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あなたに愛を教えるのは  作者: 旧里朽墟
二章:理性の眠りは怪物を生む
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6.

「……これ、は……?」


 ダフネは、己の身に起きている現状について呟いた。

 天と地もわからぬ状況の中、彼女は一人暗闇をさまよっている。


「ここは夢の世界。汝ら現世とは異なる、幽世の景色。此方が干渉することはできず、彼方が干渉することもない。ただ、流れ行く記憶をその目に見るのみである」


 ふいに、隣から声が聞こえた。

 辺りにダフネ以外の人物は見当たらない。

 しかしそれは紛れもなく、あの羊頭の怪物のもので。


 視界が切り替わる。世界に光が灯される。


 あらためて映し出された彼女の視界に、一人の銀髪の女性が立っていた。


「……カサンドラさま?」


「否。あれこそは、そなたら〈白の神官女〉の始まり、初代〈白の神官女〉だ」


「あの方が……?」


 ダフネはもう一度、銀髪の女性に目をやった。

 確かに見た目はカサンドラに似ているが、雰囲気は大きく異なる。

 先代のような柔らかい感じではなく、もとい勇ましさを感じさせる印象だ。


 その女性が今、王の宮殿と思わしき場所で、ある人物を相手に話をしている。

 相手は男性で、赤髪の上に月桂冠を冠していた。


 ペンテウスではない。年齢が違う。恐らくは異なる時代の〈赤の王〉であろう。

 その容姿からして、男性が〈赤の王〉であることは間違いなかったが、どの時代のどの王なのか。ダフネには見当が付かない。


「……では、あちらの方は?」


「あれは初代〈赤の王〉。汝らが建国王と呼ぶ人物だ」


「建国王……始まりの〈赤の王〉というわけですね」


 ダフネたちが暮らす〈赤の王国〉にとっては、最も偉大な人物だ。


「しかし何故、初代〈赤の王〉と初代〈白の神官女〉が……?」


 ダフネの目からは、二人が何やら言い争っているようにも見える。


「二人は親子だ」


「え?」


「初代〈白の神官女〉の父親は、初代〈赤の王〉である」


「神殿と王家の関係の始まりが、父と娘だった……?」


 その事実に、ダフネは口元を抑える。

 今自分は、知ってはならないことを知ってしまったかのように。


 それからさらに視界は変わる。

 そして、最後の光景を目にして、世界は再び暗澹に飲まれた。


「――今見てきたものこそ、真実だ」


 一連の顛末を見届けたダフネは、その場に膝からくずおれた。


「そんな……それでは、私たちは一体何のために……?」


 彼女は、その目尻から涙を流していた。


 ダフネは今、ある思いに駆られていた。


 ――受け入れよう。この結末を。


 決まりを破ったがために、自分はこの場所にいるのだから。

 もしあの時、楽園の果実を口にしていなければ、〈白の神官女〉の能力が変質することもなかった。


 そう諦め、何もかも投げ出そうとした、その時。

 静寂を破る声が、辺りに響いた。


「ダフネ!」


「……陛下?」


 声の方向を見やると、そこに、見覚えのある人物が現れた。


「迎えに来てやったぞ」


 尊大な口調で、涙の跡が渇いたダフネを見る。

 王の背後からも、武器を手にした兵士たちが、続々と現れてきた。


「陛下、急に飛び出されては困ります!」


 その手に剣を握った忠臣のアレキサンドリアが、主君をたしなめる言葉を吐きながら背後より参上する。


「仕方なかろう。余が先導する他になかったのだ」


「それは、そうですが……」


 アレキサンドリアが、不承といった顔で頷いた。

 それらの光景を目の当たりにしたダフネが、首を傾げる。


「一体、どうやってここまで……?」


「余にもわからんのだが、何故かこの場所までの道のりがわかるようになってな」


 投げやりな説明をするペンテウスの背後で、初めて楽園の地へと足を踏み入れた者たちが、それぞれ驚愕の色を顔に貼り付けた反応を見せる。


「まさか本当に、このような場所があったとは……」


 彼女は感心した顔で、辺りの風景を見回していた。


「な? 余のいった通りであったろう? まぁ、余とてここに来るまでは信じておらんかったが」


 そこで王は辺りを見回し、己の臣下に問い掛けた。


「……奴はどうした?」


「先生なら、先ほどの怪物の対処をお願いしました」


「そうか。なら、後であやつもここに追い付こう」


 ペンテウスはダフネへと向けていた目を、彼女の前にいる相手へと移す。


「楽園の実を食したことで、道が開かれたのだろうな」


 羊頭の怪物――羊頭鬼が、ペンテウスがここまで辿り着いた要因について簡潔に述べた。


 人語を話す怪物に対し、王は驚く様子を見せることなく、発言する。


「また会ったな。やはり、そなたが『迷宮の主』であったか」


 対峙するペンテウスの言葉に、羊頭鬼は言葉を返した。


「汝ら人間がそう呼んでいるに過ぎん」


「違いない」


 王は納得の笑みを浮かべた後、口端を上げていった。


「そこでだな、そなたにとっておきの名前を考えてきてやったぞ。偽神・羊頭鬼(ヒュプノス)とな」


 その言葉を受けた怪物が、一瞬息を止めたような。

 しかしすぐに、その疑問をかき消す答えを吐く。


「好きに呼ぶがいい。すぐに意味をなさなくなる」


「それはどうかな? 早速だが、〈白の神官女〉を返してもらおうか」


 腰より抜いた剣を、羊頭鬼へと向ける。


「汝もまた、果実を口にした者。よってその身は、ここにあらねばならない」


「余は他人の話を聞かないことに関しては群を抜いておるでな。その決まり、破らせてもらう」


 ペンテウスが剣を振るう。

 それを鋭利な爪で羊頭鬼が防ぐ。

 そのもう片方の手で、ペンテウスの胴を狙う。

 ペンテウスが身を引き、それを躱す。


 一連の攻防を終え、羊頭鬼も後方に下がった。


「では、こちらも数を合わせるとしよう」


 意味深な発言。怪物は両手を大きく広げる。

 それを振るった途端、背後から大きな物影が姿を表した。


「何だと……⁉」


 その光景にさしものペンテウスが目を見張る。


 現れたのは、牛頭鬼と馬頭鬼がそれぞれ一体ずつ。

 加えて、さらに新たな鹿や猪の頭をした怪物までもが、羊頭鬼に侍るような形で立っている。


 それら計四体の怪物を前に、ペンテウスも背後の従者へと叫ぶ。


「アレキサンドリア!」


「――ここに!」


「あれらの相手は、そなたらに任せたぞ!」


「お任せを!」


 やり取りを交わし、あらためてペンテウスは羊頭鬼へと向き直る。


「余は、そなたと戦おう」


「……いいだろう」


 一騎打ちの提案に、羊頭鬼も頷きをもって返す。


 どちらともなく、再び両者による武器の火花が宙へと散った。


 幾度となく重なった、その時。


「お待ちください!」


 両者の間に割って入る影が現れる。

 ペンテウスと羊頭鬼が動きを止める。


 その姿を目にした王が声を上げた。


「何をしておるのだ! ダフネ!」


 ペンテウスと羊頭鬼の間に、ダフネが両手を広げて立っていた。


「……もうお止めください。この戦いには、意味がありません」


「……意味ならある。余はそなたと共に生きたい。そのためには、そなたをここから連れ出す必要がある」


「……ペンテウスさま」


「人前で名を呼ぶな。他に聞かれたらどうする」


「すみません……」


「……妙な気配だ。今までにない、両者の関係を感じる」


 神妙な口調で告げる羊頭鬼に、王は得意げに答える。


「当然であろう? 今代の〈白の神官女〉は、余の妃となるのだからな!」


 その言葉を聞いた相手が、初めて驚くような様子を見せた。

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