秒沈黙した。
そしてつぶやく。
「破れますよ。あなたが、ゲームを“正す”限り」
彼は迷路を進むように見せかけ、
突然まったく関係ない方向へ――後退した。
本来、迷路は“前進方向の意図”からルートを生成する。
だがLは前進意図を完全に消し、
あえて“停滞”という意図を落とし込む。
観測装置は混乱した。
◇《OBS-ZERO:ルート決定不能》
◇《解析アルゴリズム停止》
迷路の封鎖が止まる。
社長は目を丸くした。
「えっ……?
その動き、ゲームとして成立してないよ、L君!」
L:
「ゲーム外からの侵入がダメなら、ゲームの“無効地帯”を歩くだけです」
迷路は崩れ落ち、空間は白紙のように戻った。
■【第二ラウンド】本命《Observer-ZERO》
社長は笑った。
子どものように、心底楽しそうに。
「いいねぇ! さすがだ!
じゃあ次は、絶対観測そのものに挑んでもらう!」
光の柱が強く光り、
Lを分子レベルでスキャンし始める。
観測データは即座に複製・同期・保存される。
逃げ場がない。
社長:
「ZEROはすべてを見ている。
これを欺くのは不可能だ!」
L:
「いいえ、不可能ではありません」
「……ほう?」
Lは静かに手を上げた。
指先に小型の透明ツールが見える。
「あなたが改修したZEROは“意図を解析しない”。
しかし“存在の同一性”は確認し続ける。
そこが弱点です」
「弱点……?」
Lは柱のひとつへ歩き、
ツールを光の線へそっと触れさせる。
その瞬間、
ツール内部のナノミラーがLの“観測データ”を反射し、
ZEROにLのコピーを虚像として送信した。
◇《OBS-ZERO:対象Lを観測中……異常なし》
「なっ……?
君はそこにいるのに、ZEROは“向こうの像”を本体だと思ってる!?」
L:
「意図を読まないなら、“どちらかが本物だろう”という推論もできない。
観測の主体が複数生成されれば、ZEROは“平均値”に逃げるしかない」
虚像は屋上の向こう側へ歩き出し、
ZEROはそちらを追うように観測ラインをそちらへ集中させる。
空いた反対側――そこに“観測の薄い空間”が誕生した。
Lは静かに歩いて光の柱の外側へ抜け出す。
社長はしばらく呆然としたが……
次の瞬間、腹を抱えて笑い出した。
「最高だ!
本当に最高だよL君!
観測を利用して観測を欺くなんて、反則すぎるッ!」
L:
「反則ではなく、“仕様の穴”です。
ゲームは常に欠陥を抱えていますから」
■エピローグ:社長の宣戦布告
Lが屋上の縁に立つと、
社長は風に髪を揺らしながら言った。
「ねぇL君。
次はもっと楽しいゲームを用意するよ。
今度こそ、君でも破れないやつを!」
Lは薄く笑った。
「それを聞くと、また来たくなってしまいますね」
「待ってるよ、怪盗L。
君のために、世界最高のゲームを作っておく!」
Lは身を翻し、夜空へ溶けるように消えた。
そして社長は独り、
観測装置の光に照らされながらつぶやく。
「……こんなにもワクワクする敗北があるなんて、
ゲームクリエイター冥利に尽きるよ」
夜は深まり、
第三戦の予兆だけを残して、静かに幕を閉じた。
*
「お兄ちゃん。お帰り」
「おう。ミオ。聞いてくれよ。お兄ちゃん、大活躍したんだ」
ラグは今日あった掃除中の出来事を妹に語って聞かせた。大げさに、まるで自分が正義のヒーローであるかのように。
それをミオが目をキラキラさせて、聞いている。ラグにとっては楽しくてたまらない。今日の初仕事は完璧とは呼べないものだったが、それでも頑張ったかいはあったな。
「そのカエルさんは、悪いカエルさんだったの?」
「そうだぞ。すごく悪いカエルだったんだ。まあ、お兄ちゃんがやっつけたんだけどね」
そう言えば、あのどうぶつ団ってなんだったんだろうな。はた迷惑な奴らだったが、あの魔法陣には心底驚いた。おそらく、考えた奴はかなりのやり手だろう。あいつらは団長がどうのと言ってたけど。
「ねえ、ラグ。そんなことよりもね。依頼料、貰いに行かない?」
エマがちょっと媚びたような声で、ラグに話しかけてくる。
ん? 依頼料? 何の話だろう。
「ごめんな。今、俺、忙しいんだ。ミオに武勇伝を語って聞かせないと」
ラグはごまかすように言ったのだが、どうやらバレてしまったらしい。
エマが怒りだした。こうなった彼女は本当に面倒くさい。どのくらい面倒かと言うと、耳を塞いでこの場から逃げ出したくなるぐらいだ。
「ラグ。私、最初に言ったよね? ちゃんと依頼を受けろって。そのとき、あなたは『うん』と言った。あれは嘘だったの? ねえ、答えなさいよ」
「お金なんか取れないよ。困った人を助けるのが、掃除屋の仕事だ」
「バカ――ッ!」
ああ、ダメだ。完全に頭に血が昇っている。わかっている。たしかに、ラグは深く考えてはいないが、エマの言うことにも一理あるとは思っている。
市民から掃除の依頼を受けないと、依頼料は支払われない。つまり、お金は稼げない。仕事で生活することはできないってことだ。
「それだけじゃないわ。魔法ポンプのメンテナンス料。あれ、毎回、どれだけかかるのか、あなた知ってるの?」
「めちゃくちゃかかる」
「そうよ。めちゃくちゃかかるのよ。そのお金はどこから出るの? 誰が払うの?」
「俺が払います」
「そうよ。あなたが稼いだお金で払うのよ。依頼を受けないと、稼げないでしょ」
「でも、父さんは」
「あなたのお父さんもちゃんと依頼を受けてたんです。あなたもそれでご飯を食べてたの」
エマがえらい大声を出してしまったせいか、ミオが泣き出しそうになっている。
「やめて。お兄ちゃんとケンカしないで」
「これは違うのよ。ミオちゃん。あなたのお兄さんは、とてもアホなの。大声で言わないと、理解できないの。仕方のないことなのよ」
それでは、なんの弁解にもなっていないと思うが。
しかし、ラグの方も、ミオに泣かれては困ってしまう。必死に、手をバタバタさせて言い訳する。
「そうなんだよ。俺はとてもアホなんだよ。大声で言われないと、理解できないんだ。ごめんな、エマ」
「わかればいいのよ。今度はちゃんと依頼を受けてね」
「うん。受けるよ。ちゃんとお金をもらうから」
二人が手を取り合ってるのを見て、ミオが泣き止んだ。
「よかった。仲直りしたんだね」
ミオはすっきりしたようで、自分の部屋に戻っていくようだ。
こうして、全ては丸くおさまった、と二人とも思っていたのだが。
――コンコン!
玄関から、ノックの音。この家の主であるラグが出ることにする。
「はい。ただいま」
ガチャッと開けると、そこには背広姿の男が立っていた。
頭の上から、つま先までビシっとしている。ラグはひと目で感じ取った。あっ、この人は俺たちとは違う世界の人間だと。
「えっと、どちらさま」
「失礼。私、こういうものです」
名刺を手渡された。読んでみると、『魔法環境整備局・現場管理課』。
「整備局……ああ、ブリック市の中央にあるでっかい建物の」
「はい。そこで現場担当官を務めているハロルド・グレイと申します。以後、お見知りおきを」
読めたぞ。さすがのラグでも状況を読めた。俺の活躍を聞きつけて、整備局が勲章を授与してくれるのだ。やれやれ、俺もすっかり有名になったもんだ。
「そんなわけないでしょ」
エマに突っ込まれた。
「あの、このバカ、何かやらかしましたか?」
「いえいえ、たいしたことではありませんよ。ただ、整備局からの許可を得ず、区画を清掃した、と言う市民の通報を受けたもので」
そう、ブリック市では、清掃するのに、許可が必要なのだ。何故なら、清掃には魔法陣に関しての正確な知識が必要だからだ。そして、もしも判断を誤れば、大事故に繋がりかねない。それは、掃除人だけの問題ではない。下手すると、多くの市民を巻き込む可能性もゼロではないからだ。
「今回は初の無許可清掃なので、警告だけですよ。次は相応の処罰を受けてもらいます」
では、どうやれば、許可を取れるのか。ラグが聞いてみると、答えは『プロの掃除屋の監督下での三年以上の掃除経験』というものだった。三年間、プロの下で修業しろってことか。
「すまない。ハロルドさん。俺、3年も待てないよ」
「待てない、というのは、何か理由がおありなのでしょうか」
「この町には掃除する人間が必要なんだ。それは三年後じゃダメなんだ。今じゃなきゃ……」
「……なるほど」
ラグの言ってることは論理的とは言えないものだったが。
ハロルドは納得したようだった。本当は彼も何となく気づいているのかもしれない。今、この町に何が足りないのかを。
「強い決意がおありなのですね……いいでしょう。それなら、特例として簡易テストを受けてもらいましょう。それに合格できれば、この町で清掃する許可を与えましょう」
なんと、テストに合格できれば、掃除屋を続けていいそうだ。
だが、そのテストとは、いったい……。
*
――ブリック市、市民区画
「簡易テストって、日をあらためてやるものだと思ってたんだが」
まさか、すぐ始めるとは。しかも、ここって家を出てすぐのところだぞ。
「テストの内容はこの市民区画にいる魔方陣を一つだけ消すこと、だって」
エマは紙に書いてる内容を言ってるだけだけだが、それってどういうことだ。先日はいくつも魔方陣を消したのに、今回は一つだけ。
テストの内容としては、簡単すぎるだろう。ひょっとして、舐められているのだろうか。
「ただし、条件が一つあるわ。『日が沈む前に、消すこと』だって」
「今はもう夕方だぞ」
「そうね。あと30分もすれば、夜になっちゃうわ」
なるほど。時間制限付きの仕事というわけか。この市民区画は見かけによらず、結構な広さで全部見て回ろうと思ったら、軽く一時間はかかってしまうだろう。
小さな魔方陣を探そうと思ったら、すみずみまで見て回る必要があるから、実際の時間はその数倍はかかるはずだ。
「やってくれるじゃないか、ハロルドさん。これで、俺たちの熱意を見ようということだな」
こうしちゃいられない。すぐに区画中を駆けずりまわって、探し出さないと。
ラグが、魔法ポンプを背負って、走り出そうとするとエマに止められた。
「ダメ! 待ちなさい」
「なんで止めるんだよ。急がないと、日が暮れちまうだろ」
「だから、落ち着きなさいって。まずは、深呼吸よ。息を吸って」
「うわあああっ! 止めるなあああっ! 俺は合格するんだああっ!」
でも、結局ラグはその場で止まった。言われたとおり、深呼吸をした。エマがとても真剣な顔つきをしていたからだ。
「早くしないと、間に合わなくなるぞ」
「ええ。間に合わないわ。市民区画を全て探し回ってたら、絶対に間に合わない」
「……は?」
「ハロルドさんは、あなたの性格を読んだうえで、このテストを用意したのね。さっき会ったばかりなのに。凄い観察力ね。あるいは、どこかで噂でも聞いてたのかしら」
「俺の性格?」
「熱くなって、すぐに回りが見えなくなるところ」
そうだった。先日もそれで危うくやられそうになったんだ。
だが、今回の場合はどうすればいい。このまま、ここで突っ立ってても、残り時間が減っていくばかりだ。
「大丈夫よ。なんのために、私がいると思ってるの。あなたが動きやすいように、サポートするのが私の仕事なんだから」
ラグは信じようと思った。エマが考え事をしていても、もう文句を言うつもりはない。黙って、彼女のやり方に従ってみることにしよう。
「スコープをかけてくれる」
「よし。わかった」
スコープには区画の汚染度を調べる機能がある。
なるほどね。これで、この区画の汚染度を調べてみるのか……うん。汚染度は1%ほど。全然、汚れてないね。これじゃあ、何にもわからないね。
「実はこのスコープには他にも機能があるの。そこの上のボタンを押してみて」
これかな。ポチっと。
すると、ブオンッと音がして画面が切り替わった。スコープにはうっすらとこの区画のマップが表示されている。
そして、マップに一つだけ赤い点。よく見ると、重なった円のマークになっている。これは魔方陣を表すマークなのだ。うん。芸が細かいね。
「全体マップに切り替えられて、標的の位置も表示できるの」
「すごすぎないか」
「まあ、あんまり数が多いとうまく表示されないし、使える場面は限られるんだけどね」
魔方陣って、基本的には目立つ場所に置いてあるからな。わざわざ探し出すことなんて、あまりないのだ。
もしかしたら、そのうちルールから外れた魔方陣も現れたり……いや、そんなのあるわけないか。
「いけ! ポン太! ぶっ飛びショット!」
――チョロチョロオオオオオォ!
魔方陣を消し去ることに成功。見つけてしまえば、実にあっけないものだった。
「適切な判断をしたので、合格でいいでしょう」
やった。ハロルドさんからも許可が出たぞ。
「ただし、今回はあくまで特例なので、いくつかの条件を付けさせてもらいます。また、我々の監視下にあることもお忘れなく」
何はともあれ、明日から仕事を再開できるぞ。




