第14話 未来予知企業
夜の街にそびえる黒い塔──
オラクル・ネクサス社本社ビル。
「L、本当に行くの? 未来を予知する会社なんでしょ?」
ミラ・ガーネットは不安げに腕を組んだ。
怪盗Lは感情の読めない笑みを浮かべる。
「興味があるんだよ。
“未来の僕を完全に把握したセキュリティ”なんて、
聞いただけでワクワクするじゃないか」
「ワクワクしないわよそんなの……」
二人は夜のエントランスに足を踏み入れた。
無人のロビー。
照明が落ち、白色のラインだけがLの足元へ伸びる。
『怪盗L。あなたの未来行動はすでに解析済みです。
ようこそ、ORACLE-LINK《予測支配空間》へ』
声が響いた瞬間、
床・照明・壁が一斉に切り替わり、
白い無機質な迷路空間が出現した。
「……これはまた、趣味が悪い」
「L、気をつけて! この建物、全部が敵よ!」
2.予測される盗賊
Lが歩み出した瞬間、床が傾く。
「っと」
軽やかに姿勢を保つL。しかし──
『あなたは常に“危険の少ない右側”を選ぶ。
次の一歩は右。よって、右床の摩擦を 32%低下させます』
タイルが滑り台のようにヌルりと変質し、
Lは足を取られかけた。
「未来を見ている、というより……
僕の癖を完全に読んでる?」
『その通り。
あなたの生体データ・過去行動・脳波反応──
全て提供されています』
ミラが息を呑む。
「……誰がそんなの、」
Lが制した。
「言わないでいい。察しはついてる」
(アーサー・ケイン……また君か)
Lの眼が一瞬だけ鋭くなる。
3.未来を制御する迷宮
突如、通路全体が変形し始めた。
天井が降り、壁がせり出し、
Lを“最も行きやすいルート”へ誘導する。
『あなたが本来進む未来を保証します』
「誘導型の未来固定セキュリティか……
本気で僕を“予定通りに動かす”つもりだね」
すると、床のパネルが光る。
『ここでジャンプすると予測済み。
天井を3センチ降下させます』
「ずいぶん過保護だね」
Lはあえて予測通りにジャンプした。
天井は降り、Lの髪がかすめる。
ミラが叫ぶ。
「何してるのL!?」
「未来通りに動くふりをしてるだけさ。
まだ“本命”は見せられない」
オラクル社はLが温存している策略を
“予測不能行動”として警戒し始めていた。
4.未来の唯一解
そして──巨大ホールに辿り着く。
中央に宝が置かれていたが、
ホール全体が常時変形し続けており、
Lの動きに合わせて床が波のようにうねってくる。
『怪盗L。
あなたは、次に“その宝に手を伸ばさない”。
なぜなら、この環境では不可能だから』
「じゃあ聞こう。
僕が宝に触れる確率は?」
『0.00%。
それが、あなたの未来だ』
「なるほど。なら──」
Lはポケットから、小さな装置を取り出した。
ミラが目を丸くする。
「それ……私が作った、あの……!」
《模倣装置:ミスリード・プリズム》
ミラが作れる“唯一の未来撹乱道具”。
オラクル社には未登録の未知データ。
『警告:解析不能の物体を検知。
予測再演算────』
「“未来を知る”ってことはさ……」
Lは装置を放り投げた。
「未知の道具への耐性はゼロ、ってことだ」
装置から反射光が空間に散乱し、
ホールの壁面・床面に淡い光の屈折を発生させた。
5.未来崩壊
ORACLE-LINK の全解析画面が乱れる。
『予測不能行動……データ外……
未来分岐ツリー破損──
行動予測精度:0%──!!』
ミラが息を飲む。
「L……まさか、これを狙って……!」
「未来予測は“過去の延長線”。
未知を混ぜれば、延長できなくなる」
SECURITY MODE
→ FAILSAFE MODE(安全モード)
『緊急措置。
対象の安全確保のため、全セキュリティ解除──』
巨大ホールの動きが止まった。
未来予測ができなくなった瞬間、
施設は“最も安全な状態”に戻るよう設計されていたのだ。
Lは歩く。
普通に歩くだけで、もう妨害は一切ない。
宝に手を伸ばしながら言った。
「予測って面白いよね。
“未来を当てる仕組み”じゃなくて、
“過去に基づく計算”にすぎない」
宝を手に取った。
「過去を壊せば、未来は読めない」
6.脱出と余韻
外に出ると、ミラが心底ほっとした顔で近づく。
「L……あなたって本当に、
人の想像の外側から来るのね」
「褒め言葉だと受け取っておくよ」
「……でも、一つだけ気になるの。
未来予知されたLって……
その、どんな未来だったの?」
Lは軽く肩をすくめて笑った。
「未来なんて、盗むまでもないさ。
僕が決める」
夜風が二人の間を通り抜ける。
ミラは呆れたように笑った。
「もう……最高の怪盗ね」
怪盗Lは宝の重みを確かめながら、
暗い空に視線を向けた。
「そろそろ次の相手が呼んでる気がする」
未来?
そんなもの、彼にとって盗む価値すらない。
彼が歩けば、それが未来になるのだから。
怪盗L、初仕事 ― リアルタイム解析
夜の倉庫街。薄暗い街灯に照らされた黒いコートの青年は、巨大な倉庫の前で立ち止まった。
貼られた紙には、誰宛でもない挑戦状が書かれている。
「この金庫を開けられた者はまだいない。
誰でもよい――真の理解者だけが突破できる」
青年は微かに笑う。
「さて……始めるか」
ステップ1:空間解析
倉庫に一歩踏み入れる。天井から吊られた光学センサーが微かに赤く光る。
青年は床に視線を落とすと、微妙な凹凸と振動を読み取る。
「床圧は1平方メートルあたり最大0.5kg……歩幅は0.45mに固定すれば安全だな」
一歩、二歩……青年の靴底がわずかに床を押す。
センサーは彼を“無害”と誤認する。
「反応なし……完璧だ」
ステップ2:音響解析
巨大金庫の前に立ち、耳を近づける。
内部ギアの微かな回転音が、階段状に共鳴していることを察知する。
「トン……トン……」
「この音の周波数が4.2kHz……ダイヤル3番だな」
青年は歩きながら、足音で微妙な振動を金庫に伝える。
金庫の内部はわずかに揺れ、音の共鳴が増幅される。
「1つ目……」
カチリ。
「2つ目……」
カチリ。
センサーは彼の歩行を泥棒行動とは認識せず、攻撃は起こらない。
ステップ3:最終ダイヤルの精密操作
最後のダイヤル。金庫には微振動を感知するセンサーが仕込まれている。
青年は床を軽く踏み、振動を0.03mm単位で調整する。
「よし……正しい位置に微調整完了」
ガシャッ!
金庫の扉が静かに開く。
宝が彼の手に滑り込む。
「クリア報酬は理解の証……」
ステップ4:偶然の観察者
倉庫の暗がりに、別の若い泥棒が息を潜めていた。
彼は典型的な手法で金庫を叩き、警報寸前。
青年は背を向け、宝をポケットに忍ばせる。
「泥棒らしさゼロ。それが突破の鍵」
少年は目を丸くし、呆然と立ち尽くす。
「……あの人、一体何者だ……」
夜明けの余韻
青年は静かに倉庫を後にし、夜の街に消えていく。
まだ誰も彼を“怪盗L”とは呼ばない――
しかし、この瞬間から、天才的な“理解して盗む怪盗”の伝説は始まった。




