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第21話 重力反転エクスプレス(後編)

球体車両に足を踏み入れたとたん、

 ミラは全身をつり上げるような感覚に襲われた。


「う……うそ……これ、全部“中心”に落ちてる……?」


 床も壁も天井も、等しく中心へ向かって傾斜している。

 中央には黄金の球体金庫が、まるで心臓のように脈をうつ重力場の中で浮いていた。


 Lは数歩進んだだけで、すぐに歩みを止める。


「重力、強いね。中心に向かって2G……いや、もっとある」


「無理よL……! これ以上進んだら、体が引きずられちゃう……!」


 ミラの声は恐怖よりも、焦燥で震えていた。

 しかしLは淡々と答える。


「ミラ。さっき言った“癖”のこと、覚えてる?」


「アポジー博士の癖……? 計測機器の初期値? えっと……」


「そう。それがヒントなんだ」


◆金庫の秘密:重力の“ズレ”


 Lは金庫を指差した。


「重力核って、本来は“上下左右、完全な均衡”が基本なんだ。

 でも——アポジーはよく、初期値の残留を見落とす」


「つまり……最初の重力の向きが、残っちゃってる……?」


「そう。中心に向かってるようで、実は“少しだけ東にずれてる”。

 だから……金庫へ一直線に入ろうとすると、重力に引き込まれる」


 ミラは息を呑んだ。


「じゃあ……どうするの……?」


「重力の斜面を“滑る”」


「すべる!? 重力の“吸い込みの上”を!? それ物理的に無理じゃ……!」


「物理は裏切らないよ。扱う人間が裏切るだけ」


「名言ぽいけど褒めたくない!!」


◆重力斜面を滑る怪盗


 Lはミラが作った足先の“即席重力センサー”を確認し、

 斜め方向の微細な揺らぎを読む。


 そして、斜面に足を置いた瞬間——


 滑った。


 雪山のスキーのように、重力のくぼみに沿って。

 中心に吸い込まれる力を横へ受け流しながら、

 まるで“重力自体がLを運んでいる”かのようだった。


「ちょ……えっ……えぇーー!?

 L!? なんでそんな滑れるの!?

 今あなた、物理法則の上で踊ってるわよ!!」


 斜面の端をぎりぎりで踏み、Lは金庫へ接近する。


「ミラの靴、いいね。光の向きが正確だ」


「それならもっと褒めていいんじゃない!!?」


 しかし、中心に近づくほど、重力は増す。

 身体が沈むように引きずられ、皮膚が圧縮される。


「っ……!」


 ミラは見逃さなかった。


(L……今、少し苦しそう……!)


 でも——倒れこむ気配はない。

 苦しそうでも、焦っても、Lは姿勢を崩さない。


(これ以上……負担をかけられない……!)


◆ミラの賭け:即席〈重力反射板〉


 ミラの脳裏に、反転区画で見た装置の構造がよみがえる。


(重力の向きを変える板……! 本物ほどじゃなくても、

 一瞬だけ向きを変えられれば……!)


 ミラは工具を取り出し、

 その場で床のパネルを引き剝がし、

 中の配線を模倣して簡易“重力反射板”を作り始めた。


「ミラ、無理は——」


「無理しなきゃ追いつけないでしょ!!

 はい!! 行くよ!!」


 ミラは反射板を床に叩きつけた。


 ——重力の向きが、一瞬だけ横へ“揺れた”。


 その瞬間、Lは身体の重さを利用し、

 わずかに跳ね上がるように金庫の足場へ飛ぶ。


 金庫の真下。

 最も重力の強いポイントに、Lは立った。


「ミラ。助かった」


「そ、そんな余裕ありそうな声で言わないで!!

 早く終わらせて帰ってきて!!」


◆金庫開錠:極小重力の“癖”


 Lは金庫に手を添え、その内部で脈動する重力を読む。


(やっぱり……残留重力がずれてる。

 東1.4度、北へ0.3度……)


 重力の揺れを感じ取り、Lは金庫表面の“小さな溝”を押し込む。


 ——カチャ。


 次に、底部の球面にそっと重心を傾ける。


 ——カン。


 最後に、金庫内部の重力が“均衡に戻る瞬間”を読み切り、

 鍵穴のように見える部分を押し込む。


 ——パシュウウウ……


 金庫がゆっくりと開く。


 中から現れたのは、

 球状の光を放つ《重力核グラビティ・コア》。


 その光は呼吸しているかのように脈打っていた。


「……取ったよ、ミラ」


「よ、よし……! 帰ろう……今すぐ!!」


「うん。じゃ、逃げよっか」


◆アポジーとの対話


 だがその時——

 車内スピーカーから、くぐもった声が響いた。


『いやぁ……見事だ怪盗L。

 君は私の期待を、ゆうに超えてくれた』


「アポジー博士……!」


 スピーカーから聞こえる声は、感嘆と喜びに満ちている。


『私はね、怪盗L。

 君ならば私の“究極の重力空間”をどう攻略するか……

 それを知りたかったのだ』


 ミラは叫ぶ。


「いい迷惑よ!! あんたの実験に付き合ってあげた覚えは——!」


 しかしアポジーは続けた。


『逃走ルートも、もちろん用意してある。

 だが——最後に、たった一つだけ見せてほしい。

 “重力反転”が列車全体で同時に起きた場合……

 君はどう対処する?』


 ミラは青ざめる。


「ぜ、全体……? さっきみたいな反転が“列車全部”で起きる……?」


「ミラ、しゃがんで」


「え?」


 次の瞬間——


 列車が、ひっくり返った。


 天地が、前後が、左右が全部——一瞬で反転した。


 ミラは叫ぶ暇もなく、Lの腕に抱えられた。


 Lは反転の“揺らぎ”を感じ取り、正しい方向へ身体を傾ける。

 ミラを守るように、すべての重力の向きを読み切って。


(うそ……こんなの……

 人間が感じられるレベルじゃ……)


 やがて重力が落ち着く。


 スピーカーから、満足げなため息。


『……完璧だよ、怪盗L。

 ありがとう。もう何も言うまい』


 通信が途切れた。


◆脱出:最後のトリック


 列車は最終区画へ入り、減速を始める。


 前方には“保守用リフター”が宙に固定されていた。

 Lはそれを見つけ、ミラの手を引く。


「ミラ。あれに乗るよ」


「え!? あれ、ただの浮遊足場でしょ!?

 列車が突っ込んじゃう!!」


「その前に飛ぶんだ。重力核を使って」


「重力核……?」


「これは重力の“偏り”を作れる。

 つまり……あっち側を軽くできる」


 Lは重力核を起動し、リフター側の空間を“軽く”した。


 列車が通り過ぎる瞬間、

 二人は吸い込まれるようにリフターへ飛ぶ。


 数秒後、列車が轟音とともに通り過ぎた。


 ミラはしばらく言葉を失い——

 やがて、Lの袖をぎゅっと掴んだ。


「……怖かった。途中……ほんとに……」


「うん。僕も少し焦ったよ」


 ミラは驚いて顔を上げる。


「……今、焦ったって言った?」


「うん。重力全反転はさすがに予想外だった」


「あなたでも……焦るんだ……」


「焦るよ。ミラが怪我しそうな時はね」


 ミラの顔が一瞬で真っ赤になった。


「な、なにそれ……! そういうのは……

 最後にもっとカッコいい言い方で言って!! バカ!!」


「そう? 言い方難しいなぁ」


「難しくない!!」


 ふたりの軽口が夜空に消えていく。


 遠くで重力反転エクスプレスの光が、

 ゆっくりと軌道の彼方へ消えていった。

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