第5話:街角の奇策
霧がかかる深夜の街角。
ネオンの明かりが水たまりに反射し、路地は金色と青の光に揺れていた。
ジョウはコートの襟を立て、煙草の火をつけながら路地を歩く。
後ろにはケルロとリンゴ、そして見習いの助手マックスがついてきた。
「で、ジョウ……次のターゲットは何ですか?」ケルロが訊く。
「簡単に言うと、“手が届きそうで届かない宝物”だ」ジョウは煙を吐きながら答える。
マックスが目を輝かせる。
「前回みたいに修道院ですか? また善意を利用するんですか?」
ジョウは微笑む。
「いや、今回は少し趣向を変える。
善意は使わない。だが、奇策は使う」
リンゴは眉をひそめる。
「奇策って……また何か無茶なことを考えてるんすか?」
ジョウは笑みを深める。
「無茶じゃない。天才的な犯罪プランナーの計画だ。
全て計算済み。必要なのは、仲間の機転だけ」
ケルロが木箱の代わりに小さなメモ帳を取り出す。
「で、具体的には?」
ジョウは街の反対側に見える高級ギャラリーの看板を指差す。
「このギャラリーだ。
今夜、新しい展示が始まる。特別な宝石が並ぶ予定だ」
リンゴが目を見開く。
「宝石……ですか……」
マックスも口を開け、息を飲む。
「これは……かなりの高額品ですね」
ジョウは路地の暗がりで手を組む。
「もちろん警備は厳重だ。監視カメラ、赤外線センサー、警備員……全てが連動している」
ケルロが眉をひそめる。
「前回の修道院より面倒そうじゃないか……」
ジョウは軽く笑う。
「だからこそ、面白いのだ。
ここで計算外の偶然が起きると、我々の技量が試される」
リンゴが小声でつぶやく。
「いや、俺たちの技量っていうか、ジョウさんの計画次第ですよね」
ジョウは煙草をポケットにしまい、仲間たちに向き直る。
「では、作戦会議を始める。
まず、ギャラリーの間取りだが……」
ジョウは路地の壁に貼った簡易地図を指でなぞる。
ネオンの光に映える地図には、ギャラリーの玄関、展示室、セキュリティ室、非常口が書き込まれていた。
「玄関は二重扉。入口の監視カメラは三秒ごとに切り替わる。
展示室は赤外線センサーが十メートル間隔で配置され、動く物体は即座に警報が鳴る」
ケルロがため息をつく。
「やっぱり面倒くさ……いや、難しそうだな」
ジョウは地図を指でトントンと叩く。
「だからこそ、奇策だ。
我々は正面から突入しない。裏口を使い、赤外線の死角を突く。
セキュリティの予測外を行く。それが我々のスタイルだ」
マックスが目を輝かせる。
「すごい……どうやって赤外線の死角を……」
ジョウは笑みを含ませる。
「それは、作戦会議の後の実地確認で説明しよう。
まずは仲間全員でギャラリー周囲の巡回ルートを把握する」
リンゴが腕を組む。
「うーん、毎回思うけど、計画は完璧に見えるのに現場では毎回トラブルが起きるんだよな」
ジョウは肩をすくめる。
「それが泥棒の世界だ。計画は理論上完璧でも、現場は常に変化する。
我々はその変化に柔軟に対応する」
ケルロが小声でつぶやく。
「柔軟……って言うか、事故も計算に入れてるだけじゃ……」
ジョウは笑いながら答える。
「それも計算のうちだ、ケルロ。
重要なのは、仲間全員が計画を信じること。信じる力が、奇策を現実に変える」
夜風に乗って、街のざわめきが三人の耳に届く。
ネオンの光が、これから起こる泥棒劇の舞台を照らしていた。
ジョウは地図に目を落とし、低くつぶやく。
「次の一手で、我々はギャラリーの奇跡を手に入れる……
だが、偶然と善意、そして少しの不運も我々に挑戦してくるだろう」
リンゴが小さく笑う。
「それって……毎回同じパターンじゃないっすか?」
ジョウは肩をすくめ、路地の霧の中へ地図をしまう。
「同じように見えるだろうが、毎回違う。
それがプロの泥棒の生き様だ」
三人は街角に立ち、深夜のギャラリーに向かうための準備を整えた。
霧の中、遠くでタクシーのエンジンがかかる。
次なる泥棒劇の幕開けだ。
夜のギャラリー前。
ネオンの光がガラスの外壁を照らし、展示品の影を路地に落としている。
ジョウ、ケルロ、リンゴ、マックスは路地の陰に潜み、観察を続けた。
「カメラの切り替えタイミングは三秒ごと……」ジョウが小声で指示を出す。
「裏口の死角を使う。センサーの盲点は、あの角を曲がったところだ」
リンゴが小声でつぶやく。
「計算は完璧に見えるけど、なんかハラハラするな……」
ケルロは懐中電灯で赤外線センサーの光を探す。
「おい、赤外線が結構広範囲だぞ。死角って言っても、ほとんどないに等しい」
ジョウはにやりと笑う。
「だから奇策だ。普通に進むんじゃない。光を利用する」
マックスが首を傾げる。
「光を利用……ですか?」
ジョウはポケットから小さな反射板を取り出す。
「これをセンサーに向けて角度を調整する。光が干渉し、センサーは無効化される」
リンゴが目を丸くする。
「まさか……それで全部センサーをすり抜けられるのか?」
ジョウはうなずく。
「理論上はね。ただし現場は常に変化する。計算外の偶然に備えろ」
ケルロが小声でつぶやく。
「毎回その“偶然”でひやひやさせられるんだよな……」
ジョウは笑い、メンバーに合図を送る。
「行くぞ。無音で、確実に、そして奇策を最大限に活用する」
四人は壁沿いに進む。
裏口のドアに到着し、ジョウは工具で静かに錠を解除する。
センサーの死角に入る瞬間、リンゴが足を滑らせ、軽く壁にぶつかる。
「うわっ!」
警報は鳴らない。
ジョウは冷静に指示する。
「大丈夫だ、偶然は計算の一部。続けろ」
ケルロが息を整え、リンゴを見守る。
「毎回思うけど、ジョウさんって、俺たちの心臓を弄んでるよな」
ジョウは無言で裏口を開け、四人はギャラリー内へ滑り込む。
内部は静まり返っており、照明は薄暗く展示品を浮かび上がらせている。
ジョウは小声で作戦を説明する。
「展示室は三つのゾーンに分かれている。
中央の宝石展示は赤外線センサーが密集。動けば即警報だ」
マックスが息を呑む。
「うわ……これは……無理じゃないですか……」
ジョウは微笑む。
「無理じゃない。奇策だ」
彼は小さな機械を取り出し、赤外線のパルスを微妙に変調する。
センサーの“目”を一瞬だけ混乱させ、死角を作るのだ。
リンゴが息を止める。
「う、動くぞ……!」
センサーの光が微かに揺れ、展示室への通路が一瞬だけ“空間”のように見える。
四人は慎重にその通路を進む。
しかし、予期せぬトラブルが起きた。
展示室の天井に設置された小型カメラが、偶然にも動作し、警報システムに信号を送ったのだ。
「警報……!」マックスが叫ぶ。
ジョウは冷静に反応する。
「落ち着け、シナリオ通りだ。偶然は計算の一部だ」
リンゴが焦りながら通路を駆ける。
「計算の一部って言いながら、マジで焦るっすよ!」
ケルロはジョウの指示通り、展示室の照明装置を巧みに操作する。
センサーの信号を光で反射させ、警報を一時的に無効化する。
「成功……だが、まだ油断は禁物」ジョウは小声でつぶやく。
展示品の前に到着した四人。
中央に輝く宝石が、まるで月光を吸い込んだかのように光っている。
ジョウはゆっくりと手を伸ばす。
「準備はいいか?」
リンゴとケルロ、マックスはうなずく。
ジョウは手袋をはめ、宝石を慎重に取り上げる。
「……やったな」
しかし、天井のセンサーが微かに振動する。
次の瞬間、警報のサイレンが遠くで鳴り響く。
「くっ……想定外だ!」ジョウが叫ぶ。
リンゴは驚愕しながらも笑い出す。
「毎回のことだけど……マジで心臓に悪いっす!」
ケルロも苦笑い。
「奇策はうまくいったけど、最後の最後でトラブルが来るんだな……」
ジョウは冷静に宝石を抱え、出口を指さす。
「行くぞ、仲間全員で脱出する。
偶然と不運も、泥棒の夜のスパイスだ」
四人は展示室を後にし、暗闇の通路を駆け抜ける。
警報のサイレンが遠くで鳴り響く中、奇策と偶然、不運が絡み合う泥棒劇は続く。
ギャラリー内部、赤い警報の光が天井を踊る。
ジョウは宝石を抱え、仲間たちを引き連れて非常口に向かって走った。
リンゴは息を切らしながらも、思わず笑ってしまう。
「毎回のことだけど……俺たち、ホントに生きて出られるのか?」
ケルロは後ろからジョウを追いながら、肩をすくめる。
「無茶な計画に巻き込まれる俺たちの心臓は、そろそろ保険料払わないといけないんじゃないか?」
ジョウは笑いながらも冷静に指示する。
「外に出るまでが作戦だ。全員注意して」
マックスは手袋越しに宝石を握り締める。
「これ、すごく重いです……いや、重くないけど……とにかく、すごい!」
突然、廊下の角でセンサーが再び反応する。
青い光が通路を横切り、仲間たちは一瞬立ち止まる。
「やばっ、またか!」リンゴが叫ぶ。
ジョウは地図を思い出す。
「右に折れろ、死角がある。走るな、歩くんだ」
四人は慎重に足を運び、光の届かない隙間を通過する。
ケルロは小声でつぶやく。
「ジョウさん、今回の偶然、計算に入ってるんすか?」
ジョウはにやりと笑う。
「偶然も不運も、泥棒のスパイスだ。楽しめ」
マックスは息を荒くしながらも笑顔だ。
「計算もスパイスも、全部ジョウさんのせいですよ!」
ついに非常口の扉が見えた。
ジョウは小さく合図を送り、四人は静かに扉を開ける。
外は冷たい夜風が吹き抜け、街灯の下で影が長く伸びる。
「脱出成功……だな」ジョウは宝石を確認し、にやりと笑う。
リンゴは手を腰に当て、息を整える。
「いやー、もう死ぬかと思ったっす。
でも、奇策が決まった瞬間は……あれは快感ですね」
ケルロは頭をかきながらつぶやく。
「ジョウさん、俺たち、毎回命がけで笑いながらついていってますよね」
マックスは宝石をじっと見つめる。
「すごい……僕、これを手に入れるために、ここまで来たんだ……」
ジョウは仲間たちを見渡し、ポケットに宝石をしまう。
「計画通り……とは言わない。
偶然と不運、仲間の機転が合わさって、やっと手に入れられたんだ」
リンゴは肩をすくめ、笑いながらつぶやく。
「要するに、俺たちは毎回運任せで宝を取ってるってことっすね」
ケルロも笑い、肩を叩く。
「まあ、それでも取れちゃうんだから、ジョウさんってすごいよな」
ジョウは低くうなずき、夜の街を見渡す。
「泥棒は計算だけじゃ生き残れない。偶然、不運、そして仲間の咄嗟の判断……
それが組み合わさって、奇跡は起こる」
マックスは宝石をそっと握りしめ、つぶやく。
「奇跡……確かに、そうですね」
四人は街角の影に消え、夜の路地を抜けて姿を消す。
遠くでサイレンが鳴り響く中、彼らの笑い声がかすかに残った。
ジョウは小さくつぶやく。
「さて……次はどんな偶然と不運が、我々を試すのだろうか」
霧の街角に消える四人の影。
手に入れた宝石は小さく輝き、次の泥棒劇の始まりを予感させる。




