3.
〈白の神官女〉を筆頭に、神殿に仕える者たちは頭を下げた。
「お待たせして申し訳ありませんでした、国王陛下」
相手の反応を待つ。
「よい。面を上げよ」
若い、男性の声が返ってきた。
許しを得たので、ゆっくりと顔を上げる。
「……え?」
目の前に映し出された光景。
途端、〈白の神官女〉の思考が真っ白になった。
「ど、どどどど、どうして、服を着ておられないのですか⁉」
現れた人物は、何故かその身に一切の衣服をまとっていなかった。
神官女は、慌てて己の視界を両手で覆った。
一瞬の間に映った光景が、脳裏に戻ってくる。
燃えるような赤い髪と、少年の面影が残る顔立ち。
その首の下にある鍛え抜かれた裸体を、惜しげもなくさらしていた。
「先ほどまで体育場で鍛えておってな。終わった後に香油を塗ったゆえ、臭いはしないと思うが、どうだ?」
あわあわと顔を赤らめる神官女の問いに、当の相手はそう答える。
どうだ、といわれても。もっと気にすべきところがあるのでは、の一言に尽きる。
「その……」
返答に窮し、言葉が見つからずにいると、国王は急ににやにやと笑みを浮かべ始めた。
「もしや、引きこもってばかりいるから、余の男体に興味があるのだな?」
「はぁ……⁉」
返す言葉に困っていたところを、とんでもない勘違いをされて。
〈白の神官女〉は平時にあるまじき声を出してしまった。
場にいる面々が一様にこちらへ目を向けている。その空気を変えるべく、慌てて答えを返した。
「そのようなこと、あるはずがないでしょう……⁉」
「ないのか?」
「ありません!」
きっぱりと断じる。
確かに、〈白の神官女〉となってから、神殿を含めた神域から外に出ることはない。
というのも、神殿に仕える者たちは全て女性であり、男性は一人もいなかった。
それゆえ男の、その身にひとつも着ていない姿となれば、当然ながら見慣れない光景である。
しかし、だからといって、欲情したりなどするはずがない。
〈白の神官女〉の答えに、何故か相手は残念そうに肩を落とした。
「そうか。特別に、神々にすら引けを取らぬ我が肉体をその目で堪能することを許そうと思ったのだがな」
「ですから、そのようなつもりはないと申しております……!」
「そのわりには、今も指の隙間から見ておるではないか?」
「見ていません!」
「嘘をいえ。このむっつりめ」
「むっ……⁉」
あまりに突拍子もない言葉に、〈白の神官女〉は目を白黒させた。まるで陸に上げられた魚のように、口を開閉する。
流石にこの発言は見過ごせなかったのか、周囲に控えていた〈神殿従女〉たちも色めき立つ。
まずい。このままでは、王家と神殿の間に問題が起きてしまう。
そう考えた〈白の神官女〉が行動しようとしたところ。
「ご歓談中のところ、失礼します。陛下」
「む?」
突如として割って入った声に、〈赤の王〉が背後を振り返った。
そこに、一人の女性が立っていた。
女の身にしては上背があり、体の所々に傷を負った姿と、日に焼けた肌が痛いくらい目に眩しい。
〈白の神官女〉は、この人物の正体に心当たりがあった。
――この人が、赤の王国でも随一と謳われている女剣士か。
その名はこの国内において、有名なものだ。
なんでも、現国王陛下の第一の臣下を名乗っているとか。
女性は相手よりも身長が高いため、自然と王を見下ろす形となる。
その腕が、今まさに赤髪の頭部へ目掛けて振り下ろされた。
ごん、と鈍い音が辺りに響く。
「ぁでっ!」
突然の暴力を受けて、〈赤の王〉が痛みに声を上げる。
いきなり殴りつけられ、頭を抑えていた。
一体、何が起きたのだろうか。
この事態に、被害を受けた当人を除いて、他の面々は身を硬くした。
「いきなり何をするのだ⁉」
激昂した様子で、殴った相手に王が怒った視線を向ける。
「頭が割れたらどうする⁉ 余はこの国でただ一人、代えの効かない王なのだぞ⁉」
しかし、非難を向けられた相手は、平然とした顔で言葉を返す。
「王であろうと、間違った行いは正さねばなりません。陛下が幼き頃に師事されていた、家庭教師の先生もそうおっしゃっておりました。ですから、私は先ほどの言葉は不適切と思い、恐れながらお諌めしたのです」
「諌めるなら口でいえばよい! 直接殴るな! ただでさえ力強いそなたに殴られたら、頭がいくつあっても足りなくなるわ!」
まるで叱られた子供のような顔で、王は話を加える。
「それに、あの妖怪のいうことを信じるでない! あやつは真正の詐欺師だぞ⁉」
「そうなのですか?」
〈赤の王〉の言葉に、女性は素直に目を丸くした。
その反応を見るに、意外と信じやすい性分であることが察せられた。
あるいは、主君の話は問答無用で信じる性質なのか。
「全く、これだから腕の立つ者は……すぐに暴力を上げおる。主人の顔が見てみたいものだ!」
呆れた様子で声を上げる王。果たして、その当人がご自身であることは理解されているのだろうか。
〈白の神官女〉含む一同は、意見を挟むのも憚られ、全員が口を閉じていた。