第3話 絵画の中の宝
「今日はデート……じゃないのよね?」
ミラ・ガーネットは不機嫌そうにそう言いながらも、少し期待を隠せない様子で怪盗Lの横に並んで歩いていた。行き先は街外れの美術館。普通なら二人でのんびり鑑賞、という雰囲気だが、Lの目的は違う。
「違う。今日の目的はセキュリティだ」
その答えにミラは小さくため息をついた。「やっぱりね……」
館内に入ると、展示室は静かで、白い壁にいくつもの絵画が掛けられていた。Lは視線を滑らせ、ひとつの作品の前で立ち止まる。
「この絵画……?」
「違う、目的は絵の中に描かれたものだ」
ミラは首を傾げる。絵画の中のお宝? 常識的に考えて不可能な話だ。しかし、手紙にはこうあった。
「盗めるはずだろ。お前が本物の怪盗Lなら」
怪盗Lの唇に、わずかに笑みが浮かぶ。挑戦状に興味を惹かれた瞬間だ。
「この絵に描かれた宝を盗む……というわけか」
「……信じられないわ」ミラは目を丸くした。「だって絵の中に入るなんて無理よ!」
「不可能は挑戦状にしかない」
Lはゆっくり絵画に近づき、細部を観察する。筆遣い、絵の具の層、光の反射……全てを見逃さない。やがて彼は頷いた。
「わかった。トリックはこの絵画自体にある」
展示室の照明、壁の反射、そして額縁の微妙な浮き――絵の中のお宝は、実際には物理的に存在していた。だが、それは目の錯覚で完全に“絵の中にある”ように見えるよう仕掛けられている。
「どうやって取り出すの?」
「まず複製品を作る。君の出番だ」
ミラは手早く、額縁と展示台の複製を作る。材料は簡単に手に入るもので、彼女の模倣能力なら完璧にコピーできる。
Lは微笑む。「その隙に、こちらからアクセスする」
Lは軽く跳び、壁面の小さな隙間に手を入れる。そこには、絵画を固定する特殊なワイヤーと磁力センサーが仕込まれていた。Lは指先で慎重にワイヤーを外すと、磁力センサーの範囲外に宝を滑り込ませた。
「これで……」
絵の中のお宝は静かに、しかし確実にLの手元に現れる。ミラは息を飲んだ。
「……本当に、絵の中から……」
「絵画が魔法だと信じている者には、これが魔法に見えるだろうね」
Lは宝をポケットに忍ばせ、複製の額縁を元に戻す。誰も気づかず、まるで何も盗まれていないかのように。
「すごい……あなたって、やっぱり……」
ミラの瞳には、尊敬と少しの嫉妬が混ざる。Lは答えない。ただ静かに、展示室を後にする。
館外に出たとき、風が吹き抜ける。宝は手元にあり、挑戦状の意味が達成された瞬間だった。
「今日の任務、終了」
「……魔法みたい……でも、全部科学でできるんでしょう?」
「その通り」
ミラはうなずき、少し照れたように笑った。だが、次の挑戦状がいつ届くのか、二人はまだ知らない。




