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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
一章:悲劇の誕生
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6.

 迷宮への入り口は、神殿の後ろ側にあった。


 立ち並ぶ列柱の横を通り、〈白の神官女〉を含む一行は、神殿の外部をぐるりと迂回する。


 そのおもな神殿の構成として中庭があり、〈神殿従女〉たちが暮らすための宿舎もある。


 途中、正方形の箱型をした建物があった。


 それに気が付いた王だが、今たずねるのは止めておいた。


 列柱廊に沿って迂回した先。神殿に向かう坂道と反対側は、崖になっていた。


 眼下には建物の連なる景色が広がっており、市街の様子を一望できる。


 そのすぐ近くにゆるやかな傾斜がある。


 一行はその坂道を下って、ある場所の前へと辿り着いた。


「これは……」


 辿り着いた場所を見回して、〈赤の王〉が吐息を漏らす。


 真っ暗な空洞が、一同の前にその大口を開けている。


 先は暗くて一切見えず、闇だけがどこまでも見える。


「ここから先が、迷宮となります」


 〈白の神官女〉はそう説明した。


 〈神殿従女〉たちが来るのも、ここまでとなっている。


 この辺りで、迷宮に入った女性たちが被害を受けた姿で見つかる。


 かつて〈白の神官女〉は一度だけ、ここを訪れたことがあった。


 初めての時は、先代の神官女と共にやって来た。


 当時は幼かったため、怯えており、先代から離れずにいたのを覚えている。


「中は暗闇が続いているので、ここで松明を焚きます」


 当然のことながら、ここから先は明かりとなる松明がなければ進めない。


 何せここは本来であれば、〈白の神官女〉と〈神殿従女〉しか知り得ない道だ。


 しかし、どういうわけか、この秘密の通路を神官女たちの目を掻い潜って通る者がいる。


 ゆえに、〈白の神官女〉は国王の権限によって、迷宮への出入りを禁じてもらいたいのだが。


 その松明を焚くために、兵士たちが荷物から油を取り出した。


「では、中へ入るとしましょう」


「ちょっと待て」


 この場で唯一、馬に乗っている〈赤の王〉が、静止の声を掛ける。


 その言葉に〈白の神官女〉は振り返る。


「何でしょう?」


 すると王は、自らの剣帯から柄を引き抜き、それを頭上へと掲げた。


 それは今回、武装したために持ってこれなかった月桂冠の代品として。


 王位を示すための代々受け継がれる、国王の証。


 赤の王国を打ち立てた初代国王が建国のために使ったとされる、一度も折れたことのない王剣。


 その剣を暗闇に向けつつ、隣の神官女にいう。


「では、ここから先は我らが行こう。そなたは列の後方で、アレキサンドリアと共に行動せよ。そうすれば、余も安心だ」


 〈赤の王〉が、背後に控えていた従者へと目を向ける。


「任せたぞ」


「承りました」


 主君へと忠実に侍っていた女性は、命を受け頭を下げた。


 〈赤の王〉は背後を振り返り、勇ましい声を上げた。


「では皆の者、行くぞ!」


 その指示に従い、兵士たちも歓声に湧き上がった。


 王の号令を受け、今ここに、〈赤の王〉率いる兵隊が、迷宮へと足を踏み入れる。


 彼らが松明を掲げて先へと進む後で。あらためて、〈白の神官女〉に対して、アレキサンドリアと呼ばれた女性は向き直った。


「よろしくお願いします。〈白の神官女〉さま」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


「アレキサンドリアと申します。お好きなようにお呼びください」


「……わかりました。では、アレキサンドリアさま、と」


 そう呼ぶと、相手はどこかむず痒そうな顔をした。


 さま付けで呼ばれるのが慣れないのかもしれない。


 先日、王の供として神殿に参じた女性。先ほど、アレキサンドリアと名乗ってもらった。


 首元で切り揃えた茶髪。瞳の色は青く。顔付きは凛々しい。


 神官女よりも背が高い。玲瓏なたたずまいからは、武人としての闘気が溢れ出ていた。


 腰元には一本の剣を差しており、今の服装は周囲の兵士たちと同じで鎧兜を身にまとっている。


 それはとても珍しいことだ。女性の身で戦場に立つことはこの国においてほとんどない。ましてや自らが戦うなど。


 だからだろう、彼女が今上半身にまとっている鎧は、胸の形に沿うよう造られており、〈白の神官女〉が初めて目にする物であった。


 それ以外は他の男の兵士と同じに見えるが、その歳は〈白の神官女〉よりも一回りは年上に思えた。


 先日の話し合いの場では、見当違いな指摘をされてしまったが、接した限り悪人ではなさそうだ。


「では、私たちも続くとしましょう」


「……はい」


 アレキサンドリアの言葉に、〈白の神官女〉も頷いた。


 国王と神官女、そして三十の兵士たちが続々と洞窟へと入っていく。


 彼らは今まさに、迷宮攻略への第一歩を踏み締めた。


 迷宮の内部を照らすべく、松明を持った兵士が先行して洞窟内を進んでいく。


 その後を国王率いる兵士たちと、列の後方に〈白の神官女〉も続く。


 ふと、明かりを照らしていた兵士が足を止めた。


 合わせて、背後の王たちも止まる。


 そこは、ひときわ拓けた空間であった。


 闇に隠されていた光景が、松明の炎に照らされて露わとなる。


「これは……」


 目の前で広がる光景に、〈白の神官女〉は思わず言葉を漏らす。


 周囲の者たちも同様で、それぞれに目を見張ったり、口々に感動の言葉を言い募っていた。


 周り一帯が岩でできた視界の中。天上の辺りに、巨大な壁画が描かれていた。


「……見事なものだ。これを作った者はまさに、天才ぞ」


 それを目にした〈赤の王〉も、称賛の言葉を吐く。


 壁画には、角の生えた巨大な生物が描かれていた。


 それが何かはわからない。ただ、それからは神々しさが感じられた。


 壁画の下にもまた、真っ暗闇な道が奥へと続いている。


 再び前方を行く兵士が松明を掲げて、中へと進む。


 〈白の神官女〉も気を引き締めて、杖を携え直した。


 それは〈赤の王〉が頭部に付けている月桂冠と同じ意味を持つ。テュルソスと呼ばれるこの杖は、〈白の神官女〉が代々受け継いでいる代物だ。


 〈白の神官女〉は列の後方で、指示された通りアレキサンドリアと二人で行動していた。


 気まずい空気が間を風となって通る。


 何か話そうと、口を開きかけた時だった。


「どうした? 二人とも黙りおって。せっかくの交流の機会なのだから、もっと話をするがよい」


 いつの間にやってきたのか、二人の間から頭を覗かせた王が、割って入った。


「驚かせないでください……! 陛下……!」


 地面に腰を落とした〈白の神官女〉が、下から相手の顔を見上げながら、非難する。


「もしや、余の話をしておるかもしれぬと思ってな。モテる男のサガよ。許せ」


 列の後方にやってきた〈赤の王〉は、そんなわけのわからない台詞を笑って吐いた。


「馬はどうされたのです?」


「あれは余がいなくとも大丈夫だからな。こうしてそなたらの様子を見に来たわけだ」


 笑って答える相手に気楽なものだと内心でぼやきつつ、神官女は立ち上がろうとして、その前に手が差し出されたことに気付く。


 目の前に、王の手が差し出されていた。その手を見つめて、〈白の神官女〉は自らのものを重ねる。


 神官女の生涯において、未だ触れたことのない、戦いの中に生きる男の手だった。


「……ありがとう、ございます」


 立ち上がり、膝の砂を叩き落とす。


「……陛下、ここはもう迷宮の中なのです。あまり自由にされては、いざという時に……」


 そこまで言いかけた、その時。


「――む?」


 〈赤の王〉が、訝しむ声を上げた。


「……来おったか」


「え?」


 〈白の神官女〉が戸惑う間もなく、〈赤の王〉は風の如き速さで隊列の前方へと戻っていった。

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