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【完結】おなじバンドのボーカルに誘われて寝ているが、こいつ、いったいなに考えてるんやろ  作者: 奏ゆう
本編

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第四章 セメント(隙間を埋めるもの)

 

 

 シングルを二か月連続で出し、その次の月にアルバム発行となると、レコーディングはすべて同時期に片づけていても、プロモーション関係でずっと忙しい状態になる。シングルだけでなく、アルバム曲にもプロモーションビデオを作る話になったから、なおさらだった。

 アルバムのジャケットとPVの撮影は、都心から離れた海岸ですることになった。朝早く事務所に集合し、車二台で二時間。

 これまで北見たちには縁のなかった町だ。ロケ用に用意されたバンは、堤防付近につけられた。さすがに旅館やホテルで待機できるほど、大物ではない。

 予定より早く着いてしまっていて、太陽はまだ理想的な位置にない。撮影スタッフは機材の用意をはじめたが、いちおうの被写体であるバンドメンバーは、三十分は待つことになった。

 「買いもん行ってもいいっすかねー、俺、煙草切れてもうたわ」

 真中が挙手して立ち上がり、「あー、俺も」と鶴岡が倣ったので、北見や河合もつづいた。バンに閉じ込められていたくはない。

 北見は広島出身で長く大阪にいたが、どちらの街でも海は遠かった。大気に潮が混じる匂いには、なじみがない。

 堤防から商店が並ぶ道へ進むと、年季の入った看板が眼についた。湿気の多い空気のせいなのだろう、海産物の名や「土産」と書かれた金属の看板は、ところどころ錆びている。

 河合は「煙草はええわ」と、海のほうへまわった。

 ほか三名が目指した煙草の自動販売機も、ペイントが剥げた場所に錆が浮いていた。何年ものだと心配したが、タスポ認証もあったし、中身は最近パッケージがリニューアルした煙草もちゃんとあった。

 真中は、鳥が描かれた赤いウィンストンのボタンを押す。

 「なんや、雰囲気ある町ですねえ」

 せやな、と北見は返した。

 大学時代から大阪にいたので、ことばはすっかり染まっている。エセな大阪弁と本家の友人につっこまれもするが、じつのところメンバーのなかに大阪出身の者はいない。真中は兵庫出身だ。

 「撮影までまだ時間ありますし、ちょっとまわってみてもいいっすかね」

 店と店との隙間にある狭い道を指し、真中はどんどん進んでいく。つきあえという意味なのか量りかねながら、北見はいちおう追った。

 「いってらー。俺はやめときます」

 鶴岡は河合のセブンスターも気を利かせて買っていて、河合のいるほうへ歩いていった。

 普段、見かけない町だ。肌に迫る空気も、眼にするものも、珍しくはあった。鄙びたと表現すると住民に申し訳ない感じになるが、率直な感想はそんなものだった。建物にも、どこか歴史を感じる。昔懐かしいと云えばいいのか。

 蚊取り線香やカレーの広告が鉄版であったりする。和服美人の項を真中は色っぽいと評し、カレーを食べる眼鏡の男を「俺の小学校の校長先生と似てますわ」と笑った。そうか、と北見は頷くだけだ。たぶん嘘だろうな、とも思った。真中はどうでもいい嘘をつくから。

 商店が並んでいた裏には、民家がある。どこも北見の身長とおなじくらいの塀で囲まれていた。

 一軒、ブロック塀が壊れていたが、そこを小石とセメントとで埋めてあった。いかにも質感が違う。

 真中は通りすがりながら、じっとそこを見ていた。

 北見にはとくに、なんの感想もなかった。壊れているのだな、と思っただけだ。

 少し進むと、窓ガラスが壊れている家があった。そちらは欠けたところにガムテープが重ねて貼られていた。これには北見も少々呆れた。風が入らなければ、なんでもいいのだろうか。

 真中は、また、じっと見ていた。それに気づいて北見が笑う。

 「乱暴やな、ここの住人は」

 応急処置にしても、もうちょっとなにかある気がする。

 真中は話しかけられたことに驚いたように振り返り、少し間をあけてから、ぽつりと応えた。

 「そうですか?」

 そのまま、さきを歩いていく。

 (……なんやねん)

 向けられた背中が、どこか頼りない気がする。けれど、話しかけられるのを、あからさまに拒絶していた。

 つい最近も、あんな背中を見た。

 追えないでいる背中が、視界のなかで徐々に離れて小さくなっていく。不意にまがって路地に消えたが、真中は北見が追いつくことなど期待していない気がした。

 (そんな感じやな、あいつは……)

 北見は道を引き返し、バンに戻ることにした。どうせ戻ったくらいが予定の時刻だ。

 なにが、トリガーを引いたのだろう。真中の機嫌。

 怒っているわけではないだろうが、なにか、見えないものがある。

 いつだって北見は、真中の考えなど、わからない。

 こういうとき、それを実感する。

 (――いちばんわからんのは、俺誘って、寝とることやけどな)

 なにを、考えているのだろう。

 (……俺もか)

 撮影は順調に進んで、確保していた時間より早く終了した。

 帰りのバンで真中はさっさと鶴岡の隣に座った。河合が運転席のマネージャーの隣に座ったので、北見はひとりだ。これはとくにおかしくはなく、年齢が近い真中と鶴岡とは、こういうときたいてい、まとまって行動している。

 帰りに通った道で、また例のブロック塀を見かけた。もういちど見ても、あれに真中がなにを感じたのか、北見には悟れなかった。



   ×××



 新しいアルバムのジャケットは、砂浜を歩く四人の足と影だけが映っている。ジャケット裏には全身が映っていたが遠景で、あまりバンドのキャラクターを前面には出さない作りだった。シンプルで、北見も今回のジャケットは気に入っている。

 バンドの人気が出てきているのは、北見も単純に嬉しい。新しいアルバムは、オリコンチャートで上位に入った。順位はどうでもいいが、それだけのひとが聴いてくれているのは、ありがたい。

 レコード会社の者にも、事務所の者にも褒められる。取材相手にもだ。

 けれど、真中は、たまに複雑そうな表情をしていた。

 「ええ曲つくっとるんやから当然や」と嘯いたりもするのに。

 おなじ口で、なぜ、ため息をつくのだろう。




 真中は、自身がどこか欠けているのをよく知っている。北見にはそう見える。

 (まあな)

 (欠けてない人間には、あんな詩ぃ書けへんわ)

 おそらく、満たされている人間には、創造できない。そういうものだ。

 だから、真中はもちろん、北見も負けずに欠けているのだろう。しかたない。欠けた部分から音が出るのだ。表現とは、どこか不自由なやつのやることだ。

 とりあえず、北見はこれで食べていけているので、前向きなやりかたであると自負する。人間として欠けていても、それはわるいことではない。

 (せやけど)

 それがどうしようも焦りを生み、満たされたいと渇望する夜が。

 (誰にだって、あるもんやろ)

 北見も真中も、きっと、例外ではないのだ。



   ×××



 ファンレターを読んでいた真中が、ため息をついた。北見の背後にいたが、それくらいは気配でわかる。なにやら話したそうなので、北見は持っていたギターを置いて振り返った。

 うまくはないが、北見も作曲中にはギターをさわる。アルバムが出たばかりではあるが、いろいろと触発され、また新しいものを生めそうだった。そう思ったからギターを手にとったが、けっきょく、真中が家にいるのが気になり、あまり進んでいなかった。振り返る気になったのは、そのせいもある。

 「どした」

 ベッドに寝転がって仰向いていた真中が、のそりと起きあがった。たまに、北見はここが本当に自分のうちなのか、疑わしく感じる。いっそ真中のほうが、この部屋の主のようだ。慣れきっている。

 「なんででしょね」

 真中は視線を床に落とし、いきなり、そうつぶやいた。

 「おい、主語はどこや」

 「これですわ」

 腕を広げて指し示すのは、床やベッドに撒かれた手紙。真中のも、北見宛てのもいっしょくただ。今日、事務所から持ってきて、北見はまだ読んでいない。

 「は? 俺宛のも勝手に開けとるんか、おまえ」

 いちおう文句をつけたが、真中は聞いてなどいない。

 「――共感します。感動しました。代弁されてるみたい。スキ。かっこいい。魂がきれい。北見さん結婚して――これは嘘」

 「なんで最後のつけた」

 淡々と真中がそらんじるそれは、北見にも憶えがあった。内容にさほど差はない。そうそう独創的な手紙は来なかった。最後のは、いつだったか友人のバンドに来ていたファンレターで、一時期よくネタにしていた。イケメン死すべし、までが一連の流れだ。

 「それがなんやて。どこが疑問なんや」

 ためしに一枚ひろうが、やはり真中が云ったことがそのまま書いてある。――歌詞に共感し、聴いていて震えたとか。せつなさに涙が出たとか。

 なにかを云おうとして北見が視線をあげたが、ことばを呑んでしまった。真中が、じっと北見を見ていた。

 北見も、真中を見つめ返す。

 真中の口が、北見の視界のなか、ゆっくりと動いた。

 「共感て、なんやろ。代弁て?」

 真中の黒い眼。まっすぐに突き刺さる。

 北見を誘うときと、おなじ眼だった。

 北見は眼を逸らし、煙草を探して火をつける。煙を吐いて落ちついてから、答えた。

 「それはおまえ、存外、……欠けとる人間も多いてことやろ」

 (おまえ、それ、わかっとるんやろ。ほんまは)

 どうしようもない虚無をかかえ、それでも、どうしようもなく生きている人間も多い。

 だからバンドをやっているのだと、北見は思う。

 (俺ら、欠けとる人間の筆頭みたいなもんや)

 誰のためでもない。

 自分が欠けているのを埋めるためなのかもしれない。そんな代償行為。

 音が出るのも欠けている場所からなのだろうに、矛盾した話だ。

 (でも、そんなもんやろ)

 欠落とか渇望とか、そこまで強くなくとも。混沌のなかにあって、どこか、霞がかっている。

 曲を聴いてくれている誰かも、なにかを埋めたいのかもしれない。

 ぼんやりした虚無と、そこを埋めたいような焦燥を持って。

 (みんな、欲しいもん、いっしょなんやな)

 (共感て、そういうことやろ)

 わるいことでは、ないはずだった。

 「ほな……」と、真中があとを引くようにつぶやく。北見は、「あかん」と思いつつも、真中を見てしまった。

 眼が合う。

 逸らすこともできず、黒い眼に、引き込まれそうになる。

 「みんな、欠けとるとこ、いっしょやったら」

 真中が、北見をじっと見ている。

 まずいと感じた。さきほどからずっと、そう感じている。

 「誰と()っても、いつまで経っても」

 その眼に妙に不安を煽られ、北見は首を振った。

 「云うな」

 聞いてはだめだ。けれども真中は、北見が耳をふさごうか真中の口をふさごうか迷っているあいだに、云った。

 「満たされることはないて、ことやんな」




 けっきょく、北見は真中の口をふさいで。

 灰皿が遠くて床を焦がしてしまったが、そちらに気を配っている余裕はなかった。

 こちらのほうが切迫している。

 キスなんかでなにを埋めたいのかと自問しても、答えなど見つからず。

 いいかげん、たいした理由もなしに真中と寝るのはやめたほうがいいと思っているのに。また、こんなふうになっている。

 (あほや……)

 真中があまりに不安定で。

 口にはせずに、寂しいと、眼や指や背中や、そんなもので云うから。北見は、汲んでやりたくなるのだ。

 (やばいて、わかっとんのにな)

 いつも、離れるのを失敗して、そばにいて。

 誘われるたびに指を絡め、背中を抱いて。

 (なんも、意味ない)

 こんなので、どちらも救われるはずがないのだ。真中も、北見も。

 けれど、これ以上にやりようも思いつかなかった。

 真中が黒い眼で誘うから、これでいいような気になってしまう。――そんなはずはないのに。

 男相手になんて、真中とこうなるまでは考えられなかった。だけど、いつだって、北見は昂る。錯覚にも充足を得る。この錯覚が欲しいのかと、自分にも真中にも、心のうちで問いかける。

 真中の眦に浮かぶ雫を舐め、こんなことが慰めになるのかと自嘲もする。

 撮影で赴いた海辺の町で、真中が眺めていたものを思い出した。

 埋めたい、満たされたいとは、本当は、どんな思いなのだろう。

 (欠けたところ、なんでもええから)

 合わなくとも。己のものではなくとも。

 詰めればいいのだろうか。

 あのときに見た、セメントみたいに。ガムテープみたいに。

 (穴、ふさげばええんか)

 それで。

 (どうしよもない、違和感があっても?)

 真中はなぜ、あれを眺めていたのだろう。

 いま、瞼の裏に、なにを見ているのだろう。

 北見は、うぬぼれてはいない。真中が自分で埋まるとは、とうてい思えないのだ。一時的にくっついて、(うろ)を埋めても。

 (俺も、真中で埋まらんしな)

 けれど。誰といても無駄だと真中が云うのは。なにか違うと、無性に、悔しいような、寂しいような、そんな感情がわいてきて。

 埋めてやる、と――矛盾したことを思った。

 (けど、ほんまは、あれやろ)

 (否定されたいんやろ)

 要らないことをわざわざ口にし、眼で北見を誘うくらいだ。

 満たされたいと思っている真中に、満たしてやりたいと一瞬でも北見が思うのは、おかしなことだろうか。実現しない、ことだろうか。

 真中の云うように、欠けているところがおなじであれば、いっしょにいても、意味がないのだろうか。

 (誰と()っても、こいつはいつも)

 こんなことを考えているのだろうか。

 (……さみしいわな)

 名前を呼ばれ、首に真中の腕が絡んだ。引き寄せられ、キスをして。

 もっと深くつながりたいと思うのは、おかしなことか?



 いびつだと、北見は感じた。これはふつうと違う。

 もっと早く、やめておくべきだった。

 自分が、真中を埋めてやりたいと思うまえに。

 真中が、錯覚でも、北見に満たされたいと誘うまえに。

 (どこ行きたいんやろ、俺ら)

 本当は、どうしたいのだろう。真中は。

 ふつうと違うと思いながら、けれどもう、なにがおかしいのかも明確ではない。

 なにか、ひとつ。

 抱くことでも、誘うことでもない、もっと違う。

 現状を打破するような、肯定できるような、強いなにかが、たしかな場所が、埋めあえるものが。

 (あればええのに……)




 全身で寂しいと訴え、北見に縋った真中は、それでもやはり翌朝にはしらっとした顔で冗談を云って、「ふつうのバンド仲間」の態度でいた。いつものことだ。

 北見は、ほっとしつつも。どこか、もの足りない気持ちになった自分を持て余した。




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