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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
三章:ミネルヴァの梟は迫りくる夕暮れに飛び立つ
27/31

3.

 一方、その頃。


 ペンテウスは、王の宮殿にて、客間である人物との話し合いに応じていた。


 宮殿は三階建てと四階建てに分かれており、今彼らがいるのは二階である。


 その相手とは、麗しい銀髪を流した女性だ。


「本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「声を掛けてきたのはそなたであろう。前〈白の神官女〉よ」


「本名はカサンドラと申します。陛下」


 うやうやしく頭を垂れる人物に、王が幼少の頃に会っている。


 父王に連れられて、ペンテウスが神殿を訪れた時。神殿を去り際に、笑みを見せてくれた。


 以来こうして会うのは実に十数年ぶりなわけだが、相手の姿が一向に衰えておらず、内心驚く王である。


 この世の至上とも思えるその美しさを前にして、ペンテウスは相手に問い掛けた。


「それで、余に何の話だ?」


「陛下がご即位されてからもう、一年が経ちますね」


「そうであるな」


「そろそろ、王家の秘密について知ってもよろしいかと思いまして」


「王家の秘密だと? 何故神殿の者であったそなたが知っておる?」


「それは……私が、御身に縁のある者であるからにございます」


「何を、意味深なことを……」


 訝るペンテウスに対し、カサンドラは話し始めた。


 その内容を聞くにつれて、徐々に王は目を見開いていく。


 最後には、うなだれるような顔で、話を終えた相手を見た。


「……では、そなたが本当の、余の母親だというのか?」


 こくりと頷くカサンドラ。


 彼女の話によれば、前国王であるペンテウスの父は、禁忌を侵していた。


 それは、当時役に就いていたはずの〈白の神官女〉と交わったことである。


 本来、〈白の神官女〉は役職の間、誰のものにもなってはいけない決まりだ。今でこそ、神殿が封鎖されたといえ、当時そのしきたりは誰もが心得ていたはず。


「……初めは、拒否しました」


 当然のことながら、王家と神殿の盟約により、当時〈白の神官女〉の役に就いていた彼女が受け入れられるはずもない。


 何より、当時の父王はすでに王妃を持っていた。


 しかし、聞いた話ではあるが、どうやら子供に恵まれなかったらしい。


 父王の真意はわからない。しかし、それらの事情もあったのだろう。


 前国王は、カサンドラに迫ったという。


 最終的には、彼女は前国王の求めを受け入れることにした。


 そして、彼女は身ごもってしまったそうだ。


 その事実を前国王に告げると、彼はこういった。


 その子供を我が世継ぎとする、と。


 そうして、誰に望まれることなく産まれた子供は、国王と王妃の間に生まれた子供とされた。


 最も、ことがことであるため、この事実を知る者はごくわずかに限られた。


 これを知る者は、国王と〈白の神官女〉。そして王妃と、出産を偽装するために選ばれた従者一人。


 その後の乳母を務めたのが、他ならぬ王妃自身であったとか。


 彼らだけが、この事実を知るものとされた。


「余は、母上と血がつながっていなかった……?」


 王の言葉の後、二人の間に沈黙が流れる。


 相手は答えなかったが、それはつまり肯定を意味していた。


「……それを、この余に受け入れよ、と?」


 混乱する頭でペンテウスがたずねると、今度は彼女も頷いた。


「はい。陛下は……その、私の子、ですので」


 カサンドラは、あくまで自分が聞いた話と前置きしたうえで話し始める。


「陛下はこれまで行われてこなかった今代の〈白の神官女〉を妃とし、初代から続いてきた王家の血を変えようと考えておりましたね? しかし、既に先代の国王、あなたのお父君は〈白の神官女(わたし)〉との間に子を成していました。それこそが、あなたさまなのです」


「……そんな、それでは父上はすでに……」


 まさか己の父親が、自身の配偶者とは別の女性を身ごもらせ、その赤子を育てさせる人間であったとは。


 ましてそれを生涯にわたって隠し続けるなど、日頃から自由を謳うペンテウスですら、狂気に近い何かを感じざるを得なかった。


 と、ふと聞こえてきた物音に、その目を外へと向ける。


「……何やら外が騒がしいな?」


 その理由を確かめるべく、王は立ち上がった。


 途端、部屋の扉が強引に開けられた。


 そこから、人影が割って入る。


「――何者だ?」


 誰何の声を上げるペンテウスの前に現れたのは、肩口の傷を抑えた女性であった。


「お逃げください、陛下……!」


 その光景に、ペンテウスが目を剥く。


「アレクサンドリア⁉ どうしたのだ、その傷は⁉」


 王の臣下、アレキサンドリアが負傷した状態で、主君の前に現れたのだ。


「そなたほどの者が、一体誰にやられた……⁉」


 負傷した理由についてたずねる主君に、答えようとしたアレキサンドリアが背後を振り向く。


「もう追ってきたのか……!」


 その端正な顔を鬼気迫る色に変えた後、アレキサンドリアは王を守ろうとなんとか立ち上がる。


 背後の扉から、それは現れた。その人物に、ペンテウスとカサンドラが同時に驚く。


「そなたは……ダフネではないか?」


 今代の〈白の神官女〉が、三人の前に姿を表した。


 その手に杖を握った彼女へと、カサンドラが問い掛ける。


「あなた、どうしてここに……?」


 しかし、ダフネの姿をした女性は、その問いに答えることはなく。


 彼女はペンテウスに目を向けて、その口を開いた。


「あなたが、そうなのね?」


 確かめるような言葉。


 途端、その側に近寄っていたアレキサンドリアが悲鳴に似た声を上げる。


「王よ、どうかお逃げください! この者は――!」


「初めまして。今代の〈赤の王〉。忌まわしき、我が血統の子孫よ」


 アレキサンドリアの忠告を遮るように、彼女は自らの正体について名乗った。


「私は女神。あなたがた赤の王家の始祖にして、これに復讐する者。我が積年の恨みと怒り、しかとその身に返させてもらいます」


 途端、ダフネが手にした杖を振り上げるのと、王がカサンドラを抱えて窓際に走り出すのはほとんど一緒であった。


 窓から飛び降り、一階の地面へと着地する。硝子は貼られていないため、その身に怪我はない。


 背中と膝裏を抱えたカサンドラを下ろし、即座に二階へ向け、両手を広げて声を張り上げる。


「アレキサンドリア! 飛べ!」


 主君の命を受けて、臣下の女性は力を振り絞って窓から飛んだ。


 その落下していった体を、階下にいた王が受け止める。


「……ありがとうございます、陛下」


「礼は後だ。……そなたも共に来い!」


 ペンテウスがアレキサンドリアを背負い、カサンドラへと命じる。


 この場で実母を名前で呼ぶのは憚られたが、カサンドラは頷いて、駆け出した王の後に続いた。


 その立ち去る間際、ペンテウスが再び階上の自分たちが飛び降りた場所を見やると、そこに自分の妃となる手筈であった女性の姿が立っている。


「……ダフネ」


 果たして、その言葉は相手に届いたろうか。

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