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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
一章:悲劇の誕生
3/31

1.

 扉を叩く音で、目を覚ました。


 部屋に設置された窓枠から陽の光が差し込む。


 どうやら朝を迎えたようだ。


 昨夜と同じ流れに既視感を覚えながら、〈白の神官女〉は横たわっていた寝台から体を起こし、重いまぶたを持ち上げ、音の聞こえた扉を見やる。


「……どうしました?」


 寝ぼけ眼でたずねると、扉を隔てた向こう側から声がした。


「〈白の神官女〉さまに、お客さまがいらします」


 そう答えたのは、この神殿に仕える〈神殿従女〉の一人だ。


 急報を知らせるため、あるじを起こしに来たのだろう。


「お客さま?」


 一拍の間を置いて、返事が聞こえた。


「はい」


 問いに頷かれ、嫌な予感が走る。


「お相手は、どちらさまで?」


 わずかな期待を込めてたずねると。


「赤の王国現国王陛下、〈赤のバシレウス〉さまにございます」


 やっぱり。予想していた通りの答えだ。


 聞こえない範囲の声量で、落胆の息をこぼす。


「かのお方は、もうこちらにいらっしゃるのですか?」


 かろうじての平静を装い、問い掛けると。


「間もなく来られるとのことです。先に到着した従者さまから、そうお伝えするようにと」


「……わかりました。支度を整え次第、向かいます」


「お願いします。では、先にお待ちしておりますので」


 扉の向こうの足音が遠ざかっていくのを聞き届けて、〈白の神官女〉はようやく息を吐いた。


「来訪の予定は、数日前に伝えてもらいたいものですが……」


 ひとりごちながら、寝台から立ち上がる。そのまま数少ない窓のひとつへと移動する。


 こぼれる朝のきらめきが、布のようにはためいていた。


 〈白の神官女〉は青空へと両手を組んで、祈りを捧げた。


「神よ。今日も生きていられることに、感謝します」


 ・ ・ ・


 この大陸には、五つの王国が存在する。


 それらの国々はまとめて五色ごしきの王国と呼ばれている。


 五カ国はそれぞれ、赤、青、緑、黄、黒の五つの色を国名に冠して、領土が分かれており。そのうちのひとつ、赤の王国領内に、〈白の神官女〉がおさめる神殿は建っていた。


 そこは処女の間と呼ばれ、〈白の神官女〉が寝泊まりする部屋である。


 今その一室で、神官女は寝間着として身にまとっていた布を脱ぎ、備え付けのたらいから水を掬って、顔をすすいだ。


 壁に掛けていた海綿を手に取り、何もまとっていない体を拭いていく。


 これらは身を清めるための日課として、起床してから行う神官女の習慣だった。


 一通り体を洗った後、使用していない布を取って、肌の水滴を拭う。


 髪や体を充分に拭き終えて、〈白の神官女〉は備え付けの姿見に目を移した。


 くもり一つなく磨き上げられた青銅の鏡に映るのは、今年で二十歳を迎える女性の裸体である。


 星のごとく輝く黄金の髪色。それがこぼれ落ちる容姿は、神々ですら目を逸らすほどに整っていて。


 その首の下。胸こそ控えめなものの、それを差し引いても余りある美が、そこにあった。


 美しい花を咲かせるような手足。陽の光から逃れ得た白い素肌。汚れを知らぬ、清らかな肢体。


 当人である〈白の神官女〉は、近くに置いた三脚椅子の卓上へと手を伸ばす。


 携帯用の香油入れ(アリュバロス)の蓋を開けると、甘く清らかな香りが周囲へと漂った。


 その中身を白く細やかな指の腹で、掬い上げる。


 種々様々な香料をたっぷりと混ぜ合わせて作られた金色の液体は、最高級の香油であった。


 それを手に付けて、己の髪へ塗り合わせていく。次に体へと擦り付ける。


 脳裏を痺れさせるような甘い香りが、部屋全体へと充満する。


 もしこの場に耐性のない者がいれば、あまりの甘美さに倒れてしまうことだろう。


 その可憐さを褒められて育った蝶や花も、思わずため息を吐いてしまうかもしれない。


 〈白の神官女〉は普段通りの何気ない顔で、淡々と朝の化粧を済ませていった。

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