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第26話 ナノライド・タクシー(前編)

第一部:挑戦状と潜入


未来都市の夜は、いつもより濃く、そして静かに光を反射していた。ネオンの明かりが濡れた路面に細かく砕け、まるで星屑の海のように輝く。高層ビルの谷間を吹き抜ける風が、湿った街の匂いを運ぶ。その中で、ひときわ目立つビルの一室に、Lは静かに座っていた。


机の上に置かれた白い封筒。差出人は――シュリンク・モビリリティ社。世界初の「ナノライド・タクシー」の試作型に挑戦しろ、という挑戦状だった。封筒の質感も、紙の香りも、未来技術の会社らしい冷たさを漂わせている。


ミラ・ガーネットは封筒を手に取り、目を輝かせた。

「L……今度の相手、ただの乗り物じゃないわよ。ナノライドって、車内全体を“縮小空間”に変える技術なの」


Lは肩をすくめ、淡々と答える。

「縮小……物理的に?」


ミラは少し顔をしかめる。

「正確には、空間を折り畳むっていうか、ナノレベルで圧縮するの。中に入ったら距離感が狂って、体感的に何倍も長い通路を進むようになるのよ」


Lは机の上で指先を軽く叩き、微笑む。

「面白そうだね」


ミラはため息をつき、腕を組む。

「相変わらず冷静ね……でも、これって危険よ。NanoCore、タクシーのAIが自動防御モードで待ってるんだから」


Lは机の上の封筒を指で軽く弾く。

「僕は泳げないわけでもないし、失敗はしない」


ミラは眉をひそめるが、どこか嬉しそうだった。

「そう……あなたは、いつもそう言うけど、本当にそうならいいわね」


実験場に到着すると、ナノライド・タクシーは黒光りする未来的なフォルムで停まっていた。滑らかな曲線と高光沢のボディに、光が反射して淡く輝く。ドアが静かに開き、タクシーAIの声が響いた。


「乗員の認証を確認しました。目的地、非公開」


Lとミラは車内に足を踏み入れる。初めは通常のタクシーと変わらない空間だが、計器類の光が不規則に点滅しており、どこか神経を刺激する緊張感が漂う。


「L……どうやって中に入るの?」

「まず、AIの視覚と重力制御を分析する」


ミラは装備ケースから道具を取り出す。

「私の複製装置を使うわ。このNanoCoreのセンサーと座席機構を模倣して、動作パターンを再現できるの」


Lは頷く。

「なるほど。君が作ったミラ・コピー装置があれば、僕はナノ空間内でも迷わない」


複製装置はタクシーの計器類に接続され、光の周期、空間圧縮のパターンを解析する。わずかな誤差も見逃さないように、ミラは細かい操作を続ける。


「これで一瞬だけ、重力歪みを無視できる」

ミラはスーツの出力を調整し、ナノ空間潜入の準備を整える。


タクシーが動き出すと、空間が徐々に圧縮され始めた。床の感覚は微妙に変化し、座席の間隔が縮まる。天井はわずかに迫り、光脈が床や壁に走る。周囲の景色は歪み、距離感が狂う。


「L……本当に、これで大丈夫?」

「周期に合わせて動く。AIは完璧じゃない」


Lは光の揺れや重力の微妙な変化を鋭く観察する。

「見て。あの光の揺れ、繰り返している」

「え、どういうこと?」

「NanoCoreは完璧じゃない。この一瞬を狙えば、空間の迷路も突破できる」


二人は息を合わせ、揺れる座席と歪む通路を進む。ミラの装置がセンサーを撹乱し、AIの認識を一瞬止める。タクシー内は静かだが、光と重力の波が二人を包み込み、まるで生き物のように空間がうねる。


Lの目は、光脈の奥に浮かぶコンテナの位置を正確に捉えていた。

「コンテナまではあと少し……」


ミラは息を弾ませる。

「L……緊張する……でも、楽しい!」


Lは微笑む。

「楽しむ余裕があるなら、大丈夫だ」


タクシーのエンジン音はほとんど聞こえない。光の周期と空間の歪みだけが、二人の心拍を高める。縮小空間の迷路の中で、Lの冷静な観察力とミラの道具操作の連携が試されていた。

第二部:縮小空間の迷路とトラップ突破


ナノライド・タクシーの内部は、まるで生き物のようにうねっていた。床が微かに波打ち、壁面の光脈は不規則に変化する。座席間の距離は瞬時に伸び縮みし、重力の微細な変化で方向感覚が狂う。


「……L、これ、本当に歩ける?」

ミラは手元の複製装置を操作しながら、小さく息を吐いた。


「歩く必要はない。AirHopで空間の波を滑る」

Lは言うと、微弱な空気圧で床面を押し、まるで波に乗るように進み始めた。


AI「侵入者を検知。防衛モード起動」

タクシー内部の光が一斉に点滅し、圧縮空間の一部が急激に収縮する。通路が突然細くなり、床が高く上がる。ミラは驚いて装置を操作する。


「L!床が……」

「大丈夫。AIは一定の周期で制御している。狙い目はこの瞬間」

Lは微妙に身体を傾け、空間圧縮の波を正確に読み取る。床が最大に収縮した瞬間、彼はAirHopを発動。短距離で加速し、収縮エリアを飛び越える。


「ふぅ……危なかった!」

ミラは小さく声を漏らすが、すぐに笑顔になる。

「L、すごい……やっぱりあなたの観察力は別格ね」


次に待ち受けるのは、光の迷路。タクシー内部の通路全体に、光の柱がランダムに浮かび、触れるとAIが感知して防御モードが作動する仕組みだ。


「ここは……光の迷路か」

Lは冷静に分析する。

「パターンはランダムじゃない。光の揺れ方に周期がある」


ミラは装置で光脈を複製し、AIの感知範囲を擬似的に作り出す。

「このパターンなら、どの道が安全か分かるわ」


二人は光の柱の間を、まるでゲームのステージを進むかのように滑る。Lは体の傾きと重力の微調整で空間の歪みを利用し、光の柱をかわす。ミラも複製装置を操作し、AIの予測センサーを撹乱する。


「よし、あと少し……」

Lの視線は前方に浮かぶコンテナを捉えていた。


突如、通路の床が透明になり、下に深く伸びる空間が見える。ナノ空間の演出で、落下すると“永遠に迷路内をさまよう”かのような感覚に陥る仕掛けだ。


「わっ……!!」

ミラは思わず手すりにしがみつく。


「落ち着いて。重力の変化を逆手に取る」

Lは床の透明部分にAirHopの足場を瞬時に作り、まるで滑空するかのように進む。


「す、すごい……L、本当に落ちないのね!」

「落ちる理由がないからね」

Lの声は冷静そのものだ。


やがて、空間の圧縮が最大に達するエリアに差し掛かる。コンテナは、空間の歪みで遠くに浮かんでいるように見えるが、実際にはLの計算通りの距離だ。


「ここが勝負のポイントだ」

Lは微妙な重力差と光の周期を読み取り、ミラに指示を出す。


「ここでAirHopを二段階に切り替えて、NanoCoreの投影を利用する」

ミラは頷き、装置を調整する。


タクシーAIは、侵入者を捕らえようとナノ空間の床を動かし、圧縮と拡張を繰り返す。だが、Lはすべて計算済みだ。空間の“うねり”に合わせ、瞬間的にAirHopを発動。


床を飛び越え、空間の最深部にあるコンテナまで一気に到達する。


コンテナの直前、AIが最後の防衛策を展開する。光線と圧縮壁が交互に現れ、触れるとコンテナにアクセスできないようになっている。


「ここまで……」

Lは微笑む。

「一瞬だけの“隙間”がある。そこを狙う」


ミラは息を呑む。

「L……もうどうやって?」


「光線と圧縮壁は完全に同期していない。周期の微妙なズレを見逃さなかっただけ」

Lは瞬時に足場を作り、コンテナへ滑り込む。


「着いた……」

Lの手には、宝の入ったコンテナがしっかりと握られていた。


ミラは拍手を送り、目を輝かせる。

「……L……あなた、本当に信じられないわ」


「信じる必要はない。結果を見れば分かる」

Lはコンテナを軽く掲げると、ナノ空間の圧縮が徐々に解放され、タクシー内は通常の広さに戻っていった。


タクシーAIは静かに声を発する。

「侵入者、検出……失敗」

ナノライド・タクシーの内部は、静寂と微かな振動だけが残る。


「これで……挑戦終了ね」

ミラはほっと息をつき、Lに微笑む。

「本当に、あなたって……」


Lは無言で宝のコンテナを抱え、車内の窓から夜景を見つめる。光と闇が交錯する未来都市。


「……さて、次はどうやって脱出するか」

Lの目には、まだ終わらない戦いを楽しむような光が宿っていた。



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