5.
市民たちの目を掻い潜って、神殿の裏側に辿り着いた三人。
人一人分入れそうなほどしかない真四角に囲われた空間に入った先代の〈白の神官女〉を、後方から王と臣下が見守る。
「初代〈白の神官女〉よ。どうか我が声にお応えください」
カサンドラが地面に膝を折り、そう祈ると、どこからともなく声が響いてきた。
「我が名を呼ぶということはつまり、汝は我が後継者であるな?」
女性の声音。だが、男性的な口調。
それにうやうやしく礼を取るカサンドラ。
「左様です」
「ふむ。では我が母も目覚めたというわけか」
「聡明なご判断、助かります」
「妾を起こす理由にそれ以外のものが見当たらんだけだ。それで、汝は妾に何を望む?」
「私の体をあなたさまにお貸しいたします。ですので、そのお力をどうかお貸しください」
「いいだろう。汝の望みを叶えてやる」
すると、空間がわずかに揺らめいて、カサンドラの体へと乗り移っていく。
「……して、汝らは何者か?」
憑依したと思われる相手に、アレキサンドリアがことを理解して名乗り出る。
「私はこちらにおわすお方の臣下。そして、このお方こそ当代の〈赤の王〉さまにございます」
「ほう? そなたが、我が血統の子孫か!」
途端、目を丸くするカサンドラの顔。対して、口を閉じていたペンテウスがいう。
「……話は聞いておる。我が血統の高祖よ。どうかその力を貸してほしい」
「ふむ。初代たる妾にその尊大な言い様、どうやら間違いないようだ」
確かに、口調が似ていると、アレキサンドリアは内心で思いを抱いた。
同じ血が流れているのだから、似た者同士ということだろう。
「なるほど。王と臣下、そして〈白の神官女〉で我が神殿に来たわけだ。……ん? とすれば、我が母はどうやって顕現しておる?」
「当代の〈白の神官女〉、我が妃となる者だ」
「妃だとぉ?」
とんでもないことを聞いたといわんばかりの声で、聞き返す初代〈白の神官女〉。
「汝は今代の〈赤の王〉であろう? 我ら王家と神殿の盟約はどうした?」
「破棄した。余はその呪いを解くために、当代の〈白の神官女〉を王妃とするのだ」
そう答えたペンテウスの頬が、いきなり相手の拳で殴られた。
「ぶほぉっ!」
声を上げてその体が吹き飛び、地面に叩き付けられる。
「陛下ー!」
思わずアレキサンドリアが叫ぶ。
「何をいっているのかわかっているのか? 汝は」
「……わかっておる。その上で答えたのだ」
「ヒュプノスはどうした? あれがいる限り、その望みが叶うことはない」
「倒した。余のこの手で」
そう答えたペンテウスだが、カサンドラに乗り移った初代〈白の神官女〉が馬乗りになって、今度は腹を殴られた。
「ぐへぇっ!」
「陛下ぁー!」
主君の身を案じて叫ぶ臣下に、王がいう。
「叫んでばかりいないで、あるじを助けよ……」
「そうでした」
アレキサンドリアは、馬乗り状態となっているカサンドラの体を抑えて、引き剥がしに掛かる。
あくまでカサンドラの体なので、大した力はいらず容易に引き剥がせた。
しかし、アレキサンドリアは思う。あの親にしてこの子あり、だと。
流石は我が主君の高祖。突飛な行動に驚かされるばかりである。
「汝、妾が敷いた訓戒を破るとは。ならば、我が母も起きようというもの。それでも本当に、王家に連なる者か?」
失敗だと、初代〈白の神官女〉は忌々しそうにいった。
先ほどまでの友好的な雰囲気はなく、今はただ目の前の存在が許せないといわんばかりに剣呑な表情を浮かべている。
「妾が今ここで、その愚かな考えに引導を渡してやろう」
途端、ざわ、と空気が震えた、ような気がした。
あくまで感覚の話。それでも、先ほど感じた震えは、確かに二人の体に刻み込まれた。
それを受けた王は、しかし怯むことなく相対する。
「余は、約束したのだ。あやつを守ると。ゆえに、ここで倒れるわけにはいかぬ」
「……どうしてそこまでできる? 王にとって、伴侶とは子を成すためだけのものであるはず。血の系譜を絶やさぬためだけの、いわば道具であるはずだ。そうまでして〈白の神官女〉と結ぶのは、美貌か。己の欲望を満たすためにか? 答えよ、今代の〈赤の王〉」
「簡単なことよ。余が、あれを愛しておるからだ」
「愛、だと……?」
「愛、だと……?」
何をいわれたのかわからないといった様子で、目を見開く相手。
と、その片手を顔に当てて、半面を隠して笑い出した。
「くはははははは! そうか、愛か! ついぞ我ら親子がわからぬものを理解したか! 我が子孫は!」
くく、と笑いを噛み切れず、その口から漏れる。
ころころと変わるその表情には再び、友好的な感情が見て取れる。
「ならばよい。失敗の発言を撤回しよう。成功だ。汝らは我ら王家の呪いを見事、克服したのだ」
そのあまりの変わり様に、ついていけず呆ける王と臣下の二人。
なんとか言葉を紡ぎ出す。
「……力を貸してくれる、ということでよいのだな?」
「うむ。当時ほどの力は使えないが、少なからず力にはなれるだろう」
その返答を受けて、ほっと胸の内を撫で下ろすアレキサンドリア。
ふと隣に目を向けると、王は表情こそ変えなかったが、その顔がどこか安心して見えるのは、気の所為ではないだろう。
「しかし……」
ふと、ペンテウスが同意を求めるような目を従者に向ける。
「ええ……」
その意図するところを理解したアレキサンドリアもまた、頷きを持って返した。
「どうした?」
二人の様子に、首を傾げる初代〈白の神官女〉の霊。
「どちらかといえば、そちらが親であるような……」
王の言葉を代弁して、アレキサンドリアが答える。
「ふむ、当然よ」
前〈白の神官女〉の口端を吊り上げて、初代はいった。
「始祖(親)が不出来であるからこそ、子は立派に育つのだ」




