2.
頭の両端を紐でまとめた後、今度は小物入れ(ピュクシス)の蓋を開けて、金製の耳飾り(イヤリング)を取り出し、耳元に飾り付ける。
それらをようやく終えて、今度は用意した衣服を身にまとう。
昨夜と同じ、亜麻布で編まれた白の肌衣を金色の帯で締め上げる格好。実は帯の下に銀製の留め具も付けている。
ちなみに、下着と呼べる物は身に付けていない。
これについては諸々の意見があるものの、この国、この国土にあっては、何もおかしくはない常識といえた。
むしろ、女性だから服を着るのであって、男なら着ない場合も多い。
〈白の神官女〉は自身の姿を確認するべく、再び青銅の姿見を見やる。
「……おかしなところは、どこも、ないはず」
自身の今の姿を一通り見ながら、感想を呟く。
最後に平底靴を履いて、着替えは完了となる。
「……これでよいでしょう」
一連の支度を終えて、一人息を吐く。
ひさしぶりに神殿外の人間と会うため、身だしなみが崩れないか心配だった。
神殿に仕える者は、世俗との関わりを断っている。
その最高位に位置する〈白の神官女〉に選ばれた人物は、本人の出自がどうであれ、王国でただ一人、国王とも対等に話し合える立場にある。
かといって、莫大な富が手に入るわけではない。現在の神殿が抱える経済事情は、悲惨なものだ。
特に食料に関しては重要な問題で、月に一度運ばれてくる物資がなければ、たちまち飢えてしまうのが現状だった。
その理由は、先述したように、世俗との関わりを断っているため、街への買い物に出ることもままならない。
なんとも窮屈かつ面倒な決まりであるが、神との関係を重んじる彼女たちにとっては、決まりとは己の体以上に重く、生命に等しいほど大切なことだった。
しかも、それらに加えて。今の〈白の神官女〉には、その持ち運ばれてくる物資すら受け取りにくい事情もあった。
だというのに、これからその要因ともいえる相手と会わなければならないので、気が重い。
最も、背に腹は代えられないため、ありがたく受け取るより他にないのだが。
そうこうしているうちにも時間は経つので、覚悟を決めて部屋を出る。
その前に、扉の近くに立て掛けていた棒状の物を手に取った。
それは各部屋の扉を開けるための鍵である。
神殿内の扉は錠付きで、この奇妙に長い鍵を用いて扉の穴に通し、中からかんぬきを外すという仕組みだった。
また、鍵は神官を表すための象徴であり、祭儀を司る者にとっては、身分を示す装身具でもある。
それを手に抱えて、部屋の外に出る。
と、柱廊の合間から外の景色が目に飛び込んできた。
深い青空の下、切り取った地平線。神殿の下に見えるのは、街の市民が住まう家屋や、その他の建造物。
さらにその先には、果てしない海が垣間見える。
それらの景色の間を進みながら、〈白の神官女〉は廊下を渡り、目的の部屋へと向かっていく。
目指すのは、神殿にある三つの部屋のうち、神室である。
そこで、これから来訪するであろう客人と面会する。
また、神室には神殿の要ともいうべき神像も奉られていて。むしろ神室は、そのための空間といってもよかった。
あれこれ考えているうちに、目的の部屋の前まで到着する。
〈白の神官女〉は扉の中へと、その足を踏み入れた。
部屋に到着したあるじの姿を確認して、既に来ていた〈神殿従女〉たちが一斉に礼を取る。
「おはようございます。〈白の神官女〉さま」
見事なまでに揃えられた一礼を受けて、神官女も挨拶を返した。
「皆さん、おはようございます」
神官女は室内に入ると、左右に立ち並んだ円柱の下に控える〈神殿従女〉の縦列を縫って、足を進めていく。
従女たちもまた、自分たちのあるじと同じ格好をしており、その身に白の肌衣と黄色の帯を締めている。
しかし誰もが、素顔を頭巾で隠していた。
彼女たちの合間を通った先、この空間が神室と呼ばれる由縁である、石造りの神像の前に辿り着く。
そこは、〈白の神官女〉が最も所定とする位置であり、来訪する祭礼者を応対するための場所だ。
神像の前に辿り着いた神官女は背後を振り返り、あらためて客人を迎える準備を整えた。
と、両脇に控えていた従者たちの一人が、前へと進み出てくる。
「先ほど、国王さまがこちらにご到着されました。今は神殿の前でお待ちいただいております」
神官女は頷いた。
「お通しを」
許可を得て、〈神殿従女〉が主人の意志を伝えに外へ出る。
しばらくして、足音が聞こえてきた。