王の場合
濃い青空の下。
天とは対照的な色をした地上で、一人の人物が凱歌の中をくぐり、民衆に手を振っている。
燃えるような赤髪をした、男性だった。
よく日に焼けた肌には無数の傷が見え、しかしそれらを受けてなお揺らぐことのない、屈強な肉体を誇っている。
この者こそ、赤の王国を建国まで導いた、初代〈赤の王〉であった。
後に建国王として、後世に崇められる彼は今、長きに渡る遠征から勝利を引っ提げて自らがおさめる国へと帰ってきた。
誰もが王に目を向け、歓声を上げる。
その男の背後に、銀髪の女性が寄り添っていたことは、誰も気付いていないだろう。
初代〈赤の王〉は王の宮殿へと戻り、長い戦いを共にした臣下たちを帰らせ、一人になった時。
彼は、他に誰もいないはずの広間で話し掛けた。
「……もう誰もいないから、出てきていいぞ」
王が呼び掛けるも、返る声はなく、静寂があるのみ。
かと思えば、誰もいないはずの空間に、すぅっ、と人の影が浮かび上がった。
今まで空気に溶け込んでいたかのように出てきたのは、一人の女性。
王が呼んだ女性は、まさしく女神であった。
初代〈赤の王〉はこの女神から加護を受けて、周辺諸国との争いに打ち勝ち、国内を平定したのだ。
そして、見事に自分を王とした国を建ててみせた。
その功績により、血で血を争っていた争いはなくなり、国の民たちはひとときの平和を覚えた。
しかし、国は興ったものの、人々が安心して暮らすには、まだ早かった。
いつまた、血みどろの戦乱の世に戻るか、わからないからだ。
例え今が平和だとしても、治める王がいなくなれば、国は再び乱れ、戦いが起こる。
それは、王に従う臣下たちも同じ意見であった。
いつまた、他の国が攻めてくるかもわからない。
自分たちは今度も、勝利できるのか。
全ての采配は、〈赤の王〉の手に委ねられていた。
だから、一人の臣下が王の前に進み出た。
その人物は、この国の〈第一の臣下〉として国王に仕える人物であった。
長らく王に仕えた戦友として、また、王と共に国を建てた重臣だった。
その臣下は、自身の主君に対してこう意見を述べた。
「我が王よ。その権力を絶対にするべく、女神を己のものとするのです」
その内容に、王は当然のごとく困惑する。
「そなたは自分が何をいっているのか、わかっているのか?」
「もちろんですとも。私は正気です」
「ならば、それを踏まえた上で、私にあの美しき女神を手籠めにせよと。そう申すのだな?」
「どうか落ち着いてください、王よ。あくまでこれは、合意の上での話です」
「合意の上だと?」
「はい。女神とはいえ、相手も女性ですから。あなたさまが王としての威光と、男としての度量を示せれば、女神も伴侶となることを望むでしょう。そして、夫婦の契りを交わすのです」
この意見に、王は疑わしそうに眉をひそめた。
「そう簡単に、女神が人間と共になったりするだろうか?」
「何を弱気なことをおっしゃるのです。あなたさまはこの国の王なのですよ? そのような様子では、いずれ王の権勢にも陰りが差しましょう。そうなれば、国は再び乱れ、民は迷い、争いが繰り返されます」
「……それは、そうかもしれないが」
「何を恐れているのです? 今までのように、ご決断なさればよいのです」
「……もうよい。下がれ」
「王……」
「下がれといっている」
「……は」
礼をして、退室していく臣下を見送り、王は誰もいなくなった部屋で一人、ため息を吐いた。
「……全く、熱心な臣下というのも考えものだな」
体の熱を冷ますべく、宮殿の外へと出る。
涼やかな風が、頬を吹き付ける。
いつの間にか、すぐ側に女神が現れていた。
「……来ていたのか」
女神の表情がわずかに動く。それだけで、頷いたのだとわかる。
その様子を見るに、先ほどのやり取りは聞いていなかったのだと理解し、初代〈赤の王〉は内心安堵の息を吐いて、相手へと向き直った。
――無論、愛しているとも。
これまでの戦いを経て、王は女神に惹かれていた。
無論、男であればその美しさに見惚れるだろう。しかし、それだけではない。
だが、女神に対しては心のどこかで一線を引いていた。
というのも、相手は神聖な存在。いくら力を貸してもらっているとはいえ、いわば異なる種族同士。
それは向こうも同じで。力を貸しはすれど、それ以上に関わることはない。
――私とて、どれほどそうなりたいと願っていることか。
この手を伸ばしたところで、届くかどうか。相手が応じてくれるかもわからない。




