8.
「……偵察、組織?」
「はい」
異国からの間者と伝えられて、ダフネは絶句する。
「〈藍蜂〉の者は各国に潜入し、情報を抜き取っては巣と呼ばれる故国の本拠地にもって帰ると聞きます。この者もそうするところを、見つかったのでしょう。〈青の王〉陛下より命を受け、この王国へと潜入し、神殿で身を隠していたのです。……まだ推測ですが、この者がこれまで多発していた迷宮入りの手引きをしていたと見て、まず間違いないかと思います」
「……そんな」
ダフネはその事実に驚くとともに、別の疑問が脳裏をよぎった。
どうして、それを知っているのか。
それをたずねるべきか迷ったところ、〈藍蜂〉と呼ばれた少女が歯を剥き出してアレキサンドリアを睨む。
「裏切り者め! 同胞だけに飽き足らず、故国まで売るのか!」
アレキサンドリアもまた、その視線を受けて睨み返す。
「神殿に仕える者として、裏切ったのはそちらだろう? 元より、貴様らの同胞でいたつもりはない」
「何だと……⁉」
少女が怒りと驚愕に目を剥く。
「そして、ここで得た情報を、故国に持ち帰ろうとしていた。そうだろう?」
アレキサンドリアは、囚われの元〈神殿従女〉を睨んだ。
ダフネは驚きに見開いたその目を向けた。
「嘘、ですよね……?」
俯いていた少女が、その顔を上げる。
「いったはずですよ。口は硬い、と」
その発言を聞いて、ダフネは目の前の少女が、以前話をした〈神殿従女〉だと気付いた。
ダフネは胸のうちが締め上げられる思いでいた。
アレキサンドリアが、獰猛に笑う。
「ほう? それはよい心掛けだ。その言葉が本当かどうか、これから牢屋でじっくりと確かめてやろう」
少女はそれに、引きつらせた笑みを浮かべて、相手を見上げる。
「確認も取れましたので、ここで失礼します。この者は、私が預かることになりますので」
そう言い残し、連れて行くために去ろうとする背中に、声を投げる。
「……待ってください」
止められて、アレキサンドリアは振り返った。
「何でしょう?」
「その方は本当に、捕らえられるような罪を犯したのでしょうか?」
アレキサンドリアは、ダフネが出会って以来初めて、負の感情が込もった目をした。
「……私の母は、青の王国に捕虜として連れ去られた女性です」
その口から発せられたのは、彼女の生い立ちだった。
「母はそこで子を成し、生まれたのが私です。……母は故国への帰りをずっと望んでいました。その夢が叶うことはついぞありませんでしたが」
懐かしむように、目を細める相手。
「……それは?」
「亡き母の形見です。これは青の王国の奴隷に与えられるものでして。この胸当ても、あちらの王国で手に入れたものです。これらを見せたら、どうやら私を同胞と勘違いしたようで。……母を失った私は、生きるために傭兵として青の王国に従軍し、その戦いで傷を追った私を、彼らは見捨てました。しかし、もうここまでと思った生命を、救ってくれた方がいたのです。その方こそ、先代の〈赤の王〉妃さまです。私は、この生命を救っていただいたあの方と、その子息である現国王陛下のために使うと決めたのです」
アレキサンドリアがあらためて、ダフネへと目を向ける。
「その脅威となる火の粉を払うのは、いけないことでしょうか?」
「……」
ダフネは、返す言葉が見当たらない。
するとそこに、赤髪の青年が現れた。
「こやつが、青の王国の間諜という者か?」
「陛下……!」
「〈赤の王〉……⁉」
少女が目を見張る。
その前に現れたのは、この国で最も高い権力にいる人物だ。
「どうする? 〈白の神官女〉よ?」
問い掛ける視線に、ダフネはゆっくりと言葉を紡いだ。
「……生命まで、取ってはなりません。あなたが生命を救われたように」
その言葉を聞いたアレキサンドリアは、一度目を見開き、頭を下げた。
「……承りました。しかるべき裁きが下るまでの間、この者の生命は保証しましょう」
そうして、連れてきた少女と共に帰っていく。
アレキサンドリアは〈赤の王〉へと頭を下げ、この場を立ち去った。
その間際、もう一度ダフネへと振り返る。
「念のために、他に仲間はいないようですが。お気を付けください」
後に残った〈赤の王〉、ペンテウスが隣に立つダフネを見やる。
「そなたも災難であったな。まさか、行方不明であった従者が、間者だったとは」
「……はい」
その後の言葉が続かないダフネに、ペンテウスが返答する。
「しかし、〈青の王〉も何を考えているやら……これは明確な協定違反ぞ」
協定、それは五カ国の国王によって決められた、各王国同士の互いに領土を侵さないという約束だ。
五王評議と呼ばれる五人の国王が集まる会議で決められ、こちらの〈赤の王〉もそれに出席している。
王は深く考え込む様子で、ダフネに顔を向けていった。
「余は宮殿に戻る。そなたも先の戦いで疲れておるだろうから、無理はするでないぞ」
「……はい」
ダフネは頷いた。立ち去ろうとする相手の背中に、声を掛ける。
「陛下にお願いがあります」
「ん?」
王が振り返る。
ダフネは考えていたことを口にした。
「この神殿を、封鎖してください」




