第2話「ワゴンとタワマンと、ちょっとの幸運」
タワーマンションの夜は静かだ。
外観は豪華、エントランスは煌々と明るい。
しかし、住民のほとんどは部屋にこもり、
この時間帯の共用スペースは驚くほど“スキだらけ”である。
泥棒である鳥羽ジョウは、この点に目をつけていた。
「ケルロ、今日こそ車を手に入れるぞ」
「今日“も”な。昨日、車に振り回されたのは忘れてねぇからな」
「過ぎたことは言うな」
ケルロはため息をついた。
ジョウはいつも“過ぎたこと”をすべて計画から切り捨てる。
その結果、何度も同じタイプの不運に遭遇しているのだが、本人は気づいていない。
タワーマンションの裏手に回ると、
そこには 業者用の広い駐車区画 が設けられていた。
そして、そこに停まっているのは――
黒の高級ワゴン車。
ケルロが小声で言った。
「ジョウ…あれ、絶対高い車だぞ。
高い車って、セキュリティも高いんじゃねえか?」
「大丈夫だ。持ち主が“高級車だから狙われないだろう”と油断している可能性が高い」
「なんだその心理分析…」
「人の過信は計画の穴に直結する。これ常識」
ケルロはぼそりと呟いた。
「お前、常識の意味わかってるか?」
ジョウはワゴンの周囲を一周し、ナンバープレートの型などを確認した。
そしてドアハンドルを引く。
――カチャ。
開いた。
ケルロが叫んだ。
「開くんかい!!」
「ほら見ろ。高級車の持ち主ほど、案外こういうところが甘い」
「いや、甘すぎるだろ……」
ジョウは慎重に周囲を見回した。
夜風が吹くが、人影は無い。
監視カメラの角度も、調査済み。
「ケルロ、中へ入るぞ」
「了解……って、おい待て」
ケルロがワゴンの窓を覗き込む。
「ジョウ。
この車……社名ロゴ入ってるし、荷台に箱いっぱい積んでるんだが」
ジョウは平然としている。
「わかってる。深夜配送業者だ」
「配送車盗むのかよ!?」
「“借りる”んだ」
「お前の“借りる”はやっぱり盗――」
「静かにしろ。話が進まん」
ジョウが荷台の扉を開けると、
中にはコンテナ箱がぎっしり積まれていた。
重そうな木箱、段ボール、ビニール梱包…。
ケルロが眉をひそめる。
「……なんか不気味じゃないか?」
「中身は重要じゃない。
荷物はできる限りそのままにしておく。
“荷物の管理ミスで消えた”と誤認させるのが一番傷が浅い」
ケルロは半笑いで言った。
「ジョウ、お前どうしてそんな“犯罪の損害軽減知識”だけ詳しいんだよ」
「専門家だからだ」
ケルロが納得してない表情をしているのを無視して、
ジョウは運転席に乗り込んだ。
その時だった。
背後から声がした。
「おい、お前ら……誰だ?」
二人は振り向いた。
そこに立っていたのは――
作業着姿の配送員二人。
手には巨大な台車。
ケルロは青ざめた。
「ジョウ……予想外なの来たぞ」
「大丈夫だ。落ち着け。話せばわかる」
「絶対わからないだろ!」
配送員の一人が近づいてきた。
「なにしてんだ? この車はウチの会社の――」
ジョウはニッコリ笑った。
そして言った。
「――お疲れ様です。
本社の『セキュリティ研修・抜き打ちチェック』の者です」
ケルロ「!?」
配送員「!?!?」
配送員たちは戸惑った顔でお互いを見合った。
ジョウは即座に畳みかける。
「先週のメール、見ましたよね?
『深夜の駐車区画で警戒心が足りないケース』を再検証する、と」
配送員A「み、みて……ないけど……」
配送員B「……あったかも……?」
ジョウは真面目な顔で頷いた。
「あります。
実際、二人は今、声をかけるまで“車の周囲を確認しなかった”。
これは危険です。
気づいていたら一言声を出してから近づけたはず」
ケルロは心の中で叫んだ。
(そんなメールねえよ!!)
だが配送員たちは完全に揺れている。
なぜなら“会社からの通知を見逃す”という罪悪感が湧いてきたから。
ジョウは冷静に続ける。
「このワゴンは本社からの“危険車”として指定されています。
鍵を開けっぱなしにした状態で、どれだけ時間が経つか。
それをテストするための車です」
配送員A「鍵開けたままだったんすか?」
「ええ。開いていました。
……ですが、あなた方が見回りに来たことで
“この区画は一定の安全性が保たれている”と判断できます」
配送員ふたりは、完全にジョウのペースだ。
ケルロが小声で囁く。
「ジョウ、お前……なんでこんな嘘がスラスラ……」
「職業柄だ」
配送員Bが言う。
「じゃあ、その……もう戻っていいんですか?」
「もちろん。
この後、私は車の“施錠状況の再チェック”を行いますから、
そのまま通常業務を続けてください」
配送員たちは深々と頭を下げて去っていった。
ケルロは呆然として言った。
「……ジョウ、お前ってとんでもねぇな」
「どこがだ」
「いまの、100%その場の嘘だろ!」
「信用される嘘は“事実の裏返し”で作るんだ。
怪しまれなければ事実と同じだ」
ケルロは頭を抱えた。
「犯罪の哲学みたいなこと言うな!」
ジョウはワゴンのエンジンをかけた。
静かなアイドリング音。
さっきのオンボロ車とは雲泥の差だ。
ジョウは満足そうに言う。
「ケルロ、これで作戦に移れる」
「よし……やっとまともな車手に入った……!」
二人は夜の街へ滑り出した。
ジョウの計画は、ようやく動き出す――
はずだった。
助手席のケルロが箱のひとつに目を留める。
『要・厳重管理 深夜便:特別配送品』
ケルロ「……ジョウ。
この荷物、なんか嫌な予感するんだが」
ジョウ「ああ。俺もだ」
二人の不運は、まだ終わらない。
高級ワゴンの車内は、外観以上に豪華だった。
本革のシートは沈むように柔らかく、ダッシュボードには無駄に立派な木目が走っている。
ケルロは触り心地を確認しながら、ため息をついた。
「やっぱいい車は違うなあ……」
「うっとりしてる場合か。荷台の確認をするぞ」
「はいはい」
ジョウの言葉に従ってケルロが身を乗り出したその時だった。
――ピィッ。
嫌な電子音が鳴った。
ケルロ「え? なにこれ」
ジョウ「静かに」
車内のタッチパネルに、赤い文字が点滅していた。
『特別配送モード解除・要本人認証』
ケルロ「……なあジョウ。
“要本人認証”って……つまりどういう……?」
ジョウは瞬時に状況を読み取り、小さく呻いた。
「――この車、荷物を勝手に動かすと自動で“配送確認システム”が起動するタイプだ」
「つまり?」
「ちょっとでも荷物がずれると、持ち主のスマホに通知が行く」
「少しでも?」
「少しでも」
ケルロは青ざめた。
「なあジョウ……俺たち、荷台の扉、思いっきり開けたよな?」
「開けたな」
「俺、ガンッて一回ぶつかったよな?」
「ぶつかってたな」
「……じゃあもう通知行ってる?」
「行ってる」
ケルロが両肩を落とした。
「終わりじゃねぇか!!」
ジョウは少し考え、
「いや、まだ終わってはいない」
といつもの落ち着いた口調で言った。
ケルロは叫んだ。
「絶対なんか思いついただろ!!」
ジョウは頷く。
「もちろんだ。
――“本物の配送員に成りすまして届けてしまえばいい”。」
ケルロ「はぁ!?」
ジョウ「持ち主の家に荷物が届けば、“ああ、最後に確認したのは俺だったか”と勘違いする」
ケルロ「そんなアホいるかよ!」
ジョウ「人は忙しいと、だいたいアホになる」
ジョウは淡々と続けた。
「荷物の送り先は……」
タッチパネルに表示された住所を見る。
「……“朝霧レジデンス”だ」
ケルロ「あの、街でも指折りの高級マンション?」
「そうだ」
「いや絶対ヤバい奴の家だろうが!」
「だからこそ、深夜便で特別配送なんだろう」
ケルロは呻いた。
「俺たち、知らないうちに高級マンションに配達する羽目になってんの? 泥棒なのに?」
「泥棒だからこそこういう柔軟さが必要なんだ」
ケルロは言い返そうとしたが、
その時――
ワゴンの端末から今度は低い重い警告音が鳴った。
『特別配送品:位置情報の急変動を検知』
『所有者へ警告通知を送信しました』
ケルロ「送信されちゃったぁぁぁ!!」
ジョウ「慌てるな。まだ大丈夫だ」
ケルロ「どこが!!」
ジョウ「“まだ警察には行かない”時間がある」
ケルロ「そんな時間あるのかよ!!」
ジョウはドライバー席に戻り、
「ケルロ、座ってシートベルト」
「もう滅茶苦茶だよ!!」
豪華ワゴンは、夜の路地を静かに発進した。
*
朝霧レジデンスは、街の中でも異様に静かな高級エリアにそびえ立っていた。
外観はガラス張りで、無駄に青白いライトアップ。
入口にはコンシェルジュが常駐している。
ケルロはワゴンを見上げながら呟く。
「なあジョウ。俺たち、ほんとに泥棒だよな?」
「当たり前だ」
「じゃあなんでスーツ着て配送員のフリしてんの?」
「必要だからだ」
ジョウは荷台を開け、(今度はできるだけそっと)箱を一つ取り出した。
ラベルには大きくこう書かれている。
『至急 生体研究用ガラス容器』
ケルロ「あの……これ、本当に届けていいのか?」
ジョウ「届かない方が困るだろう。持ち主が怒る」
ケルロ「泥棒が“持ち主が怒る”気にしてどうするんだよ!」
ジョウは、無駄に堂々とレジデンスの入口に向かう。
コンシェルジュの前で軽く会釈し、
「深夜便の特別配送です。朝霧様のお荷物をお届けに上がりました」
と自然に言った。
コンシェルジュは困った顔で答えた。
「夜間の配達は……たしか事前連絡が必要のはずですが……」
「はい。“特別配送モード”の認証が取れましたので。
先ほど持ち主様からの確認通知がこちらに来ているはずです」
そう言いながら、ジョウは指でさりげなくデスクのモニターを指した。
本当に通知が来ていた。
ケルロ(心の声)
(押収された車が勝手に動き出しただけなんだけどな!!)
コンシェルジュは首をかしげつつも、モニターの通知を確認して言った。
「……確かに“配送物に異常あり”と通知が……」
ジョウ「はい。ご安心ください。こちらで補正済みです」
コンシェルジュは納得してしまった。
ケルロは心の中で叫んだ。
(おいおいおい! なんで納得すんだよ!)
「では、お部屋へ案内いたします」
「お願いします」
ジョウは平然としている。
ケルロは震えている。
二人は高級タワマンの最上階へ向かった。
――この時点で、
どれほどの不運がこの後待ち構えているのか、
まだ誰も知らなかった。
エレベーターが静かに最上階に到達した。
朝霧レジデンス最上階――
金持ちの中でも「さらに金持ち」しか住めない階だ。
ドアが開くと、
そこはホテルのロビーのような広いホールになっていた。
絨毯は新品同様、壁には抽象画、
香りはほのかにレモングラス。
ケルロは思わずボソッとつぶやいた。
「……金持ちって、嗅覚まで金持ちなんだな」
ジョウは無反応だ。
いつものように“行動優先”で歩き始める。
「号室は……ここだ」
ジョウが小声で言った。
「“朝霧アルト”――芸術家で資産家らしい」
ケルロは嫌な顔をした。
「芸術家って、変なの多いんだよな……」
「変な方が扱いやすいだろう」
「そうか? 俺は普通の方がいい」
ジョウはノックした。
すると、間髪入れずに返事があった。
「開いてるぞー! 入ってきてくれ!」
ケルロが小声で言う。
「……変なやつだ」
「だから扱いやすい」
ジョウはドアを開けた。
*
室内は、想像していた“金持ちの部屋”とは違った。
豪華ではあるものの――物が多すぎる。
キャンバス、針金、骨董品、謎のガジェット、
床を埋めつくすクッション、
意味のわからない像や骨。
ケルロは思わず言った。
「……散らかしすぎだろ」
部屋の奥で男がこちらを振り返った。
白いシャツに絵の具がつき、髪ぼさぼさ。
しかしその顔は妙に整っている。
「おお、来た来た!
待ってたよ、特別便さん!」
ジョウは淡々と微笑んだ。
「“朝霧アルト様”でよろしいでしょうか」
「そう! 私がアルトくんだ!」
ケルロは心の底から思った。
(なんだこのテンション)
アルトは両手を広げ、
「さあ、その箱をこっちに!
いやー届かないかと思ってハラハラしてた!」
ケルロは思わず聞いた。
「えっと……中身は、何なんです?」
「ガラス! 特殊なやつだ!
私の最新アート作品に必要なんだよ!」
ケルロの背筋に冷たい汗が流れた。
(マズい。芸術家が使う“特殊なガラス”。
割ったら人生終わるやつじゃないか……)
案の定、アルトは言った。
「もし割れてたら……私は泣くね。号泣だね。
そして作り直すのに三か月かかるね!」
ケルロは震えた。
(絶対落とせねぇ! そもそもこの箱重い!!)
ジョウは落ち着いて箱を降ろし、
「では、確認をお願いします」
ときっちりした配送員の口調で言った。
アルトは喜々として箱を開ける。
中には――
複雑な形状の巨大なガラス容器。
表面には模様のようなものが施され、
まるで“宇宙生物の卵”のような不気味さがある。
ケルロ「……これ、いくらすんだろ……」
ジョウ「考えるな」
アルトは箱を覗き込み、
キラキラした目で叫んだ。
「おおおー!! 完璧! 割れてない!!
ありがとう、特別便くん!!
あんたら最高だよ!!」
ケルロは崩れ落ちそうになった。
アルトは続けた。
「そうだ、お礼にこれを渡そう!」
アルトは部屋の隅から、
小さな金庫を引っ張り出した。
ジョウとケルロは固まった。
アルトは笑いながら言う。
「いやいや、大したもんじゃないよ。
私の“趣味”のガラクタだ。
でも捨てるのももったいなくてね。
君たち、好きに持って行きな!」
金庫を開けると――
中には、
・古い時計
・金の小像
・謎の骨董品
・宝石らしき石ころ
など、明らかに価値のありそうな“ガラクタ”が入っていた。
ケルロが小声で言う。
「……ジョウ。これ、宝の山だろ」
「価値は……あるな」
「あるよな!!?」
アルトは全然気にしてない。
「さっさと持って帰ってくれよ!
私は新作に集中しないといけないんだ!」
ジョウは軽く会釈した。
「では、ありがたく頂戴します」
「どうぞどうぞ!」
ケルロは唖然とした。
「こんなの、持って帰っていいのかよ……?」
「持って帰れと言われたんだ。問題ない」
ジョウたちは金庫ごと抱え、
部屋を後にした。
*
エレベーターに乗っている途中、
ケルロが急に真面目に言った。
「なあジョウ……俺たち、今回って何しに来たんだっけ?」
「車を手に入れに来た」
「そうだった……」
そして二人は笑った。
「……で、結局金庫まで手に入ったんだよな」
「ラッキーだな」
「いやラッキーすぎるだろ!」
ジョウは肩をすくめた。
「計画通りとは言わないが……
まあ、“結果が良ければ良い仕事”だ」
ケルロは言った。
「……ジョウ。
お前の言う“計画”って何なんだよ」
ジョウは答えた。
「“失敗しても、別の成功に繋げる道筋”のことだ」
ケルロはしばらく黙ったあと、
笑いながら言った。
「お前、やっぱり天才だわ」
エレベーターが一階に到着した。
二人は金庫を抱え、
高級ワゴンへ向かった。
泥棒の夜は、今日も実り豊かだった。




