第15話『招待 ― 監督の影』
第1章『招待 ― 監督の影』
怪盗Lが依頼を受けたのは、薄い雨雲が街を覆い始めた夕暮れだった。
古い木箱に入れられた手紙がアジトに届けられ、Lは無言でそれを開いた。
——挑戦状。
差出人は、黒影ルミナス。
ミラ・ガーネットが工具箱を抱えて飛び込んでくるのは、その数分後だった。
「L! どうして黙ってるの、すぐ読んだほうがいいよ! だって、これ……黒影ルミナス監督のサインだよ!? 本物の、しかも初期の筆跡!」
ミラは息を切らし、封筒を奪い取るように掴んで震えた指でなぞる。
「君のほうが話が早そうだな。誰だ、それは」
「世界のホラー映画史を変えた人だよ!? 『五感ノ幽都』を観たことないの?」
「観ていない」
「なんで……!?」
ミラはオーバーに肩を落としたが、すぐに興奮を取り戻し、Lの机に広げた手紙を覗き込む。
手紙には、乱れた筆跡でこう記されていた。
『——怪盗Lよ。
あの映画を“子供騙し”と笑った世界に告ぐ。
私は五感の恐怖を、再び証明する。
この館に来い。
私の“新作”の主役に、お前を選ぶ。
演出の結末を奪ってみろ。』
Lは目を細め、封筒の裏に記された地図に目を向けた。
「……本気らしいな。館の場所がわざと曖昧に描いてある。迷わせるつもりか」
ミラは胸元の小さなペンダントをぎゅっと握り締める。ペンダントには『五感ノ幽都』の旧式ロゴが刻まれていた。
「L、行こう! 私、ずっとルミナス監督の映画に憧れてたんだよ。あの人の映画を観て、メカニックになったの。五感を刺激する演出装置を自分でも作りたくて……!」
「今回は遊びではない。監督の館を調査し、宝を奪うのが依頼だ」
「わかってる。でも……どうしても行きたい」
珍しく真剣な目で言うミラに、Lはわずかに息を吐いた。
「君が必要になるかもしれない。監督の“仕掛け”は、独創的だろうからな」
「……じゃあ、一緒に行けるの?」
ミラの声は期待で震えていた。
「ああ。ただし、危険がある。軽率な行動は避けろ」
「うん! 任せて!」
ミラは弾むように工具ケースを詰め始めた。Lはコートの襟を正し、夜の街へ出る準備を整える。
雨はいつの間にか止み、霧がゆっくりと街を包んでいた。
◇
館は丘の上に建っていた。
巨大な石造りの門。鉄の装飾。朽ちた蔦。
ミラは興奮を押し殺せず、目を輝かせる。
「わ……映画そのまんま……! 『五感ノ幽都』のラストで主人公が迷い込む“幽霧の街”のセットっぽい」
「観ていないと言っただろう」
「今度観よう? 絶対後悔しないから!」
Lは門の錠前を調べ、軽く触れただけで鍵は外れるように開いた。
そこからは、濃い霧が吐き出される。
ミラは喉を鳴らす。
「これ……本当に映画の再現……。あの霧、冷たくて硬い感じ……生きてるみたいで……!」
「霧はただの水分だ。硬くはない」
「L、もっと雰囲気を感じようよ……!」
Lが門を押すと、閉ざされた館の庭が現れた。
空気はねっとりとして、霧の合間にわずかに光が波打つ。
そのとき、館全体のスピーカーから低い声が響いた。
『歓迎しよう、怪盗L。
そして……私の映画を愛してくれた、小さな観客よ。』
ミラは息を呑む。
「監督……!」
『この館は、私の代表作“五感ノ幽都”を軸に、新たな恐怖を組み直したものだ。
五感を研ぎ澄ませ。感じろ。
ここで恐怖した瞬間——それこそが、私の映画の復活だ。』
Lは冷静に霧の粒子密度を分析する装置を起動しつつ、言った。
「目的は挑発か。それとも実験か」
『ふふ……物語の“起”は始まったばかりだ。
さあ、主役よ。進め。』
声は笑いを含んだまま、霧に吸い込まれて消える。
ミラはその場に立ち尽くした。
「……L、本当に始まっちゃった……。監督の、あの声……映画のコメント特典と同じ声だよ……!」
「喜んでいる暇はない。ここから先は、監督の仕掛けだらけだ」
「うん……わかってる。けど……嬉しいんだ。私、本当にこの人の映画が好きで……」
そのとき。
霧の奥、館の扉が“自動的に”ゆっくりと開く。
まるで観客を劇場へ迎え入れるように。
『——起の間へ。
目を開けて、よく見ることだ。
恐怖は最初、光の形で現れる。』
Lは足を踏み出し、ミラはそれに続いた。
暗い廊下の奥で、影がゆらめいた。
怪盗Lの新たな舞台が、幕を開けた。




