1.
扉を叩く音で、目を覚ました。
部屋に設置された窓枠から陽の光が差し込む。
どうやら朝を迎えたようだ。
昨夜と同じ流れに既視感を覚えながら、〈白の神官女〉は横たわっていた寝台から体を起こし、重いまぶたを持ち上げ、音の聞こえた扉を見やる。
「……どうしました?」
寝ぼけ眼でたずねると、扉を隔てた向こう側から声がした。
「〈白の神官女〉さまに、お客さまがいらします」
そう答えたのは、この神殿に仕える〈神殿従女〉の一人だ。
急報を知らせるため、あるじを起こしに来たのだろう。
「お客さま?」
一拍の間を置いて、返事が聞こえた。
「はい」
問いに頷かれ、嫌な予感が走る。
「お相手は、どちらさまで?」
わずかな期待を込めてたずねると。
「赤の王国現国王陛下、〈赤の王〉さまにございます」
やっぱり。予想していた通りの答えだ。
聞こえない範囲の声量で、落胆の息をこぼす。
「かのお方は、もうこちらにいらっしゃるのですか?」
かろうじての平静を装い、問い掛けると。
「間もなく来られるとのことです。先に到着した従者さまから、そうお伝えするようにと」
「……わかりました。支度を整え次第、向かいます」
「お願いします。では、先にお待ちしておりますので」
扉の向こうの足音が遠ざかっていくのを聞き届けて、〈白の神官女〉はようやく息を吐いた。
「来訪の予定は、数日前に伝えてもらいたいものですが……」
ひとりごちながら、寝台から立ち上がる。そのまま数少ない窓のひとつへと移動する。
こぼれる朝のきらめきが、布のようにはためいていた。
〈白の神官女〉は青空へと両手を組んで、祈りを捧げた。
「神よ。今日も生きていられることに、感謝します」
・ ・ ・
この大陸には、五つの王国が存在する。
それらの国々はまとめて五色の王国と呼ばれている。
五カ国はそれぞれ、赤、青、緑、黄、黒の五つの色を国名に冠して、領土が分かれており。そのうちのひとつ、赤の王国領内に、〈白の神官女〉がおさめる神殿は建っていた。
そこは処女の間と呼ばれ、〈白の神官女〉が寝泊まりする部屋である。
今その一室で、神官女は寝間着として身にまとっていた布を脱ぎ、備え付けのたらいから水を掬って、顔をすすいだ。
壁に掛けていた海綿を手に取り、何もまとっていない体を拭いていく。
これらは身を清めるための日課として、起床してから行う神官女の習慣だった。
一通り体を洗った後、使用していない布を取って、肌の水滴を拭う。
髪や体を充分に拭き終えて、〈白の神官女〉は備え付けの姿見に目を移した。
くもり一つなく磨き上げられた青銅の鏡に映るのは、今年で二十歳を迎える女性の裸体である。
星のごとく輝く黄金の髪色。それがこぼれ落ちる容姿は、神々ですら目を逸らすほどに整っていて。
その首の下。胸こそ控えめなものの、それを差し引いても余りある美が、そこにあった。
美しい花を咲かせるような手足。陽の光から逃れ得た白い素肌。汚れを知らぬ、清らかな肢体。
当人である〈白の神官女〉は、近くに置いた三脚椅子の卓上へと手を伸ばす。
携帯用の香油入れ(アリュバロス)の蓋を開けると、甘く清らかな香りが周囲へと漂った。
その中身を白く細やかな指の腹で、掬い上げる。
種々様々な香料をたっぷりと混ぜ合わせて作られた金色の液体は、最高級の香油であった。
それを手に付けて、己の髪へ塗り合わせていく。次に体へと擦り付ける。
脳裏を痺れさせるような甘い香りが、部屋全体へと充満する。
もしこの場に耐性のない者がいれば、あまりの甘美さに倒れてしまうことだろう。
その可憐さを褒められて育った蝶や花も、思わずため息を吐いてしまうかもしれない。
〈白の神官女〉は普段通りの何気ない顔で、淡々と朝の化粧を済ませていった。