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第20話 重力反転エクスプレス(前編)

 夜の都市を、一本の光が貫いていた。

 高層ビル群を縫うように走る、銀色の「軌道」。

 その上を、巨大な弾丸列車が音もなく走り抜ける。


 重力反転エクスプレス。


 世界で唯一、重力工学を移動体に応用した“実験運転列車”だ。

 作ったのは、重力波理論の第一人者 Dr.アポジー。

 噂によれば、この列車には“とんでもない宝”が積まれているという。


 ミラは巨大パネルに映し出された列車を見上げ、両肩を震わせていた。


「L……やめよ? これ絶対やばいタイプのやつよ?

 だって動いてる! 止まらない列車よ!? 私たちどうやって乗るのよ!?」


 隣で怪盗Lは、淡々とした声で答える。


「乗るよ。招待されたからね」


「招待……してほしくなかった!!」


 ミラは両手で顔を覆う。

 だがLは手に持った封書をすっと掲げた。


 黒い封筒、金の封蝋。

 差出人は——


〈Dr.アポジー〉


 封書にはこう書かれていた。


『怪盗Lへ。

 私の作った“完全重力制御システム”の価値を証明したい。

 重力反転エクスプレス最終車両にある《軌道重力核》を盗めるなら盗んでみたまえ』


 ミラは手紙を読み終えた瞬間、苦い顔をした。


「……挑戦状じゃない。完全に“実験体にされてる”じゃない。

 L、こんな危険な列車にわざわざ乗る理由なんて——」


「宝があるからね」


「うわ、シンプル……!」


 Lは淡々と指を鳴らす。


「じゃ、行こうか。列車がこの区画を通るのは……あと17秒だ」


「えっ、えっ!? どういう計算!? 早いって!!」


 しかしミラが慌てる暇はなかった。

 ビルの影から、巨大貨物ポッドが滑るように移動してくる。

 これは高速輸送ドローンの一種で、軌道列車と“すれ違い”ながら荷物を交換するものだ。


 Lはケーブルを投げ、ポッドの側面に着地する。

 ミラも必死にしがみついた。


「ちょっと! これ列車と衝突する距離じゃない!?

 近い、近い!!」


「大丈夫。最接近は0.2秒だよ」


「ぜんっぜん大丈夫じゃない!!」


 上空から見下ろす都市の風景。

 目の前の軌道を、重力反転エクスプレスが光の矢のように近づいてくる。


 ミラの心臓は破裂しそうだった。


「L! これ乗るってどうやって——」


「こうやって乗る」


 Lはポッドが列車と並んだ瞬間、重力場の“エッジ・フェザー”を読んで跳び込んだ。

 ミラは悲鳴を上げながら、それに引きずられるように車体へと飛び移る。


 ——そして、二人は無事、列車内部のハッチへ転がり込んだ。


「はぁ……はぁ……死ぬ……死ぬと思った……!」


「うん。でも乗れたね」


「うん、じゃない!!」


 ミラがLの胸ぐらを掴もうとした時、重厚なハッチが自動的に閉まり、

 列車の内部が薄暗く照らし出された。


 そこは広い貨物車両——

 しかし床も壁も天井もない。

 全ての貨物が、宙に浮いてゆっくり回転していた。


◆第一車両:無重力貨物迷路(0Gゾーン)


「え、え、なにこれ……!?」


 ミラは宙にふわっと浮き上がった。


 箱も、工具も、金属板も、すべてが空中に漂っている。

 標識ひとつとして“上”を示すものはない。


「ここ……完全に無重力……?」


「うん。0Gだね」


「そんな軽く言わないで!」


 ミラは天井に頭をぶつけ、バタバタと回転した。

 それを横目にLは無言で壁のパネルに触れ、

 貨物箱の“周期的な衝突”を観察している。


「……重力エンジンの振動が周期を作ってる。

 箱が“上に溜まる”区間があるね」


「た、たまらないで! 説明して!!」


 Lはミラを軽々と引き寄せ、そのまま腕を掴んで箱の群れをすり抜ける。

 箱と箱の“間”を歩くように進むLの動きは、まるで重力の存在そのものを無視していた。


 ミラは目を丸くする。


「なんで……方向見失わないの……?」


「浮いてると、物体の“動き方”がヒントになる。

 この列車は完全な無重力じゃない。エンジンの鼓動が周期を作ってるんだ」


「そんなの普通分からないよ!」


「うん。でも僕には分かる」


 (この人、自分では天才って言わないけど、絶対そう……!)


◆第二車両:重力5倍(5G)圧力の間


 無重力の区画を抜けると、突然、空間が重くなる。


 足が床に叩きつけられ、身体が押し潰されるように感じた。


「ぐっ……!? 重い……!」


 ミラは床に倒れ込み、身動きが取れなくなる。


「ここは……重力5G……!? こんな……歩けない……!」


 Lもゆっくりと腰を落とし、呼吸だけで体勢を保っている。


 その時、金属の足音が周囲に響いた。


「な、なに……?」


 可動部が反逆関節になった、特殊ドローンが現れた。

 5Gの圧力下でも軽々と動く異様な機体。


「重重力対応ドローン……!

 これ動けるの!? だってここ5Gよ!?」


 ドローンがミラへと迫る。

 ミラは必死に手を伸ばすが、指一本さえ動かない。


「ミラ、目閉じてて」


 その声は静かだった。


 次の瞬間、Lは“わずかに反重力が緩む瞬間”を踏み込み、

 5Gドローンの膝裏に手を当て、力を流し込む。


 ——ドン!


 ドローンは床に沈み込むように転倒した。


「えっ……倒した……?

 こんな重力の中で……?」


「5Gだと、関節の動きが重くなる。

 その“重さの差”のせいで、立つより倒れる方が速いんだ」


「理屈は分かるけど……分かるけど!!

 実際にやるのは無茶すぎる!!」


 しかしLは涼しい顔で進む。


「行こう、ミラ。次はもっと危ない」


「もっと!?」


◆第三車両:重力反転ホール(上下左右回転)


 次の車両に足を踏み入れた瞬間、

 空間そのものがぐにゃりと歪んだ。


 ——床が、天井に“跳ね上がる”。


「ぎゃあああああああああ!!」


 ミラは宙へ。

 Lはすぐに壁を蹴り、空中で姿勢を整える。


 そして理解する。


「重力反転……周期は2.8秒……」


 上下が逆に、右が左に、前が天井に。

 空間が“入れ替わる”たび、物体も身体も投げ出される。


「む、無理……これ無理!!

 L、重力がおかしい!! 床どこ!? 天井どこ!? 私どこ!!?」


「だいたい合ってるよ」


「合ってない!!」


 ミラは壁に激突しそうになりながら叫んだ。


「これもう……人間の通る場所じゃないよ……!」


 その時、ミラの目があるものを捉えた。


——無重力区画で見た“重力測定ユニット”。


 あの時、ミラのイミテート能力はすでに働いていた。


(あれ……中の回路……なんとなく覚えてる……

 構造だけ……なら、たぶん作れる……!)


 ミラはカバンから小型ツールを取り出し、

 短時間で“外観だけ模倣した”簡易装置を組み上げる。


「L!! これ!!」


 投げ渡されたのは、靴の甲に装着できる小さなモジュール。


「……重力方向の“予兆”を可視化したの?」


「う、うん……! 外装と回路配置だけ真似したの……!

 多分すぐ壊れるけど……一瞬くらいなら……!」


 Lはミラを見て、ほんの少しだけ口元を緩める。


「……ありがとう。便利だよ」


「その言い方ほんとにやめて!!」


 次の瞬間、重力が横へ90度回転——

 しかしLはまるで“分かっていたかのように”壁を踏み、

 その先の天井(のちに床になる場所)へ滑るように移動した。


 ミラは叫びながらも必死でついていく。


「L待って!! 早い!!

 重力なんで予測できるのよ!!」


「ミラの装置が優秀だからね」


「褒め方が雑!!」


 だがそのモジュールは確かに、

 “重力が変わる前の揺らぎ”を光の向きで示していた。


 Lはその光を頼りに、反転の瞬間にだけ動く。

 その動きはまるで、重力と踊っているようだった。


 やがて二人は反転空間を突破し、

 次の区画へとたどり着く。


◆外壁:時速800kmの上を歩く


 通路は途切れ、床には巨大な穴が開いていた。


「……え?」


 穴の先は、空。

 そして、時速800kmで吹き荒れる暴風。


 Lが淡々と言う。


「外壁を通って迂回するルートだね」


「外!? 外ってさっきの列車の“外”!?

 時速800kmのあれ!? 無理無理無理無理!!」


「大丈夫。風は列車の“流線形”に沿ってるから、

 一部は静かな場所があるんだ」


「そんなの見れば分かるみたいに言わないで!!」


 Lは風の流れを観察し、

 列車が微かに蛇行する“ヨーイング”の周期を読んで一歩踏み出す。


 ミラは絶叫しながら手を繋がれた。


「ひぃぃぃぃぃ!! お、落ちる!!」


「落とさないよ」


「言い切ったぁぁぁぁ!!」


 しかしLは本当に落とさなかった。

 まるで列車と一体化するように外壁を歩き、

 暴風と速度の死角を選んで進む。


 やがて、次のハッチへ到達する。


 ミラはへたり込み、涙目になった。


「むり……もうむり……私……帰りたい……」


「うん。でもまだ続くよ」


「聞いてない!!」


 ハッチが開き、巨大な球体空間が姿を現す。


◆最終車両直前:球体重力迷宮の入口


 球体内部の中心には、金色の球体金庫が浮かんでいる。

 しかし重力は“中心へ向かう”ように設計されており、近づくほど引き込まれる。


 ミラはその異様な光景に息を呑んだ。


「……これ……どうやって……近づくの……?」


 その問いに、Lは少しだけ眉を上げて答える。


「……多分、アポジーは“ある癖”を治してない。

 それが、この金庫にも表れてる」


「癖……?」


「うん。彼は計測機器の初期値をリセットし忘れるんだ。

 つまり……この重力、完全じゃない」


 ミラは絶句した。


 そして——ここで前編は幕を閉じる。

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