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第22話 深海輸送船 (前編)

深海輸送船 Leviathan

― 前編:胎内への潜入 ―


深夜の海は、地上の光を拒むように黒く静まり返っていた。

波間を漂う一隻の小型潜水艇。その内部で、ミラ・ガーネットは緊張で肩を強張らせていた。


艇内のオレンジライトが、膝の上で組んだ両手を照らす。


「……ねぇ、L。まだ降りるの?」

ミラの声は震えていた。


潜水艇の前席に座る男──怪盗Lは、計器を読みながら当然のように答える。


「うん。誘導ビーコンが“深海六千”地点へ向かえって言ってる」


「だからって普通に行かないでよ! 深海六千って、生き物の声なんて全く聞こえない世界よ!? ……なのに、さっきから変な音するんだけど……」


ゴォォォォォォン……


潜水艇の外殻を震わせる低周波音が響く。

金属音ではなく──“生物の咆哮”のような音だった。


Lは軽く首を傾けた。


「音波推進の信号だね。クジラの歌に似てるけど、もう少し情報量が多い。……多分“会話”だよ」


「会話って……誰と!? 何と!? 生き物ならこんな深さで全身つぶれてるわよ!?」


ミラはオーバーリアクション気味にLの制服を掴んだ。


Lは涼しい顔のままだ。


「ミラ、大丈夫。少しくらい圧力があっても死なないよ」


「Lはいつも落ち着きすぎなの!!」


彼の落ち着きは、ミラにとって時に救いであり、時に恐怖だ。

深海へと沈むほど、周りの世界は静かになる。

だがその静寂の向こう側から、“何か”が確かにこちらを呼んでいた。


そして──暗闇の底から巨大な影が現れた。


◆ Leviathanとの邂逅


潜水艇のライトが、闇の中の“それ”を照らす。


「ひっ……!」


ミラの声が漏れた。


そこにいたのは──

クジラの形をした、全長数百メートルの巨大な“船”だった。


ただし、通常の船と違う。

表面は金属でありながら、筋肉のように波打っている。

青白い光が表面を流れ、まるで“血管”があるかのように脈動していた。


Lが静かに言った。


「深海輸送船 Leviathan……。生体金属で覆われた、世界最大の“生きている輸送船”だ」


「生きて……生きてるって何!? L、今動いたわよね!? 呼吸してるわよね!? あれ呼吸よね!?」


「いや、あれは水圧制御の脈動だと思うよ」


ミラが悲鳴を噛み殺していると、潜水艇の前方で Leviathan がゆっくりと“口を開いた”。


腹部にある巨大な吸入口──きっと輸送用のハッチなのだろう。

だが今は完全に“捕食者の口”にしか見えない。


「……飲み込まれる……」


ミラが青ざめる。


Lはいつもどおり、淡々とボタンを押した。


「入るよミラ」


「いやぁぁぁぁぁぁああッッ!!」


◆ Leviathan 胎内


吸い込まれた潜水艇は、柔らかな壁に包まれるように停止した。


壁は赤黒く、湿度が高い。

ゆっくり脈打つその動きは、まさに“生き物”そのもの。


ミラは震えながら辺りを見回す。


「ここ……絶対……絶対に胃の中……!!」


「大丈夫。酸はないよ」


「問題はそこじゃないの!!」


Lは潜水艇のハッチを開けた。


ミラは慌てて留めようとする。


「開けるつもり!? ほんとに!? 絶対あれ粘膜よ!?」


「うん。でも危険な粘膜じゃないよ。人工筋組織だ」


「粘膜って言ってるじゃないそれ!!」


しかし、Lの足は既に“胎内”へ踏み出していた。


ミラも仕方なく後を追う。

膝が震えているのが自分でも分かる。


◆ Leviathan の声


そのとき──空気が震える。


低周波音が人間の言語へ変換されて響いた。


『ようこそ──怪盗L。

   そして……生命反応の強い少女よ』


ミラは飛び上がった。


「しゃ、喋ったぁぁぁぁぁ!!」


「うん、音声変換だね」


「そういう問題じゃないの!!」


声は続ける。


『我は Leviathan。

  深海と共に歩む“生体機械”。

  貴殿の侵入、心より歓迎する』


ミラは震えながらLにしがみつく。


「L! 帰ろ!? ねぇ! 生きてる船って何!? 魔女の館より怖いわよこんなの!!」


「うん、怖いね」


「全然怖がってない顔で言うな!!」


Lは Leviathan の内部をじっと観察し、壁に軽く触れた。


「鼓動が一定……でも周期に少しノイズがある。

 普通のAIじゃなく、“脳波パターン”を元にした制御だね」


ミラは目を丸くした。


「脳……って、人間の!?」


「多分ね」


ミラは完全に言葉を失う。


◆ Leviathanからの“試練”


Leviathanの声が再び響く。


『怪盗Lよ。

 我が心臓部《Core-Lung》を盗みに来たのだろう?』


ミラがぎょっとしてLを見る。


Lは淡々と答えた。


「うん、そのつもりで来たよ」


ミラは叫ぶ。


「なんで即答なのよ!!」


Leviathanは楽しげに低く笑った。


『ならば……試練を与えよう。

 この体内は常に“変化”している。

 生物のように、そして海そのもののように。

 ──突破できるか、怪盗』


◆ AISONAR 迷路:音波で歪む空間


その言葉と同時に、胎内の壁が脈動を速めた。


通路が曲がり、伸び、縮む。

次の瞬間、巨大な影のクジラが通路を横切ったように見えた。


ミラは悲鳴をあげる。


「幻覚!? 幻覚まで見せてくるの!? Leviathanの中絶対ヤバいわよこれ!!」


Lは影をじっと見つめる。


「……うん、影の方向がおかしい」


「どういうこと!?」


「光源に対して影が逆向き。

つまり幻覚じゃなくて、“音波屈折ホログラム”だよ」


ミラは余計に混乱した。


「何それ!? そんなの分かるわけないじゃない!!」


「音の反射が壁の厚みによってズレてるんだ。

 層が二重になってる部分は通路じゃない」


Lが壁を軽く叩く。

反響音が少しだけ遅い。


「ここが本当の道だよ」


ミラが驚愕する。


「なんで分かるの!? 音だけで!?」


「聞こえるから」


「その返事が一番意味わかんないのよ!!」


◆ Leviathan の圧力変動試練


迷路を抜けると──

次は巨大な円形空間に到達した。


壁からは時折、金属音と“収縮”のうなり。


Leviathan の声が響く。


『Core-Lung を求める者よ。

 ここから先は──深海圧の“鼓動”に耐えねばならぬ』


次の瞬間、

空間全体が“押しつぶされ始めた”。


ミラは蒼白になる。


「うそ……壁が……近づいて……これ、圧壊させる気!? 死ぬ!!」


Lは壁に手を触れた。


「……温度差がある。

 圧力制御バルブがこの方向にあるね」


「何それ!! なんで分かるの!!」


「空気って、温度が高いと左回り、低いと右回りに流れるんだよ」


「また意味わかんない物理の話してる!!」


Lは軽々と狭まる通路に飛び込み、

圧縮タイミングを計算しながら数センチの隙間に身体を滑り込ませる。


ミラは叫びながら必死に追いすがる。


「ちょっ、ちょっと待ってよL!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」


「大丈夫。圧力差は一定だよ」

「大丈夫じゃない!!」


二人は最終通路へ駆け込む。

壁が背後で閉じると同時に、圧縮音がごうんと鳴り響いた。


ミラはへたり込む。


「……っ、もう無理……心臓止まる……」


Lは息も乱していない。


「あと少しだよ」

「あなたの基準で“少し”は信用できないのよ!!」


◆ Core-Lung の前へ


通路を抜けた先──

そこは静かな青白い空間だった。


中央には“脈動する光の球体”が浮かんでいる。


鼓動のように光が収縮し、淡くまた広がる。

ただの機械ではない。

息をしている。

感じている。


ミラは声を失う。


「……きれい……」


Lは球体をじっと観察した。


「これが Leviathan の心臓……《Core-Lung》」


その胸元へ手を伸ばそうとした瞬間──

Leviathan の声が、今までとは違う震えを帯びた。


『怪盗L……

 本当に……盗むのか?』


ミラの肩が震える。


「……え……なんで……そんな声……」


LはCore-Lungの“鼓動パターン”を読みながら呟く。


「……この脈、感情がある……?」


ミラがひきつった声を上げる。


「え……え……え……? えっ……?」


そして──


Lの目に、一瞬だけ“何かの確信”が宿った。


その直後。

空間が低く悲鳴のような振動を起こし、灯りが強く脈動する。


ミラが叫ぶ。


「L!! Leviathanが……何か……怒ってる……!!」


LはCore-Lungから手を離し、低く呟いた。


「うん。……分かったよ、Leviathan」


ゆっくりと振り返る。


「君の“秘密”が」


──そこで前編は幕を閉じる。

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