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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
三章:ミネルヴァの梟は迫りくる夕暮れに飛び立つ
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4.

 王の宮殿を出たペンテウスたちを待っていたのは、常日頃彼らが目にするものとは異なる光景であった。


「……何だこれは? 一体、何がどうなっておる?」


 王が視線を向ける先、正気を失った市民たちが、街の至るところを破壊していたのだ。


 と、ペンテウスたちに気付いた市民の集団が襲い掛かってきた。


 それを躱しながら距離を取り、王は問いを投げる。


「そなたら、余のことがわからぬのか!」


 しかし、その声が届いていないのか、それとも意識すらないのか。


 彼らは皆正気を失った目で、ペンテウスたちへと向かってくる。


 その背中に背負われたアレキサンドリアが、彼の耳へとこの原因を伝える。


「どうやら、〈白の神官女〉さまが杖を振るたびに、近くにいた市民たちがあのようになりまして……」


「あの杖か!」


 心当たりのある王は、歯噛みするようにいった。


 その握った拳をどこに振ればよいかわからない、そんな顔で。


「ダフネはどうしたというのだ? 何故、このようなことを……!」


「ダフネというお方は、もしや……?」


「ああ、そうだ。あの〈白の神官女〉の名前だ」


「陛下はすでに、知っておられたのですね」


 そこで、カサンドラが割って入る。


 ペンテウスは、その時のことを語った。


「最初の迷宮に入った際、互いの名前を教え合った」


「それはまた、なんとも……」


 アレキサンドリアが苦い顔をする。


 両者は互いに他者に自らの本名を教えるのは禁じられていたはずだが、まさかそのどちらとも禁を犯すとは。


 対して、カサンドラの表情はどこか安堵した様子であった。


「今はそれより、この状況を打破する手段を考えませんと」


「そうですね。しかし、皆さんもおわかりの通り、今の〈白の神官女〉さまは普段と違うご様子でした」


「あれはきっと、乗っ取られているのです」


 カサンドラが答えると、他の二人が声を上げる。


「乗っ取られている、だと?」


「はい。私たち女性は、霊体に影響を受けやすい性質にあります。これを憑依といいまして。特に〈白の神官女〉である者は、その傾向が強いのです」


「そんなことがあり得るのか。いや、もしやこれが、あやつのいっていたことであると……?」


 思い当たる節があることに、ペンテウスが歯ぎしりする。


 どうして未然に防げなかったのかと、自分を殴りそうになった。


「陛下……」


 主君の様子を案じる顔で、アレキサンドリアが見やる。


 その時、三人の背後に、ふいに気配を感じた。


 振り返ると、そこに杖を手にした金髪の女性が立っていた。


「ダフネ……!」


 ペンテウスは追い付いてきた相手の名前を口にした。


 しかし、それはあくまで外見の話。王は先ほどのカサンドラの言葉と、以前ダフネ自身より聞いていた話を合わせて、目の前の相手が何者であるかを理解し、その上で相手と向き合う。


「八つ当たりにもほどがあるぞ、我が血統の始祖よ」


「いい掛かりは止して。これは正当な復讐よ。奪われたものを取り戻すための、ね」


 市民たちを狂化させながら、ダフネに乗り移った女神はいう。


 彼女が振るうテュルソスのおかげで、街は今、混乱と狂気の渦に巻き込まれている。


 市街の至るところが、自制を失った市民たちの手によって破壊されていく。


 彼らは泣くように。笑うように、声を上げながら、これまで自分たちが生活を送ってきた場所をその手で叩き割っていった。


 それは初めて迷宮へと赴いた際の兵士たちと同じ光景。


 まさにあの時と同じ、杖が及ぼす影響を受けた彼らは狂騒の状態に陥り、目に付くものへと襲い掛かっている。


 その中心にいるのは、今代の〈白の神官女〉の姿をした女性だ。


 踊るように、歌うように、彼女は言葉を紡ぐ。


「あの世で見ているかしら? 自分が大切にしていたものが、蹂躙されていく様を! これで私の気持ちも、少しは理解したでしょう? 本当に、本当に悲しかったの……」


 その目的が今、遂げられようとしている。


 この手で、自身の血筋を絶やすこと。


 今代の〈赤の王〉を屠るのだ。


「くっ……!」


 ペンテウスは己の臣下を背負いつつ、駆け出した。


 その手を自らの実母に繋ぎながら。


「追い掛けっ子するの? いいわ、簡単に達成できたら、つまらないものね」


 王の背後から、笑う声が聞こえてきた。


 ある程度まで走ったところで、物陰に隠れる。


 辺りに人の影がないことを確認し、一息ついた。


「……陛下、私を置いてお逃げください」


 自身を背負ったペンテウスに、アレキサンドリアがいう。


 しかし、王にそれを聞く様子はない。


「そなたは最後まで余に尽くすといったはずだ。まさか、ここが最後だというつもりか?」


「それは……」


 そこで、二人の間に割って入る声がした。


「恐れながら、私に考えがあります、その場所にさえたどり着ければ、希望があるでしょう」


「よい。案内せよ。道中の人除けは余が行う」


「それに」と王は言葉を続ける。


「ダフネを助け出さなければな」


「ダフネという方は、もしかして……」


 先ほどから挙がっている名前に、アレキサンドリアは問い掛ける。


 対して、カサンドラは驚いた様子で返答した。


「陛下はすでに、あの子の名前をご存知だったのですね」


「ああ。あやつと約束したのだ。それを破るわけにはいかぬのでな」


 カサンドラの案内で、ペンテウスとアレキサンドリアの三人の主従はある場所へと赴いた。


 そこは〈白の神官女〉であった者しか事情を知り得ない場所。


 初代〈白の神官女〉が眠っていると、道中の案内で王は聞いた。


「お二人は迷宮に入る前、小さな箱型の建物を見ませんでしたか?」


 その場所へと向かう前、カサンドラが二人にたずねる。


「見た。あれは一体何なのかと気になったが」


「あれこそ、初代〈白の神官女〉さまを祀るもうひとつの神殿なのです」


「そうだったのか」


 納得した顔で頷く王。


 そうして、三人は神殿への足を進ませた。

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