第10話 300人の胃袋ゲーム
パーティー会場のシャンデリアが揺れ、音楽と笑い声が混じり合う。
怪盗Lは黒のタキシード姿、横にはドレスに身を包んだミラ・ガーネットが並んでいた。
「ねえL。今日はほんとに普通にデートしない?」
「してるよ。ほら、ダンスホールもある」
「嘘つけ。さっきから料理テーブルしか見てないじゃないの」
Lは微笑むと、会場中央で料理人が客と談笑している方へ歩いた。
「あなたが噂の料理人……“ガストロ王”の篝シェフですね?」
篝は誇らしげに胸を張った。
「おや、怪盗L。来てくれたか。君なら気づくと思っていたよ。さて、面白いセキュリティを披露しよう」
シェフは両手を広げて、会場中の人々を指した。
「この300人全員が、私の“セキュリティ”だ。お宝はすでに誰かの胃袋の中にある」
「胃袋の中?」ミラが目を丸くする。
「ああ。宝は極小サイズのチップに加工し、料理の一つに仕込んだ。ビュッフェ形式だから、誰が食べたか誰も分からない。今ここにいる誰かが、宝を“胃にしまい込んでいる”というわけさ」
シェフは挑発気味に笑った。
「さて怪盗L。君はどうやってお宝を見つけ出す? 300人全員の胃袋をX線で見るかい?」
ミラが小声でつぶやく。
「……L、これは無理でしょ。人の体から盗むなんて、不可能よ」
だがLはにやりと笑った。
「いや。篝シェフは必ず回収方法を用意している。でなければ宝を失うリスクが高すぎる。つまり、“料理人ならではの確実な手段”がある」
篝は肩をすくめた。
「まあ、確かにあるとも。しかし教える義理はない」
Lは目を細めた。
■料理人が宝を回収する方法
Lは静かに推理を口にした。
「シェフ。あなたは宝をただ仕込んだだけではない。食べた人を“特定する方法”を組み込んでいる」
篝の眉がぴくりと動く。
「例えば、宝のチップに“特定の香辛料”を組み合わせた。
その香辛料は無臭無味だが、体温で変化し——」
Lはミラの肩越しに会場を見渡し、
「数分後、人間の皮膚から微弱な蛍光を発する。特定の光を当てるだけで“誰が宝を食べたか”が一発で分かる」
篝は口角を上げた。
「……さすが怪盗L。正解だ」
ミラが思わず息をのむ。
「そんな方法……あり?」
「料理人だからこそ発想できることだよ」
Lは軽く笑った。
篝は嬉しそうに笑う。
「しかしL。分かったところでどうする? 光を当てれば一瞬で特定できる。私はパーティー終了のタイミングでそれをやるつもりだ。その前にどうやって宝を抜く?」
「さて……」
■怪盗Lが選んだ“料理人とは別の方法”
Lはミラに向き直り、微笑んだ。
「ミラ、さっきから僕が何を観察していたか分かる?」
ミラは首を傾げる。
「料理……じゃなくて、食べる人?」
「そう。300人それぞれの“食べ方”。」
彼は指で円を描いた。
「ビュッフェというのは、“好きなものを好きな量だけ取る”場所だ。人間の食行動には強固な癖がある。
遠目で1時間見ていれば、誰がどのテーブルから何を取ったか把握できる」
ミラが納得したように目を丸くする。
「……あんた、観察してたのね全部」
「でもまだ不十分だ。宝が入っている料理が分からなければ人を絞れない。だから——」
Lは料理テーブルの前に立つと、シェフが作った料理の並びをじっと見つめた。
「シェフ。ひとつ聞かせてください。宝を仕込んだのは……あなたが一番誇りを持っている料理ですね?」
篝の目が細くなる。
「どうしてそう思う?」
「挑戦状を仕掛けるなら、自分の技術を誇示するのが一番だからですよ。あなたのシグネチャー料理、“黒トリュフとナッツのテリーヌ”。
それだけ、食べられるスピードが極端に速かった」
シェフは目を見開いた。
「そこまで見ていたのか……!」
Lは淡々と続ける。
「この料理を手に取ったのは計14人。そのうち、ナッツアレルギー表記を見て避けた4人を除けば……“10人に絞れる”」
ミラが驚く。
「たった10人……!」
「さらに、この料理は苦い食材が多く、若者には不人気。食べた10人のうち、若者は1人だけ。
残り9人は高齢男性。そして——」
Lはそのうちの1人を指さす。
「この老人だけは、黒トリュフを最後にゆっくり味わっていた。苦味を楽しむ食べ方。
宝が仕込まれた料理は“中心部に少量だけ宝を置く”構造。つまり——」
Lは軽く笑って、
「この老人が食べた可能性は他の人の約7倍だ。僕は彼を最有力候補と見た」
ミラが息をのむ。
「……まさか」
「そして、さっき彼の飲んでいたワイングラスを交換した。スタッフに頼んでね。
ワイングラスの縁に、宝から漏れ出す微弱な磁気に反応する“磁性パウダー”を塗っておいた」
シェフが驚愕する。
「そんな無茶な……!」
「無味無臭で、人体には害がない。パーティーの間ずっと老人の唇が触れた部分に溜まり、色が変わる。
今ちょうど——ほら」
Lがウインクすると、ミラが目を丸くする。
老人のグラスの縁だけが、ほのかな金色の光を帯びていた。
「この老人の胃袋に宝が入っている」
シェフが苦笑した。
「参ったね。だが取り出すのは不可能だ。胃の中にあるものをどう——」
Lはその瞬間、スッと老人の背後へ向かった。
「失礼、少しだけお話を伺っても?」
老人はにこやかに答えた。
「ええ、構いませんよ」
Lは紳士的な態度で老人を別室に誘導し、雑談を始めた。
5分後。
別室から戻ってきたLの手には小さなカプセルがあった。
「なにそれ……!」ミラが驚く。
Lは静かに答えた。
「胃薬だよ。シェフの料理は濃厚だからね。老人が“宝入りのテリーヌを逆流しないように”ゆっくり味わっていたのを見て、消化が弱いと踏んだ。
そこで軽い胃痛を訴えただけで、老人は——“口に含んでいた宝のチップを自然に吐き出した”。僕はそれを受け取っただけ」
シェフは額を押さえた。
「そんな……そんなスマートな抜き方、聞いたことがない……!」
「胃袋を攻撃する必要はない。持ち主の行動だけを変えればいいんです」
Lは宝のチップを懐にしまい、ミラに微笑んだ。
「さてミラ。今度こそデートに戻ろうか」
ミラは肩をすくめた。
「……まあいいけど。ほんと、どんなセキュリティでもLには無意味ね」
Lは楽しそうに笑った。
「料理が相手なら、味わって盗むだけさ」




