第一話「本物のカッパ、見たことある?」
小学生のタクト少年は、田舎の母の実家を訪ねました。
山間の小さな村、カッパ信仰が根付く地域で、同い年の少年ショウマから噂を聞きます。
大人たちが、本物のカッパを見たという川が、近くにあるというのです……。
「本物のカッパ、見たことある?」
◆ ◆ ◆
学校の宿題をしていた夏休み。
ぼくはおかあさんに連れられて、おかあさんの実家に数日間、泊まりに行くことになった。
山間の小さな村に住む、おじいちゃんやおばあちゃんに、たまには孫の顔を見せにいかないとね、とおかあさんは言うけれど。
「文句言わないの。タクト。あんただって、おこづかいもらえるんだし、いいでしょ。あ、でもあっちの家は、Wi-fiないんだし、スマホのゲームは我慢すんのよ。いい? 近所に、年の近い子がいたでしょ。ひいばあちゃんのお葬式の時、会ってるわよね。ショウマくんだっけ? あの子と遊べばいいじゃないの。川も近いんだし、釣りとか。泳いだっていいのよ。あの川なら流れも緩いし、冷たいし。自然との触れあいって大事よ。あ、行くならついでに川の水でスイカ冷やしといてよ。あとで食べましょ」
車を運転しながら、おかあさんはそんな風に言ったが、実際のところ、昨日、おとうさんと口げんかしたことが関係してるんじゃないかな、とぼくは思っている。
◆ ◆ ◆
そして、ぼくと同い年の、近所の小学生・ショウマくんに言われたのが、「本物のカッパ、見たことある?」というセリフだ。
ショウマくんは、人なつっこくてガンガンと距離を縮めて話しかけてくるけれど、それが不思議と、うざったく不快に思えないタイプの子供だった。
初対面の時から、「タクト」というぼくの名前を、ちゃん付けで「タクちゃん」と呼んでいた。
ぼくとショウマくんは、竹竿の先に糸を結び、その先にエサをつけて、近所の池でザリガニ釣りをしていた。
ショウマくんが教えてくれた、田舎特有の遊びだ。
川が近いせいか、風が吹き抜ける。
夏の日差しは強く、近くの木で蝉がうるさいけど、肌をすべる風が冷たくて、なんだか涼しかった。
いきなりカッパの話を振られたぼくは、驚いた。
「カッパって、あのカッパ? 妖怪の?」
「そうそう。妖怪のカッパ。頭に皿があって、指の間には水かきもあって。カラダが緑色の」
「カッパなら、妖怪図鑑で見たことあるけど。ゲゲゲの鬼太郎と戦って負けてたよね。あ、でもカッパって相撲が強いんだっけ」
「鬼太郎との戦いは、よく知らないけどさ。カッパは妖怪って言っても、バケモノじゃなくて、地方によっては、水の神様として、祀られたりしてるし。この近くの山でも、カッパの石像とか、おやしろとか、あるんだよ。おやしろには、キュウリをお供え物として置いてくるんだって」
「ショウマくん、本物のカッパ、見たことあるの?」
「オレもない。でも、こないだ、大人たちが見た、って騒いでいた。カッパは子供が好きだから、川に近づくと引きずり込まれる、ゼッタイに行くな、って」
ショウマくんは、手慣れた感じでザリガニを釣り上げると、ぼくの方を見て、白い歯を見せてニカッと笑った。
「ゼッタイに行くな、って言われると、逆に行きたくならねえ? タクちゃんはどう? カッパを探しに行く勇気ある?」
「大人たちが行くな、って言うなら、行かない方がいいと思うよ……。あとでバレたら、すごく怒られるよ」
「オレは、勇気があるかないかの話をしてんの! カッパの石像だけでも見たくないか? じゃあ、川の近くにある、カッパの石像だけ見て、その周りにカッパがいないか、カッパの足跡がないか、確認だけして、帰ってこよう! それなら夕方までに帰って来られるからさ! な? 一緒に行こうよ!」
「でも……」
「オレはね、タクちゃんが親友だと思ってるから、この話をしたんだ! 仲の悪いヤツには教えない! 友情パワーでカッパの目撃者になろう!」
「あははは、なにそれ」
ぼくは、ショウマくんのムチャクチャな論調に引っ張られて、笑ってしまった。
けど、「親友だと思ってるから」の部分には、少しグッときたのも確かだ。
……小学校には、「ともだち」と言えるような仲間は、いないから。
「やれやれ、いいよ。わかったよ。カッパの石像見て、周りを確認するだけなら、つきあうよ」
「よっしゃー! 行くぜ! 本日結成、カッパ捜索隊! 隊長はオレ! 副隊長と特攻部隊、兼任でタクちゃんだ! ブッコミのタクちゃんだ!」
「よくわかんないテンションだなあ」
◆ ◆ ◆
こうして、ぼくは地元民のショウマくんに案内されて、カッパの目撃談があった川に行くことになった。