第2話 ミラと出会った日
昼下がりの街角に、怪盗Lは静かに佇んでいた。スーツはシンプル、黒のマントは肩に軽くかかる。誰も彼の存在に気付かない――そのはずだった。だが、その日は違った。
「……あの人、変わった格好ね」
声に気づき、Lは軽く視線を横に向ける。そこに立っていたのは、一人の女性だった。工房帰りらしく、作業服のようなものを着ている。目が合った瞬間、彼女はまっすぐに歩み寄ってきた。
「あなた、怪盗L……?」
その言い方には好奇心と少しの警戒心が混ざっている。Lは、相手が自分の名前を知っていることに興味を覚えた。
「そうだ。君は?」
「ミラ・ガーネット。私、あなたを手伝えるかも……」
彼女の口元には自信の微笑みがある。Lは眉一つ動かさず、ただ黙って観察した。初対面での警戒心は不可避だ。しかし、彼女の目にある“何かをコピーできる”能力の閃きに、Lの頭の中で計算が走った。
「……手伝う?」
「ええ、私は模倣が得意なの。機械や道具なら、目の前にあるものをそっくり作れるわ。ただし、芸術品や希少品は無理。性能を改良することもできない。でも、正確に複製することはできるの」
Lは頷く。完璧だ。これは単なる偶然の出会いではない――次の仕事で必要になる人材だ。
「わかった、協力してもらう」
ミラは小さく頷き、少し照れたように笑った。その笑顔を見て、Lは言葉を発さなかった。ただ、彼女を“一般人代表”として連れて行くことを決めたのだ。
その日の依頼は、近くの博物館にある最新鋭の展示品の調査。警備システムは複雑だが、Lにとっては退屈な遊びのようなものだった。
「あなた、本当に何も怖がらないのね」
「僕は恐怖を感情として感じることが少ないだけだ」
ミラは軽くため息をついた。普通の人間ならば、あの警備を前に尻込みする。しかし、Lは静かに展示室に足を踏み入れる。
展示室には最新型のセンサーが天井から床まで張り巡らされている。光学式、熱感知式、圧力センサー……あらゆる防御が設置されていた。しかし、Lの目にはそのすべてが“パズル”に見える。
「これを、どうやって突破するつもり?」
「観察だ。急がない」
Lはまず、室内を歩きながら、センサーの感知範囲を測り、機械の動作パターンを記憶する。ミラは彼の後ろで見守るだけだ。
「……すごいわ、まるで魔法を見ているみたい」
「魔法ではない、科学だ」
小さな展示台の上に置かれた模型を、Lは指先で軽く触れる。微細な振動でセンサーを欺き、そしてミラに手を向けて小声で指示を出す。
「ミラ、複製品を作ってくれ」
ミラは頷き、手早く模型をコピーする。材料はすぐ手に入るものばかりで、性能の改良も不要だ。彼女の手元で、精密な複製品があっという間に完成する。
「よし、これで突破可能だ」
Lは複製品を設置し、センサーが反応する瞬間を計算する。タイミングを正確に合わせ、展示室の真ん中に忍び込む。目標の展示品は、複製品によってセンサーを欺かれた瞬間、彼の手元に滑り込む。
「終わった……」
展示室を出た瞬間、ミラは拍手をして笑った。
「やっぱり、あなたは怪盗なのね。科学を使って“魔法”を再現するなんて」
Lは微笑まず、ただ展示品を手に持ち、静かに答える。
「遊びはこれからだ」
ミラは胸を高鳴らせながらも、少し不安げに彼を見た。次の仕事、次の挑戦……。彼女はまだ、怪盗Lという男の全てを理解していないのだ。




