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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
二章:理性の眠りは怪物を生む
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7.

「……汝はそれでよいのか?」


 羊頭鬼が、ダフネに向けてたずねる。

 先の記憶を見せた上で、問い掛けているのだろう。


「どういう意味だ?」


 ペンテウスが問いを返す。

 ダフネは何もいえずにいた。


「ならば、今代の〈赤の王〉に問おう。己が望みのために、先代がこれまで築いてきた歴史を否定するのか?」


「王家に掛けられた呪いは、余の代で終わらせるつもりだ。これからの子孫にまで背負わせる気はない」


「知った風にいう。その傲慢さが、悲劇を引き起こしたというのに」


「そなたとは、決着をつけねばなるまい」


「いいだろう。いにしえより続く王家と神殿の呪いに終止符を。どちらが正しいのか、その決着をつけよう」


 すると、羊頭鬼の姿が変化していく。

 やがてそれは人の形を取り、一人の人間へと変わった。

 金髪の、ダフネを攫ったあの青年の姿へと。


 それを目にしたダフネは、開けた口元を抑える。


「――やはり、件の空を飛ぶ男はそなた自身であったか」


 対してペンテウスは、納得した顔で頷いた。

 ダフネが何か言う前に青年が翼を払い、空中にきらきらと粉が舞い散る。


 途端、ダフネは声を上げた。


「陛下! それを吸ってはなりません!」


 間に合わず、それを吸ったと思われる兵士たちが、次々と地面に倒れていく。


「これは、何だ……?」


「幻覚を見せる粉のようです。吸えば睡魔に襲われ、起きるのが困難になります」


 そう説明するダフネ自身もまた、その効果を受けた身である。


「皆、既にわかっているとは思うが、これを吸ってはならんぞ!」


 ペンテウスが周囲に向けて声を張り上げる。

 兵士たちも口元を抑えた。


「おのれ、かような搦め手を……!」


 苦々しげに呟いたペンテウスは、青年の姿に変容した羊頭鬼へと向かっていく。


 対する羊頭鬼は、その手元にいつの間にか現れた剣を握っていた。

 それが、向かい来るペンテウスへと振り下ろされる。


 王はそれを手にしていた王剣で防ぐ。

 互いの武器が重なり、剣戟が交わされる。

 打ち合う金属音が、周囲へと響き渡った。


 それから再び、両者による攻防が繰り広げられる。


 傷口を抑え、片腕で防いだペンテウスは、苦悶に顔をやや歪める。

 続く二振り目も防ぎ、一度背後に身を引いて距離を取る。


 ペンテウスが劣勢を強いられる状況であることは、戦闘経験のないダフネにもわかった。

 思わずその側に近寄ろうとしたダフネを、王の声が制する。


「来るな!」


 地面に片膝を着きながら、ペンテウスは剣を握って相手を見据える。


「そなたはそこで見ておれ。この戦いの結末を」


 そう命じられたダフネは、伸ばし掛けた手をぎゅっと、己の胸の前で握り締めた。

 口を閉じ、両者の行く末を見守る。


 そして、赤の王国の国王と『迷宮の主』による戦いが、再び始まった。

 剣戟が重なる。


 もう何合打ち合ったのか、両者互いに一歩も譲らずに、戦いは続く。

 ここにあるのはふたつの雄。ぶつかり合う信念と矜持。


 獣の如き雄々しさを添えて、二人の男は互いの正義のために剣を振るう。

 極限の中にあって筋肉は隆起し、感覚は研ぎ澄まされ、気迫は体を覆う。


 ――激戦の末に勝利を収めたのは、〈赤の王〉であった。


「余の、勝ちだ」


「……そうだな」


 戦いに敗れた羊頭鬼の姿が元に戻る。

 その体の端から徐々に霧散していく。


 ダフネは立ち尽くしたまま、それが消えていくのを見ていた。


「帰るぞ、ダフネ」


 肩口の傷を押さえながら、ペンテウスが近付いてくる。

 彼女は目尻から涙を流していた。


 夢で見た光景。あれが本当なら、これからこの国で悲劇が起こされるだろう。

 話さなければならないことがある。


 しかし今だけは、目の前の相手に身を預けたいと思う。


「……すまなかったな」


「……よいのです」


 差し出された手を受け取る。立ち上がると、王は帰るべく背を向けた。


「陛下」


 その背に、問いを投げる。


「私を守ってくださいますか?」


 何を今さら、と言い掛けた口を一度閉じて、ペンテウスはあらためて答えた。


「約束しよう。〈白の神官女〉ダフネ。余、〈赤の王〉ペンテウスは、何があろうとそなたを守ると」


 そうしてダフネとペンテウスは、他の怪物たちを倒し終えた兵士たちと共に迷宮を抜け出して、己の故郷へと帰っていった。


 ・ ・ ・


 後日、アレキサンドリアが神殿を訪れた。


 何でも、確認してほしいことがあると。


 そのために、ダフネは神殿の外で待っていた。


 深い青空が広がる下、果たしてアレキサンドリアは現れた。


 今日の彼女は鎧兜を身にまとっている。


 と、ダフネはその背後にいる人物を目にして、驚きに顔を染めた。


 体に縄を巻かれた少女が引き摺られるような形で、後に続いていたからだ。


 その顔はダフネにとって見覚えのない人物だった。


「離せ! 痛いんだよ! おばさん!」


 悪態を吐きながら、己を引っ張るアレキサンドリアを睨む少女。


 ダフネは彼女を案じる目を向ける。


 すると、少女はダフネの姿を確認して、大きく目を開くと、懇願する顔をした。


「〈白の神官女〉さま、どうかお助けを……! 何かの手違いで捕まってしまったのです……!」


 それに対し、少女を引っ張ってきたアレキサンドリアが笑う。


「何かの手違いだと? まだ嘘が吐けるとは、見上げたものだな」


 いつになく厳しい口調の彼女は、手にしていた縄をぐっと引き寄せる。


 するとその身が引っ張られ、少女は苦悶に顔を歪める。


 アレキサンドリアは顔を近付けて、声を低めていった。


「これ以上、〈白の神官女〉さまを弄するのは止めろ。でなければ、もっとひどい目に遭うかもしれないぞ」


 脅しの内容。ダフネがアレキサンドリアに問い掛ける。


「アレキサンドリアさま、そちらの方は……?」


 と、少女を見ていた目を彼女は神官女に向けた。


「今日こちらを訪れたのは、この者に用があるからです」


 その目が示す、足元に膝をつく少女。戸惑いを見せるダフネに、アレキサンドリアはいう。


「〈白の神官女〉さまがご存じないのも無理ありません。今まで、素顔を隠していたのですから」


「……もしかして、そちらの方は?」


「はい。あなたさまにお仕えしていた、〈神殿従女〉の一人にございます」


 ダフネは呆気に取られた。


 確かに、先日行方をくらました従女の一人がいると、報告を受けたからだ。


 アレキサンドリアの話によると、どうやら市街付近を守護していた兵士の一人が見つけ、拘束したとのこと。


 そこにアレキサンドリアが確認を取るために赴いたそうだ。


「間違いありません。この者は青の王国の偵察組織、〈藍蜂らんほう〉の一人です」

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