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【完結】おなじバンドのボーカルに誘われて寝ているが、こいつ、いったいなに考えてるんやろ  作者: 奏ゆう
本編

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第五章 甲斐なきリーダーの苦悩

 

 

 あいも変わらず北見は、どうでもいいようなことで悩んでる。

 こんな日には、とくに。

 真中には。

 自分でなくとも。たとえば鶴岡でも大森でも、いいような気がして。

 東京での単発ライブの打ち上げ。珍しくも友人のバンドが全員で観にきてくれてて。

 当然のように、いっしょに飲んでいる。

 広い座敷。最初の乾杯以降、メンバーはみな、散り散りだ。座敷にはスタッフも含め、五十人くらいはいるだろうか。

 大森や安井のバンドとは、大阪にいるときに出会った。お互いにメジャーデビューしたため、現在はどちらのバンドメンバーも上京していて、会うなら東京でだ。大森はわりとライブに来てくれていたが、メンバー五人全員では、なかなかない。

 「やー! 大森くん、ツルくん、かっこええで!」

 「『オオモリだけど小食です!』。いつもの小ネタを真中くんに捧げんで。では、聴いてください、《金太郎ズ》で、『あずさ2号』」

 北見から少し離れた場所で、真中は居酒屋ユニット、その名も《金太郎ズ》と仲良くやっている。

 居酒屋ユニットとは、仲間内でだけ通用する語だ。その名のとおり、居酒屋でだけ現れるユニットだった。鶴岡と大森とが、やはりこんな打ち上げで、ふたりで酔っ払いながら演歌を歌ったのが発端だ。

 うろおぼえの演歌や往年のポップスを披露するユニットである。マイク代わりのスプーン片手に、おおげさな身振りで『あずさ2号』をふたりで歌い、周囲にやんやと囃したてられていた。本当に、ドラマーにしておくのが惜しいくらい、鶴岡は歌がうまい。たまに真中もいっしょに歌っている。

 この三人は歳も近いので、こうしたとき、やたらと絡みがある。

 大森の小ネタは、いつもながら、なにがおもしろいのか北見には理解不能だ。頭がよさそうに見えるセルフレームの眼鏡に、肩に届くくらいのラフな髪。ちゃんと大学も卒業していると聞くし、頭脳面では高卒の北見など軽く超えているのだろうが。なんというか、全体的にわからないセンスをしている。服も、歌詞も、冗談も。

 (……ま、ええけどな)

 視界の隅に入るその三人を意識的に思考から追い出し、北見は煙草に火をつけた。近頃は完全禁煙の店も増えたが、バンドのメンバー全員が喫煙者なので、打ち上げはなるべく煙草OKの店をマネージャーが探している。

 《金太郎ズ》の歌は、その後も何曲かつづいた。いちばんのファンは真中である。ふたりに惜しみなく声援を送っている。

 「もっと聴かせてやー。《金太郎ズ》のメジャーデビュー、待ってんで」

 「真中くんに褒められたら、その気になってまうな。オリジナル曲、ないんやけど」

 「そんじゃあ、次は―――」




 どれくらい時間が経っただろうか。ふと気づくと、歌は終わっていた。

 座はめちゃくちゃになって、もはや何人が残っているかもわからない。座敷なのをよいことに、寝てしまっている者もいる。座布団も乱雑になっていた。

 そんななか、空いていた北見の隣にドサリと、倒れ込むようにして座った人物がいる。白いTシャツには、「大根、イケてる」と文字だけが書かれていた。

 「北見さん、飲んでますー?」

 「大森くん」

 それまで北見と話していたマネージャーは、これを機会に席を立つ。

 (今日は大根か……前回は人参やったな)

 近年は一枚からでもTシャツを作ってくれるサービスがある。そういうところを利用し、自身でデザインしているらしい。謎のセンスだが、ファンには受けている。たまに自作イラストもついていた。

 仲間内での、「結婚して!」→「イケメン死すべし」の発端となった男だ。黒いセルフレームの眼鏡が特徴だった。肩の近くまでのびた髪も、清潔感は失わない。ファンから熱狂的な手紙をもらうたびにラジオでネタにし、さらに「結婚して!」の手紙を増やしたりした。ラジオでいじられたくて、ファンもほぼ遊んではいるのだが。

 大森がここに来たなら、いつものごとく真中はつぶれているのか。北見は大森に不審に思われぬよう、軽く視線を流した。

 その北見の心配とは裏腹に、あまり飲んではいないのか、真中はプロデューサーと話をしている。バンドの方向性を決めるひとだ。コンポーザーとして、アルバムの楽曲提供もしてくれている。表舞台には立たないが、バンドになくてはならないひとである。プロデューサーもベーシストなので、北見は学ぶところが多い。歳は北見より十歳ほど上。大先輩である。

 (なんや、今日のダメ出しか)

 ダメ出しならば、あとで内容を共有せねばならない。真中に云われていても、けっきょくは、バンドの話だ。

 我知らず息をついたところで、不意に眼をあげた真中と視線が合う。

 ちょっと驚いた顔をした真中は、それでも次の瞬間には笑って、こちらに手を振ってきた。

 軽く息を呑む北見の横で、大森が手を振り返し、そっちかとなっとくして肩から力を抜く。

 そんな北見を余所に、大森は愛想よく真中に手を振りながら、低くつぶやいた。

 「逃げてきたんですけどね、俺」

 「はあ?」と、北見。

 「なんや、誘惑されとるよーな気になってきて」

 誰のことやねん、と、つっこもうとし、その答えを本当は聞きたくもない自分に気づく。けっきょく北見は、なにも口にしなかった。

 「真中くんて、たまに妙にエロい顔、しとりません?」

 ねえ、と眼鏡の奥の大森の眼に、なぜだか理由もなく試されているような、いやな気分になる。

 答えを待っているらしい大森に、ひと口グラスの中身を飲んでから、北見は返事をした。

 「……見ようによっては、やな」

 「ああ、やっぱり北見さんでもそう思います?」

 北見の答えに満足したのか、それともしていないからなのか、大森はにこりと笑った。

 (北見さんでも、ってなんやねん)

 心なしムッとする北見に、それでもまだ大森は真中の話題を振ってくる。

 たいした話ではない。詞のこと。声のこと。あたりまえすぎて、いまさら論じるものでもなくなっているので、北見は大森の問いにすべて適当な相槌を打っていた。

 「いい声って云うなら、ツルちゃんのほうがいい声なんでしょうけど、真中くんは艶がありますよね」

 「せやな」

 「本人は、あんまわかってないみたいですけど」

 「……自分の声、好きやないって云っとったな、昔」

 「真中くんが歌わないってのは、大きな損失ですねえ。北見さんに感謝しないと」

 真中の声に惚れて、北見がバンドに誘ったのだ。あの声の威力は、北見がいちばん知っている。

 (なんでこんな話、してんねやろ……)

 ちょうど考えていたことではあった。

 真中が。

 自分にとって、なんであるのか。

 ベッドでだけ「好きや」と囁かれるそのことばに、どれくらいの意味があるのか。

 背中にまわる腕にどんな思いがあり、熱い息がなにを示すのか。

 自分はなにを、真中に与えているのか。

 ボーカリストとベーシストという枠を外しても、なにか、残るものがあるのか。

 歳も違う。性格も違う。厳密には音楽的なバックボーンも。育った場所も。なにもかもが違うのに。

 それでも、いっしょにいるのは。

 (……大森くんでも、ええかもしれんのに)

 思考はいつでも、おなじところをぐるぐるまわる。

 まるで、初めから答えなんてないみたいに。

 しだいに、愚にもつかないことに思考は流れていく。

 (山手線の終着て、新宿やったっけ……)

 環状の路線にさえ、いちおうの終わりはあるというのに。

 どうにかして、なんらかの答えを見つけなければ、この思考のループから抜け出せそうになかった。

 たとえそれが、無理やりに輪を断つ行為であっても。




 そんなことを考えていたため、北見は半分、うわの空だったわけだ。

 大森の質問に、たいして考えもなく、へろへろ答える結果になっていた。

 どうでもいいと思っていたので、なにを云われているのかも、よくは聞いていなかった。その問いの裏の、大森の意図を考えるのを忘れていた。

 ただ、真中の話だとは、わかっていた。

 大森とは、大部分で一致した見解を持っていたのだ。だから北見は、ほとんどを肯定するだけで用が足りていた。若干、褒めすぎた感があるが。

 その件について大森は、こう締めくくった。「こんなふうに思てまうのも」

 「惚れた弱みってやつですかね」

 ハハハ、と酒のせいなのか陽気に笑う大森に、否定するのもめんどくさく、北見はあっさり同意した。

 「そうやな」

 ……水を打ったような沈黙とは、こういうのを云うのだと、北見は思った。

 耳をそばだてていたわけではないのだろうが、大森と北見との会話が聞こえていた周囲の者は、みな一様に北見を凝視していた。

 見える範囲にいる鶴岡も、マネージャーも。後ろを振り返ったら、河合までが、珍しくびっくりした顔でいる。めったに動じないのに。

 「あの、北見くん?」とマネージャーが恐る恐るという風情でなにやら訊ねようとしてきたが、本人もなにを聞きたいのかは不明ならしく、そこで止まった。

 これだけの聞き耳があったのを驚きつつ、それがまたそろいもそろって凝然としていることに、北見は文句をつける。

 「なんやねん、みんなして。ただの冗談やないか。大森くんも、自分でフッといて固まんなや! こっちが驚くやろ!」

 「……あ、冗談。そうですよねえ……」

 「なんやその間は!」

 漫才の様を呈してきたその場に、何人かはまざりあい、囃し立て、何人かは離れてまた違う話をはじめた。

 自分のバンドのボーカルの声やセンスに肯定できるものがなければ、活動をつづけてなどいられない。惚れていると表現したって、まちがいではないはずだ。それがどれくらい本気なのかは、ひとそれぞれ。

 なんでもないことだ。酒の席の。明日になるまえにも忘れている冗談。

 だから、誰も気づかなかった。誰も、気にしなかった。

 北見を見る輪のいちばん外側で。

 真中が。

 両目をころげ落とさんばかりに驚いていたことなど。

 知らなかった。



 正面からその視線を受けとめていた。

 北見以外には、誰も。




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