第12話 怪盗L vs 音速の守護者ヘルメス
夜の研究施設は静まり返っていた。
しかし、その静けさを切り裂くように、銀色の球体が高速で走り抜ける。
“ギュオンッ!”
「まただ……!」
監視員が目をこする。
彼の視界にはただ一瞬の光が残るばかり。
その球体こそ——
『ヘルメス』。
直径12cm、重量1.1kgの超高速ロボット。
外装は軽量超合金、内部には短距離加速用の電磁コイルと、
数学者が組んだ“非周期性走行プログラム”が搭載されている。
最高速度は 時速480km。
人間はもちろん、カメラでも捕捉不能。
音速には届かないが、室内を駆けるには十分すぎる速度である。
そしてその内部には——
数学者が用意した「挑戦状の宝」が収納されていた。
第一章 挑戦状
「これは……ヘルメス?」
怪盗Lはミラと共に、封筒の中の資料を見つめていた。
「L。まさか、またこんな危険なものを盗むつもりじゃ……」
「いや。盗むのはロボットじゃない。中身だよ」
怪盗Lが封筒から取り出したのは、一枚の手紙だった。
『怪盗L。
私のロボットは“捕まえられない”ことを数学的に証明した。
反証できるならしてみ給え。
— 数学者 アーネスト』
ミラは眉をひそめた。「また変なのに絡まれてる……」
Lは微笑んだ。「面白くなってきた」
第二章 数学者アーネスト
研究室の奥で、白衣の男が椅子を回転させながら笑っていた。
「来たか、怪盗L。君がどう抗うのか楽しみだよ」
「ひとつ聞きたい。ヘルメスを捕まえる方法は?」
「あるわけがないだろう」
数学者は胸を張る。
■ヘルメスのスペック
最高速度:時速480km
持続時間:45分(高密度コイルバッテリー)
走行アルゴリズム:非周期性疑似乱数行動
動きの特徴:
・直線加速0–100km/h:0.3秒
・方向転換は最小半径20cm
・壁面、床、天井のすべてを走行可能(電磁吸着)
■数学者の対策
動きは“パターンを持たない”よう数学的に構築
Lが予測することを前提にアルゴリズムが自動変化
エネルギー補給ポイントは“存在しない”
(バッテリーは完全密閉式・ワイヤレス給電なし)
破壊しようとすれば自爆して宝を消滅
「さあ、どうする? 怪盗L」
**第三章 Lの挑戦(1)
「補給を断つ」**
Lはまず、施設全体の電力を落とした。
「エネルギー補給はできないはず。
となれば活動時間は45分。
消耗すればスピードが落ちる」
だが——
“ギュオンッ!”
ヘルメスはまるで喜んでいるかのように暴れ始めた。
「L! むしろ速くなってない!?」ミラが叫ぶ。
数学者が笑う。
「言っただろう。補給は必要ない。
電力を落とせば工作機器や罠も使えない。
つまり——君の戦略を潰すための罠だよ」
Lは肩をすくめた。「なるほど。次だ」
**挑戦(2)
「パターンを読む」**
Lは赤外線センサー、音響センサー、
さらに独自の“視線予測アルゴリズム”で
ヘルメスの軌道を追い始めた。
「L、見えてるの?」
「見えない。でも、計算はできる」
床に映る僅かな影、
壁の振動、
風圧の変化——
それらから軌道を推測する。
「来た……!」
Lが跳ぶ。
しかしヘルメスは、彼が軌道を掴んだ瞬間に
プログラムが動きを変更する。
数学者が笑う。
「残念だが、そのロボットのアルゴリズムは
『予測者の干渉』を条件に含む。
君が観測すればするほど、動きは予測不能になる」
つまり、Lが読もうとするほど動きはランダム化される。
ミラが叫ぶ。「そんなのズルじゃない!」
「ズルではない。数学だ」
Lは少しだけ笑った。
「……いいね。じゃあ次の手」
**挑戦(3)
「物理トラップ」**
粘着剤、網、電磁ブレーカー……。
Lは次々と罠をしかけた。
だがヘルメスは、
罠を“視認する前”に軌道を変える。
「……視覚ではなく、センサーの反応?
いや、空気の乱れまで読んで避けている……?」
「正解だよ怪盗L。
ヘルメスは風圧や温度差から、
“未来に罠がある確率”を計算して避けるんだ」
「つまり、どんな罠も使えない、と」
数学者は勝ち誇ったように言う。
「その通り。
君が罠を仕掛けるという行為そのものが、
罠の未来情報を生み、ヘルメスはそれを避ける」
Lはため息をついた。「参ったなぁ」
第四章 怪盗Lの“最後のアイデア”
怪盗Lは一度、戦場を離れたように見えた。
ミラが追いかける。
「逃げるの?」
「いや。最後の準備だよ」
Lは一枚の紙を取り出し、数学者の前に見せた。
「ねえアーネスト。
君のロボットには“完全なランダム”は存在しないよね?」
数学者は鼻で笑う。
「当然だ。完全な乱数はこの世に存在しない。
だがヘルメスの乱数は人間には予測不可能だ」
Lは微笑む。
「だからこそ、捕まえられる」
**最終章
『観測ゼロの戦法』**
Lは戦闘エリアに戻り、
ミラにも、数学者にも宣言した。
「僕は今からヘルメスを“観測しない”」
「は?」数学者が眉をひそめる。
「君のヘルメスは、観測情報を元に
軌道を変化させている。
なら、観測しなければ——
初期設定の“最適解の軌道”に戻る」
数学者の顔色が変わる。
「まさか……!」
Lは耳栓をし、目を閉じ、
センサーも全部オフにした。
——つまり、何も見ず、何も聞かず、
“完全な外界ゼロ状態”でヘルメスを待ったのだ。
ミラが叫ぶ。「L!? 危ないよ!!」
だがLは静かに笑っていた。
「ミラ。僕はヘルメスを捕まえるんじゃない。
ヘルメスが“僕にぶつかりに来る”のを待ってるんだ」
非観測状態で、
ヘルメスは“最短距離でエリア中央を通過する”
プログラムが起動する。
つまり、どれだけランダムでも、
必ず通過する一点が存在する。
数学者が絶叫する。
「やめろ! その地点は危険だ!
時速480kmなんだぞ!!」
しかし次の瞬間——
“ゴッ”!
Lは何かを手で掴んでいた。
銀色の球体。
“ヘルメス”。
何も見ず、ただ一点に手を置き、
そこに“飛び込んできた”ヘルメスを受け止めたのだ。
ミラが震えながら駆け寄る。
「L……どうして……!」
「簡単だよ。
相手がどれほど速くても、
“走り続ける”なら必ず通る一点がある。
数学者なら知ってるはずだよね?」
数学者は崩れ落ちた。
「……君という男は……化け物だ……」
Lが手を開くと、ヘルメスの内部から宝が転がり出る。
「じゃあ、これは貰っていくよ」
ミラが怒鳴る。
「危なすぎる! でも……かっこよかった……」
Lは苦笑しながら答えた。
「ありがとう。
さ、帰ろう。……もう疲れたよ」
そして怪盗Lは、
音速の守護者ヘルメスを“見ずに捕まえた男”となった。
——完。




