第27話 ナノライド・タクシー(後編)
第三部:脱出と迷路崩壊
宝の入ったコンテナをしっかり抱え、Lは微動だにせず空間の歪みを見つめていた。
「ここからが本当の勝負だ」と心の中でつぶやく。
ナノライド・タクシーの内部は、宝を守るための最終防衛モードに移行していた。通路は複雑な螺旋状に伸び、床面が無数の小さなプラットフォームに分割される。足を踏み外せば、圧縮空間の渦に吸い込まれる仕組みだ。
「L……このままじゃ、戻れないかも」
ミラは少し顔を青ざめさせ、Lの肩に手を置いた。
「焦る必要はない。AIはまだ完全ではない。周期の隙間がある」
Lはゆっくりと視線を走らせ、各プラットフォームの揺れと光の周期を正確に把握する。
AI「侵入者、脱出を阻止」
タクシー内部の光脈が赤く点滅し、圧縮床が順次隆起する。プラットフォームの高さは数十センチ単位で変化し、足場の感覚は瞬時に狂う。
「L、どうするの……」
「ここは歩かない。AirHopで“空間の波”を利用する」
Lはナノ空間の微細な揺れを利用し、空中にわずかな足場を作る。
プラットフォームが隆起する瞬間、彼は空間の波に合わせてジャンプし、まるで滑るように次の足場へ移動した。
「う……わ、わぁ……」
ミラも複製装置を駆使して、AIの感知を撹乱する。光脈のパターンをリアルタイムで変化させ、AIに誤情報を送り込むのだ。
最終セクション、ナノ空間の圧縮率が最大に達するエリアに入ると、空間はまるで粘性のある液体のようにうねり始めた。足場は不規則に動き、重力は方向を変える。
「ここが……最終関門ね」
ミラは息を呑む。
「重力の変化と足場の周期を計算すれば問題ない」
Lは冷静に答え、瞬時に身体を傾け、足場の揺れと光脈のズレを利用して加速。
AI「侵入者、回収不可能」
光脈が赤から紫へ変化し、圧縮空間が波状に崩れる。タクシーの内部は崩壊寸前だ。
「L!このままじゃ……」
「落ち着いて。脱出ルートはここしかない」
Lは指先でコンテナを操作し、空間の変化に合わせて滑空するように進む。
ついにナノライド・タクシーの出口が見えた。外の光が淡く差し込み、縮小空間の歪みが解消される瞬間だ。
「ここだ」
Lはコンテナを抱え、微細な空気圧を使って最後のジャンプを決める。
ミラは息を切らしながらも笑顔になる。
「すごい……L、やっぱりあなたは……!」
Lは軽く微笑み、コンテナを掲げた。
「結果を見れば分かる」
タクシーAIは最後の抵抗を試みるも、空間の崩壊により機能停止。ナノライドは元のサイズに戻り、完全に静止した。
「やった……脱出成功ね」
ミラは腕を組み、興奮を隠せない様子でLを見つめる。
「君の複製装置がなければ、ここまで来るのは不可能だった」
Lは静かに告げる。
「ナノ空間の特性を利用しただけさ」
ミラは顔を赤くして言う。
「もう……Lったら、褒め方が上手すぎ!」
外に出ると、夜の都市の光が二人を照らしていた。ネオンが水面のように反射し、未来都市の輝きが広がる。
「さて……この宝、どうする?」
Lはコンテナを軽く掲げ、微笑む。
「挑戦は終わった。次は……君とゆっくり眺めたいかな」
ミラは一瞬固まったあと、息をつき、腕を組み直す。
「……冗談じゃないわよ、L!でも……本当にすごいわ……」
Lはコンテナを抱えながら、未来都市の夜景を見つめた。
ナノライド・タクシーは、今夜もまた、挑戦者の記憶に深く刻まれるだろう。
第四部:夜の都市と余韻
ナノライド・タクシーから脱出したLとミラは、夜の都市の街路に立っていた。
高層ビルのネオンが水面のように反射し、未来的な光景が二人を包む。
「……やっと、普通のスピードに戻ったわね」
ミラは腕を組み、まだ興奮冷めやらぬ様子で周囲を見回す。
「L、本当に……落ちなかったのね」
「落ちる理由がなかっただけ」
Lは微笑むと、コンテナを軽く抱え直した。
「君の装置が完璧だからね」
ミラは顔を赤らめ、少しそっぽを向く。
「褒め方が……あんまり上手すぎるんだから!」
二人の間に、しばしの沈黙が流れた。未来都市の静かな夜風が、ネオンの光を運んでくる。
ナノライド・タクシーの内部で体感した時間の歪みや重力変化、光の迷路の緊張感が、まだ二人の胸に残っていた。
「L……あの空間、ちょっと怖かったけど、面白かったわね」
ミラは思わず笑みを漏らす。
「特に、空間が縮む瞬間、あの浮遊感……」
「うん。面白い経験だった」
Lは淡々と答えるが、目の奥にはわずかに楽しげな光が宿っていた。
「ただ……面白さよりも、君が無事でよかった」
ミラは一瞬、驚いた表情を浮かべる。
「……えっ?」
Lは何も言わず、微かに肩をすくめるだけだった。
宝の入ったコンテナを抱えたまま、二人は街の中心部へ向かう。
「さて……この宝、どうする?」
Lは問いかける。
「君がどうしても持ち帰りたいなら、僕が届けるよ」
ミラは少し考えてから、手を振る。
「いいわ……今回は見るだけで十分。だって、Lが取ってきたんだもの。感動は私だけで味わうの」
Lは微笑みながら、コンテナを軽く指で弾く。
「そうか。なら、記念撮影だけでもいいね」
街路に立ち止まり、二人はナノライド・タクシーを振り返る。
「……あの空間、もう見たくないけど、忘れられないわね」
「うん。僕も忘れない」
そのとき、ミラはふと笑みをこぼした。
「ねえ、L……」
「ん?」
「あなたって、どんな状況でも冷静すぎるわよね。普通の人なら、もうパニックになってるところよ」
Lは少し目を細めて答える。
「それが僕の仕事だからね」
「……仕事、ね」
ミラは少し悔しそうに腕を組み直すが、目は楽しげに輝いている。
「でも、やっぱり……」
ミラは小さくため息をつき、少し照れた様子で続ける。
「一緒にいてくれると、心強いの」
Lは軽く微笑み、ミラの肩に手を添えた。
「そう思うなら、これからも一緒にいよう」
街路を歩きながら、ナノライド・タクシーの縮小空間での経験を振り返る。
「L……あなたって、いつも計算し尽くしてるのね。でも、やっぱり人間味もある」
「うん。それが僕の魅力の一部かな」
ミラは顔を赤らめ、笑顔で肩を叩く。
「……次は、もっとリラックスした挑戦がいいわね」
「そうだね。でも、僕はやっぱり挑戦の方が面白い」
街の灯りが二人の影を長く伸ばす。
未来都市の静かな夜風が、二人の呼吸に合わせて優しく揺れた。
Lはコンテナを抱えつつ、心の中で次の挑戦を思い描く。
ナノライド・タクシーの冒険は終わったが、二人の物語はまだ続く。
「さて……君、今度はどんな挑戦を望む?」
「えっ……それは……」
ミラは一瞬固まったが、すぐに笑顔を取り戻す。
「……あなた次第よ、L!」
Lは微笑みながら、未来都市の光を見上げた。
挑戦も冒険も、そして少しの甘い時間も――
すべては、二人で共有する価値のあるものだった。




